■大野裕之著「チャップリンとアヴァンギャルド」

 …喜劇王の「もう一つの顔」に迫る

 

 

 これは刺激的な読書体験だった。劇作家、映画研究者でもある著者の長年のチャップリン研究に基づいた意欲作である。チャップリンとアヴァンギャルド(前衛)の関係を縦横無尽に検証。「舞踊・音楽・アニメ・ヌーヴェルヴァーグ・歌舞伎・SF映画」などの刺激的な切り口で、従来の「偉大な喜劇王」「古き良き時代の映画人」などのイメージが、良い意味で覆されていく。

 

 チャールズ・チャップリンが1914年に映画デビューをしてから、アーティストたちはチャップリン映画の洗礼を受け、それまでの価値観を否定したモダンアート、音楽、舞踊、あらゆるジャンルで前衛芸術が花開いた。

 

 モダン・アートの先駆けとなったマルセル・デュシャンは、映像に隠された意味を見出(みいだ)し、マルク・シャガールやパウル・クレーは放浪紳士の絵をいくつも描いた。チャップリンは旧来の秩序を破壊して、その混沌を笑いに変えた。その意味ではチャップリンこそアヴァンギャルドだった。著者は20世紀モダン・アートの旗手たちがチャップリンから受けた影響を詳述、喜劇王の「もう一つの顔」に迫る。

 「街の灯」(31年)米公開から半年後、歌舞伎化され「蝙蝠(こうもり)の安さん」が上演された。これには驚いた。日本上映の3年前である。当時日本でチャップリンが「どう受容されていたか」の分析には納得である。

 

 69年、チャップリンはSF映画「フリーク」を企画。前年の「2001年宇宙の旅」の特殊効果スタッフと打ち合わせを重ね具体的なキャスティングも進めていたが、残念ながら製作は中止となる。この幻の映画についての記述は実にスリリング。

 20世紀の文化・芸術をリードしていたアーティストたちへのリスペクトを通して、改めて芸術家としての喜劇王のキャリアを検証する意欲的評伝。チャップリン映画の見方が変わる本である。 評者:佐藤利明(娯楽映画研究家)

 

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