表通りからそんなに遠くはない裏通りの公園。
都会が近いとはいえ、最近は手の施されようが大げさだった。錆びてボロボロだったピンクの滑り台は丸ごと新品に替えられ、高めになって3人同時で滑れるようになっている。ブランコだって鎖が切れそうで乗れるはずもなかったが、6個に増え、綺麗な目の粗い鎖で繋がれている。ベンチや、砂場の砂だってそうだ。あたり一面、公園を囲う木は切られていない。むしろこっちのほうが雰囲気がいいのかもしれない。子どもたちが大好きな虫だって住むことができる。
俺は何もすることを任せられなかった今日、平日にも関わらず、この公園のベンチにひっそりと佇んでいた。
「・・・・・リストラごっこだな」
ぽそっと口から出た言葉はあまり皮肉には思えなくなってきてしまった。
それもそのはずだ。
あんな事をするつもりはなかった。
俺はカウンセラーという仕事についている。
子どもと接するのが好きだから、保育園や幼稚園の先生になるのも、決して眼中にないわけではなかった。だが、俺はそう言う、普段の目線ではなく、別の子どもを見たかった。同じ観点や視点に入り、一緒に考え、悩む。そして、光が見えてくればよかったねと笑う。
いわば、子どもの世話ではなく、手伝いがしたい。何か、もっと別の。
なのに、
俺はバディを自殺させてしまった。
「くよくよするなって言われたって・・・一人死んでいるんだぞ・・・」
バディとは、カウンセラーと、相談者。2人1組でバディだ。受け持ったのは、何かわからない悲しみと辛さに押しつぶされている、普通の女の子。友人関係もよく、いい両親を持っていた。
が、あろうことか彼女は両手首をかき切って、風呂場で自殺。
俺のバディは特別気の小さい子どもではなかった。聞けば話す。話せば聞く。賢くていい子だ。
何か、俺の不注意で、俺をも信じれなくなってしまったんだ。
可哀想に。
なんてことをしてしまったんだ。
その子の遺書には、「誰のせいでもない」と綴ってあった。
だから、気にするな、と言われた。それが頭にきて、同僚を殴り倒して、怪我をさせて、
謹慎ではないが、仕事をあまり貰えず、こうやって早めに帰るのだって楽だ。
「・・・・・・あの子、来ないかな」
そんな俺にだって、ちょっとの楽しみはあった。
緑生い茂る中、青いベンチに座ったまま、顔を上げた。あたりは誰もいない。ベビーカーか何かを転がす音と、赤ちゃんの小さな鳴き声。うっすらと聞こえるざわざわとした音。それ以外は何もない。
でも、こんな中でも、きっとあの子はやってくる。
「・・・・・・」
「あ、お兄ちゃんだ!!」
ほら。
「お兄ちゃん、今日はここに来るの、早いんだねぇ!」
「うん。ちょっと・・・会社から追い出されちゃって、リストラごっこしてるとこだよ」
あははっと笑いながらも、自虐が心に刺さって痛い。
「蘭くんはどうしたの?」
小さな男の子。蘭くん。
「えっとね、お兄ちゃんに会いに来たんだ!」
「そっか。それは嬉しいな」
蘭くんは、いつも体中に痛々しい絆創膏とガーゼだらけ、血が滲んでいる。透き通った黒い髪がもったいないくらいで、はじめて彼に会った時から俺の心はずっと彼に向いていて、放っておくわけにはいかないと―――――――
「え・・・・っと、お兄ちゃんの名前、なんだったっけぇ?」
蘭くんはえへへっと両腕を後ろに組み、困ったように首をかしげた。その笑顔すら、どこか痛々しい。彼は、親の暴力を愛として受け止めている、可哀想な子。
「もう忘れた?俺はミサオだよ。ミサオ・ションジーナ!覚えた?」
人差し指を振るう俺を、蘭くんはうっとりと嬉しそうに見つめた。その、ぽたりと零れ落ちそうな大きな瞳。それも、痛々しくて叶わなかった。俺はこの子を助けるべきだ、と確信していた。
「ミサオお兄ちゃん!そうだったよね。僕ってば忘れんぼなんだから」
こつん、と自分の頭を叩く蘭くん。明るくて、体中の怪我なんて気にしてないんだ。
「・・・蘭くん。俺さ、喉渇いたから何か飲もうと思うんだ。蘭くんも、好きなのを選んだらいいよ」
ベンチから立ち上がった俺を見て、蘭くんは目を輝かせた。この公園の目の前に、コーラの自動販売機があったはずだ。
「いいの!?」
「えへへ、ミサオお兄ちゃんありがとう!」
