両手に濡れた洗濯物の入った籠を抱え、ベランダに辿り着いた。窓を開け、ベランダに足を運ぶ。ギラギラと照りつける太陽の光。手すりは熱くなり、木の壁すらも熱い。
籠を床に起き、ベランダの手すりに近づくと、太陽の光を見上げ、額の汗を軽く拭う。
「今日も暑いわね・・・」
ピンクのパーカーを広げ、ハンガーに吊るすと、籠の中の洗濯物は全てなくなった。目の前の紐には、色とりどりの洋服が15枚ほどぶら下がっている。
太陽はまだ照りつけている。午前9時とはだいたいこのようなものだ。
ベランダからの景色を眺めながら、髪の毛を手櫛でとかす。彼女、ハイリックは暑さに微笑みかけるように笑った。
「・・・きゃっ⁈」
ふと我を忘れて景色を眺めていると、両肩に思い何かが叩きつけられた。振り向くと、そこには下手な笑みを浮かべたヴァイゼがハイリックの驚き顔を見て喜んでいた。
「誕生日おめでとう、姉さん」
その細くごつい手には不釣り合いな花束が、ムシムシと邪魔だった太陽の光で輝いている。ピンクのコスモス、紫のパンジー、白のかすみ草とバラバラだが色合いにまとまりがあり、不自然には見えない可愛らしい花束だ。
ハイリックはニヤリとした。
「・・・この花束は、プレムダンちゃんからね?」
「・・・うーん、バレましたか」
頬を人差し指で搔きながら、ヴァイゼは参った顔をする。
すると、花束をハイリックに無理矢理押し付け、籠を持ち上げた。
「さ、リビングに行きましょうか」
「なぁに?私、これからまだしなきゃいけないことが・・・」
「今日ぐらいはいいんです」
「お姉ちゃん、お誕生日おめでとうぅぅっ!!」
「袖ちゃん、ありがとう!」
勢い良く走ってくる袖を、ハイリックはくすくすと笑いながら抱きとめた。
「まだお子様なんだから。でも、ここまで作れるのは、本当に凄いわ袖ちゃん」
ハイリックはテーブルの上のスイーツの山を見て目をときめかせた。パステルカラーの色とりどりのマカロン、表面がプルプルと照り輝くタルト、イチゴソースがかけられた一口大のシュークリーム、綺麗に三層にされたティラミス、カラフルなムースの山々がハイリックを待ち構えていた。
ハイリックはごくりと唾を飲む。
「今日だけよね・・・まともなご飯なしで、スイーツだけを食べて一日過ごすなんて・・・」
「姉さんは我慢するから・・・今日だけは夢見てもらわないと、袖が腕を振るった意味がなくなりますよ」
ヨダレを我慢するかのように口を結び、ハイリックとヴァイゼと袖はテーブルについた。ハイリックは伸ばした手を胸元に戻し、両掌をあわせ、これでもかというくらいに真面目な顔をする。
「・・・いただきますっ」
袖はお腹いっぱいになったのか、ソファで座ったまま眠っている。
ハイリックも、机で腕を重ねて眠っている。
ヴァイゼただ一人が、濃度の薄いカクテルをちびちびと飲んでいた。時間は午後8時。
ふと、ハイリックが机から起き上がった。
「甘いものを心ゆくまで食べるなんて、天国のようと思ったけど、体重のこと忘れていたわ」
目をこすりながら、ふふっと笑う。ヴァイゼも呆れて困り顔で笑った。
「別に、姉さんは1日くらいでは変わりませんよ。この愚妹と違って、太ってもないですし」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
口から小さくヨダレを垂らしながら眠る袖の姿に、ハイリックは一瞬笑い、すぐに神妙な面持ちになった。この可愛らしい寝顔を誰かに、いつの日か奪われてしまうかもしれない。殺されるという形で。
「・・・袖ちゃんは、自分の食欲をコントロールできるイーターだって、ちゃんとヴィヴィアンギャングやバルドル家に伝えることができたら、袖ちゃんの身に危険はないのよね・・・」
イーターとは、人肉さえも喰らう産まれつきの殺人鬼要素だ。ヴィヴィアンギャングとバルドル家はイーターに多く仲間を食い殺され、イーターを恨んでいる。現代ではイーターはいなくなっているのだが、そこに袖は産まれてしまった。一気に的が袖に向けられているのだ。
だが、袖は人肉は愚か、牛肉が少々苦手の普通の女の子だ。食欲は19歳の大学生にしては多いが、とてもイーターには見えなかった。
それでもイーターである袖を、ヴィヴィアンギャングやバルドル家は殺したがっている。
それが今の現状だ。
ヴァイゼはコップを静かに置く。
「それができたら、苦労はないでしょうね・・・もしかしたら、一生、袖はそいつらから逃げながら生きるのかもしれません」
「・・・」
「でも、」
ヴァイゼは思い切り背もたれにもたれかかると、今自分ができる一番大きな笑顔をして見せた。普段あまり感情に左右されにくいヴァイゼを見てきたハイリックは少し驚く。
「ほとんど引きこもってばっかの袖に、どれだけ限られたいい思いをさせてあげられるかを考えるのが、今俺ができることの一つなんじゃないかなって思ってます。姉さんだって、袖を受け入れてくれて、俺嬉しいんです」
「それは・・・だって、それは、ヴァイゼ君が、私を拾ってくれなかったら、私はすでに死んでるもの。本当はヴァイゼ君を主人のように慕わないといけないはずなのに、ヴァイゼ君は、私を姉さんって・・・袖ちゃんだって、お姉ちゃんって・・・」
ハイリックはポロポロと涙を落とし、嬉しそうに笑った。その涙はすぐ止まったが、ハイリックの顔は赤いままだ。
「こうやって誕生日を祝ってもらえるなんて、考えていなかった。だから、その恩返しを、できる分やるの。袖ちゃんを守ることは、その穴を埋めることに値するから・・・イーターだからって、袖ちゃんにはそれを抑制できるだけの力があるって、どうにかして伝えれるように・・・ね」
「・・・そうですか」
恥ずかしそうにてれてれと笑うハイリックを横目に、ヴァイゼは袖を見た。
まだなにも知らないような、純粋すぎる寝顔に、嫌味を覚えるものの、現実を知れば、酷い目に会うのはわかっていた。
「・・・ところで、今日で何才になったんですか?」
「うーん・・・秘密よ」
ハイリックはイタズラそうに笑った。
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