津波は逃げるに限る | はい、タケコプター

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備忘録としての日記です。よろしかったらご覧下さい。

東北地方太平洋沖地震では地震の大きさも巨大ですが、それに伴う津波も巨大だったのは皆さんご存じの通りでしょう。


津波の被害がなければ、死者・行方不明者の数は2桁少なかったのではないでしょうか。




今回の津波の被害で、何故?と思うのは津波に対する意識が高いはずの三陸の人々が、津波に巻き込まれてしまったことでしょう。


が、いろいろ思い起こしてみると起こるべくして起こってしまったのではないでしょうか。




昨年の2月28日にチリ中部で地震があり、太平洋沿岸で津波警報が出ました。


養殖の筏等には甚大な被害は出たのですが、陸上ではそれほど被害もなく、ある航空関係の掲示板では仙台空港が長時間閉鎖になったことに腹を立て「オオカミ少年だ!」と書き込んでいる方も見られました。


ですから、津波警報、注意報が出ても「どうせ大したことはない」という意識が根付いていたのかも知れません。




ネットを探すとこんな過去の記事が出てきました。


チリ大地震津波、57・3%が避難せず 警報地域の住民アンケート


2010年4月13日<琉球新報>




 2月のチリ大地震で大津波警報が出た地域の住民に内閣府と総務省消防庁が避難状況をアンケートしたところ、避難しなかった人が回答者の57・3%に上っていたことが13日、分かった。 調査は青森、岩手、宮城3県の36市町村から抽出した5千人に対して3月に実施し、2007人が回答。


「必要性は認識していたが避難しなかった」と答えた人が26・3%、「避難しようとは思わなかった」が31・0%だった。「避難した」は37・5%だった。




 避難しなかった人に、理由を複数回答で尋ねたところ「高台など浸水の恐れのない地域にいると思った」とした人が52・7%を占めた。避難した人の中で、公民館や学校など自治体が指定する場所に行ったのは34・0%。親せきや知人宅が25・0%、高台が21・6%など個人の判断で避難先を選んだ人も目立った。


 避難した人が帰宅に踏み切った理由を複数回答で尋ねたところ「津波の第1波が小さかった」が33・6%で最多。津波の第2波が第1波より大きくなる可能性を知らなかった人は、知っていた人より帰宅のピークが2~4時間程度早かった。(共同通信)




http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-160775-storytopic-1.html



おそらく、この調査結果が今回の津波による被害を大きくした理由をそのまま示しているのではないでしょうか。






●ハザードマップ、過去の被害経験の危険性




 ここ10年くらいであちこちで目にするようになったのがハザードマップです。 特に近年はゲリラ豪雨が多いので水害の危険地域を示したハザードマップなどをよく見ますが、火山や地震のハザードマップがあります。


 大抵は、被害が予想される地域が色塗りされてあり、過去に被害にあった地域が点線で囲まれたり色塗りさて足りして、その場所が危険な場所であるかどうか一目でわかるようになっています。


 仕事上でも使っていて時々疑問に思うのは「果たしてこの図の通りに被害が出るのか?」ということです。


 実際に「うちのところは?」なんて言ってマップを見て、そこに色が塗ってなければ「よかった!」なんてことをしていたりします。


 つまり、色が塗ってなくて、過去の被害の履歴がなければ安全だと思ってしまいがちですが、今回のような「想定を超える」災害が降りかかった場合、色が塗っていない場所でも被害に遭うということは今回の地震で明らかになりました。


 ハザードマップで何もなくてもそれは安全のお墨付きを得たわけではなく、単に確率的に低いだけであるに過ぎないと考えるべきであり、単なる安心のためにハザードマップを使うことは危険でさえあるといえるでしょう。


 ハザードマップはあくまで机上の予測にすぎず、それ以上のことも十分起こりうると考える方がいいでしょう。




●津波は徒歩で逃げるに限る




 ここ十数年多数の死者が出るような津波の被害はありませんでした。 といいますか、多数の死者が出るような津波の被害は10年~十数年に一度起こるといった方がいいのかも知れません。


 小生の記憶の範囲内で大きな津波があった地震は、1983年の日本海中部地震と1993年の北海道南西沖地震です。


 日本海中部地震では海岸に遠足にきていた小学生が多数巻き込まれました。被害にあった小学生は小生とほぼ同世代でしたので、ショックも大きかったのを覚えています。海岸に転がるリュックサックの映像がセンセーショナルに伝えられました。 津波に対する警報や注意報が拡充されたのはこの地震の後でした。  北海道南西沖地震は震源に近い奥尻島が非常に大きな津波に襲われました。


 地震が起きたのが確か22時過ぎくらいだったと思いますが、テレビで奥尻町の担当者がパニック状態だったこと。夜なので全く状況がつかめず、とにかく大きな被害が出ているようで、あの日はとにかく不気味な夜でした。  特に奥尻島の津波の被害では、「車で逃げた人は皆津波にのまれてしまった」という話が印象的でした。




 今回の地震は午後のまだ日が高いうちに起きましたので、津波の様子がリアルタイムでそのままテレビ放映されました。 釜石が津波に襲われたのは15時ちょっと過ぎ、宮城県の名取付近に津波が押し寄せる様子が放映されてのが15:20過ぎ頃でした。


 特に名取付近の空撮映像では津波を見つけた車が慌てて向きを変えるものの、逃げ切れずに次々に波に流されていく様子がわかり、見ているうちに手が震えてくるほどの恐怖を感じました。


 地震が起きてから10分あるいは30分近く余裕があった場所が多いのに、何故避難しなかったばかりか危険なエリアに入り込んでしまう車が出たのか、いたたまれない思いで見ていました。






 小生も中学時代、想定される東海地震について学校で教えられましたが、「地震が起こってから3分から5分で津波が押し寄せる」と教えられました。「これでは海岸にいたら助からないじゃないか」というくらいのあまりにもショッキングな内容でしたので、海の近くに行くと「ここで津波がきたらどこに逃げるか」なんてことをふと思ったりします。


 今回の津波のあまりにも悲惨な光景を目にした人が多いので、しばらくは津波に対する意識は高まると思います。三陸では過去にも大きな津波の被害があり、地域の津波に対する意識は高かったはずなのにこのような被害が出てしまったと言うことは、このあと10年、数十年と経つうちに記憶が薄れ、避難をためらう人が再び増えて同じような被害が起こらないか、少々危惧するところです。






 地震が起きたらとにかく歩いて高台へ逃げるということを徹底しないといけないのではないかとつくづく思います。