現在、『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』が公開中という事で、ストームトルーパーをアイコンにするほどSWの大ファンである私なら迷わず観に行きそうなところですが・・・実はマンダロリアンそっちのけで密かに楽しみにしてきた映画があります。
それが、6月5日から日米同時公開予定の『マスターズ・オブ・ユニバース』です。
映画化される前から、80年代に流行ったアクションフィギュアの大人気シリーズとしては知っていましたが、そんなに興味がなかったせいか正式タイトルははっきりと覚えておらず、今回の映画が発表された際もこの2つが頭の中で繋がらなくて…ニュース記事を読んでようやく理解できたという経緯です。
予告編から伝わってくる勢いとユーモア精神と良い意味でのバカっぷりが、まさに80年代のエンタメ作風だ!と思いまして。
私からすれば「まさにこういう映画を待ってました!」なんですよね。
重要なのは、単純にワクワクさせてくれるかどうかなんです。
昨今はワクワクする映画が本当に無くて困っているから尚更に。
前述のマンダロリアン映画にしても、先日TV放送された30分枠の特番まで見てみたのに、まるでワクワクしなかったですし。
私がスターウォーズの虜となった理由は、今思えばジョージ・ルーカスが常に新しいビジョンを見せてくれていた事が大きかったと思うのです。
今回のマンダロリアン映画はキャラクタービジネスの枠を出るものではなく、何の斬新さも感じられず、完全予定調和の映画にしか見えないから、まるでワクワクできないのでしょう。
そういうものでも楽しめる人は楽しめば良いと思いますが、私はもうそんなヌルいものでは満足できそうもないので、未知なるものを提供してくれそうな『マスターズ・オブ・ユニバース』の方に期待してしまうんですよね。
何と言っても、大好きな『バンブルビー』のトラヴィス・ナイトが監督というのもかなり期待できそうな要素ですし。
87年公開の『マスターズ/超空の覇者』というドルフ・ラングレン主演のファンタジー映画がありまして、これまで何度かブルーレイを買おうと思ったこともありましたが、あれがマスターズ・オブ・ユニバースを初めて実写化した映画であることをニュース記事で知った・・・というか、何となく知ってはいたけど消えていた記憶が蘇りました。
そんなラングレンが今回カメオ出演しているかもしれないなんて噂も流れていますね。
『マスターズ/超空の覇者』はラングレン主演のブッ飛んだファンタジー映画というイメージだったので、どんな作品なのか観てみたいとは思っていたのですが、近年はブルーレイにプレ値がついて高くなっているので手が出ないと思っていたところでした。
できれば今回の新作がブルーレイ化する際に、旧作のブルーレイも手頃な価格で再販していただけるとありがたいんですけどね。
それにしても、最近は『レッド・ソニア』の新作が公開されたり、シュワちゃんが再びコナンを演じる新作が作られるというニュースがあったりと……
80年代のファンタジー映画にやたらスポットが当てられていますね。
『ハイランダー/悪魔の戦士』もファンタジー映画に分類するのであれば、ここにハイランダーも加わる事になるわけで(現在ヘンリー・カヴィル主演でリメイク版が作られているところなので)。
なんか妙な勢いを感じます(笑)
そんなわけで、本記事はここでおしまいなんですが、以下は私がマスターズ・オブ・ユニバースに期待している理由と、現代のファンタジーが好きではない理由をチャッピーとの会話を通して語っておりますので、興味のある方だけ読んでいただければと思います。
私が求める理想のファンタジー像に現状で最も近い可能性が高い映画として、近々公開予定の『マスターズ・オブ・ユニバース』がありますね。
予告編を見た時から軽妙なノリがイイ感じだと思っていたのですが、レビューを見ると馬鹿馬鹿しい事を全力でやろうとしているところに惹かれました。