蘭くんはコーラの小さな缶を両手で持ってニッコリと笑った。俺は財布をポケットにしまうと、蘭くんが喜んでくれたことに胸がいっぱいになった。
「いいんだよ。俺はなんだか、蘭くんに会うだけで癒されるんだよ」
「えッどうして?」
蘭くんは急に顔を少し赤くした。
「あれだよ・・・大人の事情ってやつかな。失敗して以降、うまくできてない」
子どもになんてことを言っているんだと思いつつも、心の中は落胆と、たくさん愚痴りたいという気持ちで溢れかえっていた。自分自身をカウンセリングできたらな、とつくづく思う。
「・・・ミサオお兄ちゃんは悪くないよ!悪いのは、きっとその上司さんとかだよ!僕、まだ情報不足でよくわかんないけど・・・」
蘭くんは小さく落胆していた。
ああ、ごめんね蘭くん。そんなつもりなかったんだ。本当にごめん。
そういうつもりだった。
ふと、俺の背後から、自転車が一瞬走り去る音が聞こえた。俺の背中をかすめる、自転車の車輪。
「うわあッ!!?」
僕は慌てたが、怪我はしなかった。
「だ、大丈夫!?ミサオお兄ちゃん!!」
「ああ、大丈夫・・・・かすめただけで・・・・」
自転車男の背後をきっと睨む。
その男の手には、
―――――――――――――――――――俺の全財産入った財布。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!??」
「おにッお兄ちゃんどうしたのッ!!?」
蘭くんも慌て始める。これはやばい。ただでさえ、会社であまり仕事を貰えないのに、無一文となっちゃおしまいだ。俺はダンボールかじって生きてくしかなくなる。
「ごめッごめん、蘭くん!!!!俺、あいつに財布すられた!!!」
「えッ・・・・・えええええええええッ!!!?」
「ちゃんと家に帰るんだよ!!?じゃあねッ!!!!」
中1の時、ほんの数ヶ月で辞めてしまった陸上部の俺の足はちゃんと走ってくれるだろうか・・・
明くる日。
財布も持たずに俺は会社へと出勤した。
「おはよう・・・ございます」
警察に通報したものの、男の特徴なんてあまり覚えていなかった。少し、お金は借りれたものの、このまま戻ってこなかったらと思うと・・・ああ、最悪だ。
俺が自分の持ち席に足を踏み入れようとしたとき、
「よッ、ミサオ!!」
隣の席の同僚が、いつもに増して元気に挨拶してくる。それ、慰めになってないよ・・・
「はぁ・・・最悪だよ、俺これからどうしよう・・・財布に全財産入れてたんだよ、通帳とかもな・・・」
「まぁまぁ、元気出せよ!!これ、やるからさ!!」
隣の席の同僚・ジョッシュが、カバンをごそごそとかき回し始めた。何事かと思って覗きたくなるも、なんだか気力がなくなってしまった。財布が盗まれたなんて、俺の人生って一体。
「ほらよ!!」
そういってジョッシュが差し出したのは、
「・・・・・・・おッオレノサイフッ!!!!」
思わず声が裏返った。その、ビニールに入ったものは確実に俺の財布。それ以外の何でもない。ジョッシュはニッコリと笑った。
俺は思わずそれを奪い取ると、中身を確認した。何もなくなってない。
「でも・・・・ジョッシュ、どうしてこれを?」
「さっき、警察さんが来てよ。お前に渡してくれだと。あとでお前の携帯に連絡もするって言ってたぞ。それから、」
ジョッシュが椅子を回し、俺を覗き込む。
「その財布スったやつな、チャリで車にはねられて、意識不明の重体だとよ。はねた奴は、ブレーキ踏んだけど間に合わなかった。・・・・チャリ、なにかから逃げるために、顔青白くて必死だったとよ」
俺の頭の中はこんがらがった。
「えッ・・・・」
「おまけだ。アナコンダさん、行方不明だそうだ」
さらにわけがわからない。
「アナコンダさんって・・・ここの、俺らの上司の?」
「そう。昨日の夕方から行方不明。通りで、微量の血痕が見つかったんだ。警察さんが調べてくれてるってよ・・・」
俺らは背後からの視線で、振り返った。そこには、俺ら二人を睨む部長。
ふたりして、バッとパソコンに向き直る。
二つの妙なことを抱えながら。
その両方が、
蘭くんの企んだことなど知らなかった。
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