「まあ、予想通りといえば予想通りか・・・」
500年生きているとはいえ、少女の辛気臭い表情はかるく心に来る。
「片付けできてないからってわざわざお説教しにきたのか?ママなら間に合ってるぞ」
狭い部屋の片隅に、やっとこさ置かれた木の椅子にヴァイゼは悠々と困り顔で座っている。俺は悪くないといった表情。
グラウクスはため息を着く。
小さな部屋には所狭しと本棚が立っているが、その本棚はすでにいっぱい。床には本の山が積み上げられ、一応分類的に分けたのか、本のタワーは古い順に積み上げられている。だが、これだけ沢山の本。どんなに面倒だったか。めんどくさがりのヴァイゼにはもうお手上げだ。二階ともあって、そろそろ床が抜けてしまいそうだが、その点については補強済みらしい。力の入れどころもおかしい。
「まぁ・・・いいけど」
グラウクスはもこもことした冬物コートにマフラーを巻いたまま、本のタワーを崩さないように部屋に入る。ヴァイゼの前に腰あたりほどの高さのテーブル(キャスターがついており、引き出しもついている)を引っ張った。両手をつき、かるくジャンプして腰を捻り、その上に座る。
「頼むからこれ以上散らかすなよ・・・」
ヴァイゼからは砂糖よりも甘い香りがした。気分が悪くなるほど甘いお菓子の匂い・・・いやそれ以上か。なんたって毎日甘いものを食べているようなやつだから。呆れるほどの甘いもの好き。もう2000年定着してしまった、変なもの好きだ。あと3000年はないと変えられないだろう。
グラウクスはその匂いが、嫌いではなかった。
「その暑苦しいマフラーとれよ。もう夏も近いってのに」
ヴァイゼはグラウクスを指差すも、グラウクスは無言で首を左右に振る。
「お前はその女々しい、腐ったブレスレットは外したら?」
嫌味ったらしい笑みをしながらグラウクスはヴァイゼの左腕を指差す。苦虫を噛み潰したように口の端を釣り上げながら、古い革でできた、抽象的な花飾りのブレスレットを見つめた。
「・・・それもそうだな」
「えっ?」
グラウクスは、ヴァイゼがブレスレットを取りにかかるのを見て、唾を飲み込んだ。
「もう年代物だしな。一体いつからつけてるのやら・・・」
グラウクスはヴァイゼの右手を力強く握り締めた。
下唇を噛み締め、バツが悪そうに。
「・・・・どうした?お前がいったろ?」
「ここまで冗談が通じないなんて、一回死ね」
「それも冗談だといいな」
いたずらっぽく笑うヴァイゼに、呆気に取られた表情で、グラウクスは目を細めた。
「・・・私より長く生きるんだろうな、キリオは」
ヴァイゼの愛称である、キリオの名を出しながら、グラウクスは少し俯いた。待ってましたと言わんばかりの返答。
「さぁな。いつか死ぬんじゃないのか」
「きっと私が先に死ぬ」
グラウクスは自分でも何の話をしているのか、何がしたいのかがわからなかった。何かの意地か。
ヴァイゼはため息すらつかず、グラウクスの乱れたサイドテールに腕を伸ばすと、シュシュをとり、綺麗に結び直しはじめた。
「なんでそんなことを?天使だって十分長生きだ。十分すぎるほどな」
「確かにそうかもしれない。でも、格が違いすぎる。死神ってのは、神様とも相応に殺り合えるような高さだ。特にお前は。神様がどんなものか把握してるだろ」
相変わらず少し男の混じった話し方をするグラウクスは、もじもじと指をいじる。ヴァイゼはグラウクスのサイドテールを結び終え、今度は考え込んだ。
「かもしれないな。が、俺は生きるのすら面倒になってきてるんだぞ」
「うっ・・・それは嘘だっ‼︎‼︎‼︎‼︎お前は、私より先には死なない・・・」
叫んだグラウクスに、ついにため息を見せながら頭を撫でる。
「どうしたんだよ本当に。なんか意味不明な食いもんでも食ったか?」
「ちが・・・・・ただ、」
グラウクスは唇を噛み締め、あまり見られたくない表情の顔を思い切りあげる。
「おまっ・・・お前は、何度も私を助けてくれた、確かに私がお前を救ったこともある、だけど差は圧倒的だろ?信頼もしてる。大切な人が死んだら、どんな思いになるか、お前が一番よく知ってるだろ?それに・・・かなり前にも言ったはずだ、私はキリオが」
「嫌いでもない」
グラウクスはハッと我に返った。言いたいことを言い切ったわけではない。だが、いつも鶴の一声が聞こえたように黙ってしまう。
「・・・確かに、まぁそうかもしれないな。だが、俺はグラウクスがさきに死ぬ人生なんてごめんだぞ」
「・・・!」
「いままでに救えなかったのは山ほどいる。人間だろうが奇怪だろうがな。そういうのひっくるめて、守ってやりたいと思えるのは、グラウクスだから。はじめてグラウクスを拾った頃からあの時のグラウクスには翻弄されっぱなしだ、その時1000年は生きていたから、1000年考えても出なかった答えを、あのグラウクスはいとも簡単に出した。それで切り開けた道は数えられない。真実は変えられなくとも、運命は変えられる。それをグラウクスは教えてくれたんだよ。だから、今度はこっちが変える番だ。大切だからな」
グラウクスはマフラーを握り締めて、はじめて自分がマフラーをとっていることに気が付いた。目が潤み、少し見え辛くなった視界を元に戻そうと、瞬きをすると、頬を伝って涙が落ちた。久しぶりの涙の冷たさに、空虚感が押し寄せて来る。
「・・・・私は何番目だ?」
「さあ?ここでは一番だって言うべき場じゃないのか?」
ククッと笑うヴァイゼは、やはりどこか悲しげな含み笑いしかできていなかった。
ヴァイゼはグラウクスに顔を近づけると、普段は全く見えないグラウクスの頬にキスした。
「お前がいつもするやつのお返し」
「こんなところにいたのか」
グラウクスはいつものように目を細めた。ヴァイゼは一言も発しない。
「いつのまにかこんなとこに来やがって・・・邪魔だな」
グラウクスは右手に握り締めていた赤いコスモスの花束を、ヴァイゼに投げ渡した。どさ、と虚しく響く。
「お前の大嫌いな赤だ。笑顔で受け取らないと、またナイフ刺すぞ」
グラウクスはくるりと踵を返すと、ヴァイゼから離れて行った。
ヴァイゼは喋らなかった。
end