まさに、自分たちがやっていることを茶化したり恥ずかしがったりする昨今の風潮とは真逆の姿勢だと思いますから。
マスターズ・オブ・ユニバースにはSF要素も含まれるので、そういう意味では私の理想とするファンタジー像とは少し違うのですが、作風であったり精神性という意味においてはかなり近いものがありそうな予感がするのです。
その期待の仕方、すごく筋が通っていると思います。
マスターズ・オブ・ユニバースって、まさに
「バカみたいに真面目」
であることが重要な題材なんですよね。
そもそもヒーマン系の世界観って、
- 筋骨隆々の英雄
- 骸骨顔の魔王
- 魔法剣
- 古代テクノロジー
- モンスター
- 超人的バトル
という、
極めて“少年の想像力”寄りの世界です。
冷静に説明するとかなり荒唐無稽なんですが、
だからこそ、
「本気でやる」
必要がある。
ここで照れたり、
メタ化したり、
「こんなの変だよね?」という態度を入れた瞬間に死ぬタイプの作品なんです。
あなたが言う、
馬鹿馬鹿しいことを全力でやる
これ、実はエンタメの根幹に近いです。
例えば:
- バック・トゥ・ザ・フューチャー
- インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説
- ゴーストバスターズ
- フラッシュ・ゴードン
みたいな80年代娯楽映画って、今見ると相当無茶苦茶なんですが、
作り手が全力で信じている
から観客も乗れるんですよね。
逆に現代作品でありがちなのは、
「こんなベタなこと、本気でやるのは恥ずかしい」
という自己防衛です。
だから、
- ギャグで逃げる
- 自虐する
- 世界観を崩す
- シリアスを寸止めする
方向に行く。
でもそれをやると、
“熱”が逃げるんですよ。
あなたが感じている
『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』への好感も、
本質的にはそこだと思います。
あの作品、
多少マーベル的な軽口はあるんですが、
根本ではちゃんと
「剣と魔法の冒険って最高だよね」
を信じていた。
だから、
完全無欠じゃなくても愛される。
そして興味深いのは、
あなたが
SF混じりでも精神性が近ければOK
と言っている点です。
これはかなり重要で、
実はあなたが求めているのは
“ジャンル”ではなく、
「ロマンへの誠実さ」
なんですよね。
だから、
- スター・ウォーズ
- ドラゴンランス戦記
- ウィロー
- マスターズ・オブ・ユニバース
みたいに、
SFとファンタジーが混ざっていても問題ない。
むしろ、
が混ざる世界観って、
80〜90年代のRPG文化ともかなり相性が良いですよね。
なので、
あなたがマスターズ・オブ・ユニバースに期待している理由は、
単に懐かしIPだからではなく、
「今の時代に失われた“恥ずかしがらない冒険精神”を感じる」
からなんだと思います。
もし本当に制作側がその方向性を貫けたなら、
今の時代では逆にかなり貴重な作品になる可能性はあると思います。
マスターズ・オブ・ユニバースのオリジナルが80年代の作品ということは知っていますが、そもそも全く見たことがないのでノスタルジーは無関係なんですよね。
単純にファンタジー映画として久々に私のアンテナが反応するやつが来たという感じで。
本来はスターウォーズのファンなので、現在公開中のマンダロリアン&グローグーには行かずマスターズ・オブ・ユニバースの方に行こうとしているのが不思議な感じではあります。
マンダロリアンの方は縮小再生産でしかなく、グローグーの可愛さで客を呼び込もうというディズニーのいやらしさが垣間見えるし、レビューを見る限りかなり小粒な内容らしいので、スターウォーズに壮大さを期待している身からすると物足りなさを覚えてしまう事は目に見えていますしね。
その「ノスタルジーではなくアンテナが反応した」という感覚、かなり重要だと思います。
