「はい、おばーちゃん。激しく動かす時はこれを膝に塗って。このお薬は一日三回、食後よ。書いとくわね」
栗色の腰まで伸びる髪の毛は、天然パーマでうねっている。白衣はあまりに合わない、悪役のようなつり目。
「あぁ、ありがとう。これで心置き無くサッカーできるのね」
「おばーちゃんももう57なんだから。そろそろやめて落ち着いたら?」
「なぁに、シニアチームなんだから。誰も同じもんよ」
「あら、素敵。あたし、結構ここに引きこもってるからなぁ~」
その女医は、スカーレットフォレストの奥の森で、1人でひっそりと小さ過ぎる病院を開いていた。毎日来るのは、この森や付近の田舎に住み慣れたお年寄り達。
「アヤメちゃんのこの病院ばかり来てるねぇ・・・どうも、都会のフロストフェローの病院にはいく気にならないよ。遠いし、少し怖くてね」
「同情はよしてよおばーちゃま。私の名前に怯えてこないだけなんだから。おばーちゃまさえ来てくれるのなら、死ぬまでこの病院は畳まないわ」
医者も薬剤師も彼女1人。アヤメの名前は、本名を殺女(あやめ)。ハーフである彼女の本名を知り、近寄らない人は多々。
「そうかい、そうかい。そりゃ、嬉しいね。まあ、他のところへ行こうと思えば行けるよ。ただ、行き慣れたここじゃないと、安心していけないってことよ・・・」
老婆はクラッチバッグから財布を出すと、診療代と薬代を置いた。アヤメの手から薬の袋を取ると、いたずらっぽく笑う。シワだらけの顔に、やんちゃ心を垣間見た。
「・・・おばーちゃん、お釣りは?」
「いらないよ。あんたのお小遣いさ。あたしから見たらあんたは、可愛い可愛い娘なんだよ・・・」
老婆は悟ったように微笑むと、自動ドアをくぐり抜け、病院を出て行った。
「いつもありがとう。薬をもらえるの、ここだけなのよね」
アヤメは段ボール箱二つを抱え、小さく微笑んだ。
「いいのにゃ。デビルハンター協会はいまや寂れはじめてるからにゃ。お医者さんがいてくれるのは、心強いのにゃ。だから、あたいも応援したいにゃ!また、来月に、待ってるにゃよ」
猫娘であろう、その女の子はにいっと笑うと八重歯が見えた。その子は、首からネームプレートを下げており、そこには医学担当と書かれている。まだ13歳あたりの少女。猫の耳が頭から生えていたことから、両親に捨てられた猫娘だ。今では立派にデビルハントをしているものの、彼女に将来はなかった。悪魔を殺し続けて終わるのだ。
「いつもありがとう。じゃあね」
アヤメは笑いながら手を振る女の子を背に、一階への階段を降りようとした。
ド、シャッ
「・・・?」
間を置いたような、崩れる音。腕に抱えている段ボール箱は落ちていない。アヤメは階段を振り返った。
「・・・エティ?」
さっきまで立っていた猫娘・エティの声が聞こえない。
静かすぎるその場に、アヤメは凍りついた。
「エティ!!!」
段ボール箱をその場に落とし、階段を駆け上がる。段ボール箱がぶちまけられ、転がる音がさらに恐怖心を煽った。
階段の先で、エティはピンクの耳をピクピクさせながら、小さくうずくまっていた。両目は硬く閉じられ、顔が青白くなっている。口を歯が見えるまで開き、両手で喉を掻きむしっている。爪が彼女自身の喉を切り裂こうとしかけているのをみて、アヤメは手をはらった。
「やめなさい、エティ!!」
かすれた咳の音に、アヤメは目を細めた。喉に何か詰まったのだ。
「待ってなさい、エティ、今私が」
「どけ」
「えっ」
アヤメは強い力に押され、その場にどさりと尻餅をついた。あまりに急な出来事で、一瞬頭が回らなかった。
が、目の前に倒れこむエティの顔の前に、大きな背中が見えた。女には見えない。
エティを無理矢理仰向けにさせ、エティの苦しむ顔をみて小さく笑っている。アヤメは男の肩に掴みかかった。
「エティに何するの⁈近寄らないで‼︎」
「うるせぇ、黙ってろ」
タバコを噛み切らんばかりに噛み締めている。禁煙である場所で。男は思い出したかのようにアヤメに掴みかかると、胸ポケットからボールペンを奪い取った。
「ちょっ・・・‼︎人を呼びますよ⁈」
「呼んでろ。後悔するぞ」
男のひたいには、小さな角が二つ。このデビルハンター協会で、人外を見るのは珍しくない。
男はボールペンのインク部分を抜き取り、ノック部分など全て取り払った、持ちてだけのボールペンに仕立て上げた。アヤメはただただ男に見入り、携帯を握りしめていた。
「・・・大声出すんじゃねぇぞ」
「えっ?」
その男は、ボールペンの持ちてを右手に持ち、エティの頭を左手でわしずかみにした。そして、右手を振り下ろし、
エティの喉にボールペンを突き立てた。
「っっーーーーーーーー!!!!??」
アヤメは声も出ず、エティと男を交互に何度も見た。男はつまらなさそうな顔をし、やくざのような座り方をしている。血色の悪い肌が、さらに恐怖心を煽った。
「一体何しているの!!?早く抜いて!!」
「馬鹿言え!ガキの顔をよくみてみろ!!」
男はアヤメの頭を掴み、エティへ向けた。
「・・・えっ」
エティの表情は緩み、もう苦しそうな面持ちは消えていた。
夜更けかけたころ、協会を立ち去ろうとする男と、横にただずむ緑の少年を、アヤメは追いかけた。ドアをくぐり、外に飛び出すと、男の白衣の裾をつかむ。
「・・・待ちなさいよ」
「どうした。役立たず」
「うるさいわね・・・私は形成とか、その辺しか受け付けてないのよ」
血色の悪い彼は、また新しいタバコを口にしていた。炎だけが赤く、てらてらとしている。少年はそれを睨んでいた。ひたいの角は見間違いではなかった。
「あの後、やっとわかったわ・・・あなたはエティを助けてくれたって・・・」
「今更か・・・あいつは喉に毛玉を詰まらせたんだよ。顔を見ればわかるだろ。喉の気管に管を刺せば、応急処置ぐらいにはなる・・・ボールペンを刺したのはその管がわりだ。・・・殺菌するの忘れてたな。それだけ気をつけてれば、ガキの首にも傷は残らないだろ・・・」
男はまた立ち去ろうとアヤメに背を向けた。
「待って」
「今度はなんだ。家で待ってる奴らが」
「あたしの名前はアヤメ。スカーレットフォレストで病院をやってるの。あなたの名前とどこにいるか教えて」
男はすこし沈黙すると、面白いものをみたように笑った。
「・・・フィーンド。お前が必要とすればどこにでもいるかもな」
アヤメがもう一度引き止める前に、フィーンドは緑の少年とともに消えていた。
End














