ちょ~テキト~ブログだっちゅ~の~ -46ページ目

めんど臭いと思うシステムを考える

トシを取ってくると何事に対しても、「こんなことやる意味あんのかな?」という気持ちが湧くようになってくる機会が本当に増えてきました。

以前に心理学だか脳科学の本を読んでいると、人間の脳というのはもともと、飽きやすくなるように作られているというのを読んだことがあります。若い頃は物事に飽きてしまうと、歳上の偉い人から「気合いが足らん!」と怒られたものですが、そういう偉い人達が次第にナマケモノになっていく様を傍観出来るようになってくるのもアラフォー世代だったりする気がするのです。

まあ、こんな事ばかり書いてるとタダのナマケモノみたいに見えてしまうんですけど、この飽きるという法則を逆から考えていくことでモチベーションを作ることが出来るんじゃないか?と最近思うようになりました。

仕事でも何でもそうですけど、楽しいと思いながら続けられる時期は全体から見ると本当に少ない時間しかないのです。その、大半の怠惰な時間は諦めて60パーセント出力ぐらいでダラダラやっていれば良いんじゃないか?と思うんですよね。 早朝に散歩してると、良くジョギングしてる人を見かけますが、彼は決して強烈なモチベーションの元にああいう事をやっている訳ではないと思うのです。とりあえず朝早く目が覚めてしまって、普段早朝に走ってるから何も考えずに惰性で走ってるだけだと思うんですよね。あんなの、「東京マラソンで優勝する為に走る!」みたいな気合を入れながら走ってて気持ちが持続する筈がありません。

とはいっても、60パーセントぐらいのやる気の無いダラダラとした走りが意味が無いか?といえば全くそんなことは無いんだと思います。そういう無意識のうちにやってる事の積み重ねが一年ぐらい経ってると全然違う状態になっている。このシステムの中にモチベーションとか、精神論とかそういう考えは存在しないのだと思います。

そろそろ結論ですが、要するに人間ていうのは案外「一生懸命やっている」と思っていることよりも、日頃無意識のうちにやってる習慣みたいなものの方が、その人の人格形成に大きく影響してるんじゃないか?と思うんですね。新しい物事を始めようとする時、「巨人の星」的など根性特訓が必要だという古めかしいイメージが私にも残ってる部分はあるんですけど、とりあえず、自己採点で60点ぐらいの点数が取れるようなことを軽い気持ちでやってみるのが一番重要だったりするんじゃないでしょうか?

などと、この文章も何も考えず推敲すらせず60点主義で書きました。