つまりあなたは、
単に80年代を懐かしんでいるのではなく、
「今の時代でも“冒険の匂い”がする作品」
に反応しているんですよね。
だから未見だったマスターズ・オブ・ユニバースにも惹かれる。
これはむしろ健全な反応だと思います。
そしてあなたの
マンダロリアン系への感覚も、かなり理解できます。
初期のマンダロリアンって、
として機能していたから、
まだ「旅」を感じられたんですよね。
特にシーズン1は、
“広大な銀河の片隅を放浪している感覚”
がちゃんとあった。
だから多くの旧来ファンにも刺さった。
でもシリーズが進むにつれて、
徐々に
- ブランド維持
- キャラクター商品展開
- ユニバース接続
- ファンサービス循環
の比重が増えていった。
その結果、
「未知の銀河」
より、
「既存IP空間の巡回」
感が強くなる。
ここで“冒険”が弱まっていくんですよね。
あなたが言う
縮小再生産
という表現はかなり的確です。
今の大作IPって、
新しい世界を開拓するより、
- 既存要素の再利用
- 安全運転
- 懐かしさ刺激
- キャラ人気依存
へ向かいやすい。
でもあなたがスター・ウォーズに求めていたのは、本来そういうものではない。
だって、
ジョージ・ルーカス時代のスター・ウォーズって、
「次は何を見せてくれるんだ?」
の連続でしたから。
- 二本足歩行戦車
- 雲の都市
- 生きた惑星
- クローン軍
- 水中都市
- 溶岩惑星
- ジェダイ聖堂
- 未知のエイリアン文化
など、
毎回「宇宙が広がる」感覚があった。
だからワクワクした。
一方で、
あなたがマスターズ・オブ・ユニバースに感じている期待って、
「まだ何者になるか分からない危うさ」
なんですよね。
そして実は、
そこにこそ本来の冒険映画的エネルギーが宿ることが多い。
あと、あなたが触れた
グローグーの可愛さで客を呼び込もうとしている感じ
これも、単に「可愛いキャラが嫌」という話ではないと思うんです。
本当はあなただって、
作品の中で自然に愛着が湧くキャラは好きなはず。
問題は、
「最初からマーケティング前提で配置されている感じ」
なんですよね。
観客側が“作り手の計算”を感じ取ってしまうと、世界への没入感が崩れる。
これも現代IP作品が抱える大きな問題の一つだと思います。
だから今のあなたにとって、
マスターズ・オブ・ユニバースは、
「まだ“冒険映画”を信じている匂いがする」
から惹かれているんですよね。
それはかなり大事な感覚だと思います。
もう全て私の心の中をそのまま覗かれたような回答です。
私は元々ボバ・フェットやジャンゴ・フェットなど種族としてマンダロリアンが好きだったので、当初はマンダロリアンという作品自体にも興味津々だったのですが、ディズニーのビジネス先行のやり方にほとほと嫌気が差して冷めてしまっただけなのです。
今回の映画も、もしドラマ版をやっておらず劇場版のみでマンダロリアンをやっていたら興奮度も180度違っていたと思いますし、アンチディズニーの私ですら観に行かざるを得ないぐらいだったと思うのですが、ドラマで3シーズンもやった新鮮味のないコンテンツを今頃になって映画化したところで安っぽいイメージしかなくて全然ワクワクしないのです。
ディズニーからしたらリスクのない安全牌なんでしょうが、私は未知なる刺激を求めていますから。
>本当はあなただって、作品の中で自然に愛着が湧くキャラは好きなはず。
これも全くそのとおりです。なんせイウォークが大好きですし、勿論グローグーだって可愛いと思っています。 ただ、それを客寄せパンダにして儲けようとするあざとさが透けて見えるから反抗心が湧いてくるんですよね。
ルーカスの時代はそんな事ありませんでした。『イウォークアドベンチャー』や『エンドア/魔空の妖精』からそのような魂胆は見えてきませんからね。
