■「下山事件」という闇 碓井広義

 

 

 

 日本がまだ占領下にあった1949年7月。行方が分からなくなってい国鉄の下山定則総裁が列車に轢かれた死体となって発見された。その後、犯人はもちろん、自殺か他殺かも特定されないまま捜査は打ち切られ、迷宮入りとなった。いわゆる「下山事件」である。

 

 3月30日の夜、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」が放送された。これまでに「グリコ・森永事件」や「地下鉄サリン事件」などを扱ってきたシリーズであり、前回は「松本清張と帝銀事件」だった。そして今回が〈戦後最大のミステリー〉と呼ばれてきた下山事件だ。この事件に関しては、松本清張「日本の黒い霧」をはじめ、近年の柴田哲孝「下山事件最後の証言」や森達也「下山事件」などで様々な考察が行われてきた。現時点で、番組としての新たな視点や知られざる事実を提示できるのか。それが注目すべき課題だった。

 

 番組を見て驚いた。下山事件を担当した主任検事の名は布施健。後に検事総長として「ロッキード事件」の捜査を指揮し、田中角栄元首相を逮捕したことで知られる人物だ。制作陣は布施たちが残した700におよぶ膨大な極秘資料を入手。4年かけて分析し、取材を進めてきたのだ。

 

 浮上してきたのはソ連のスパイを名乗り、下山暗殺への関与を告白した "季中煥(りちゅうかん)" という人物の存在だ。やがて李がGHQの秘密情報組織「キャノン機関」の密命を受けていた可能性が明らかになっていく。いわゆる「二重スパイ」である。

 

 さらに制作陣は、キャノン機関に所属していた人物をアメリカで発見する。李の写真を見せると、面識があったと証言した。またGHQの下部機関であるCIC(対敵情報部隊)にいた人物の遺族と面談。本人が「あれは米軍の力による殺人だ」と語ったことを聞き出す。米ソ対立が深まる中、米国は有事の際に国鉄を軍事輸送に使うことを計画。下山亡き後の朝鮮戦争ではそれが実施された。事件は米国の反共工作の中で起きたのだ。番組は森山未來が布施検事を演じたドラマ編と、ドキュメンタリー編の二部構成。両者は互いに補完し合いながら、現在の日本に繋がる戦後の闇に光を当てていた。(うすい・ひろよしつな メディア文化評論家)

 

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