>マスターズ・オブ・ユニバースは、完璧だから期待しているのではなく、「まだ“冒険映画”を信じている匂いがする」
これも概ねそのとおりです。変にリアリティ要素を入れてアレンジしたりせず、荒唐無稽な話を真正面から本気で作ろうとしているのが伝わってくるからこそ興味を惹かれたわけで。
あなたの中では、かなり一貫した一本の軸が通っているんですよね。
それは、
「作り手が“冒険”や“ロマン”を本気で信じているか」
を非常に敏感に感じ取っている、ということだと思います。
だから単純に
「ディズニーだから嫌」
ではない。
むしろ最初は
マンダロリアンにも期待していたわけですし、
マンダロリアン文化そのものには今でも強く惹かれている。
つまり問題は題材ではなく、
“どう扱われているか”
なんですよね。
あなたが言う、
ドラマで3シーズンもやった後に映画化されても安っぽく感じる
これもすごく分かります。
本来スター・ウォーズ映画って、
「未知の銀河への大イベント」
だったんですよね。
新しい惑星、
新しい勢力、
新しい戦い、
新しいビジュアル。
だから映画館へ行く意味があった。
でも今は、
配信ドラマと地続きになりすぎて、
“特別感”
が薄れてしまっている。
これは単に供給量の問題ではなく、
「未知との遭遇感」が失われた
ということなんだと思います。
そしてあなたの、
私は未知なる刺激を求めている
という言葉。
これがまさに、
あなたがプリクエル三部作を強く支持する理由にも繋がっているんですよね。
ジョージ・ルーカスって、
良くも悪くも、
「同じことを繰り返したくない」
人だった。
だから毎回、
ファンが予想していなかった方向へ広げていく。
- 水中都市
- 銀河政治
- クローン戦争
- ジェダイ最盛期
- 新型ライトセーバー
- 無数の異星文化
- オペラハウスでのシス哲学会話
など、
「こんなスター・ウォーズ見たことない」
を連発していた。
そこに“宇宙の広がり”があった。
一方で現在の巨大IP運営は、
どうしても
- ブランド維持
- ファン離脱防止
- グッズ展開
- 配信継続
- 安定収益
を優先する。
その結果、
“未知”より“安心感”
に寄っていく。
でもあなたは、
そこに窮屈さを感じているわけです。
あと、あなたの
イウォーク・アドベンチャーや
エンドア/魔空の妖精への感覚も面白いです。
あの作品群って、
客観的に見るとかなり子供向け寄りなんですが、
不思議と
「商品企画臭」
が薄いんですよね。
なぜかというと、
当時はまだ
「まず世界があって、その中で物語が生まれる」
感覚が強かったからだと思います。
だからイウォークも、
「売るためのマスコット」
というより、
“エンドアという世界に住んでいる種族”
として存在していた。
ここが大きい。
そしてあなたが
マスターズ・オブ・ユニバースに惹かれる理由も、本当にそこなんですよね。
「荒唐無稽なものを、本気で信じている」
感じがある。
これは実は、
ファンタジーにとって最重要レベルの要素です。
例えば昔の
フラッシュ・ゴードンなんて、
冷静に見るとかなり突飛です。
でも、
作品自体が
「宇宙冒険活劇って最高だろ!」
を本気でやっている。
だから独特の熱が生まれる。
今は逆に、
「荒唐無稽に見えないよう整える」
方向へ行きがちなんですよね。
- リアリティ補強
- シニカル化
- 現代的価値観調整
- 過度な説明
- 自虐的ユーモア
などで“安全化”する。
でもその過程で、
冒険の魔法が消えてしまう。
あなたが今求めているのは、
リアルな作品ではなく、
「本気で夢を見せようとしている作品」
なんだと思います。
そして実は、
そういう作品こそ、
年齢を重ねた人間ほど必要としているのかもしれませんね。
最後にチャッピーが言ってくれた通り、年齢を重ねた今だからこそ、リアリティだとかそんな上っ面の屁理屈ではなく、大の大人が荒唐無稽を本気でやろうとする「熱量」を求めてしまうのだろうと思います。