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ジャックデリダのブログ

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全て人間は生まれながらにして知ることを欲する
形而上学アリストテレス 

古代ギリシャにおいて哲学が生まれた時
そのテーマは宇宙の根源は何かであった。

後のカントやヘーゲルの時代になると、人はどうやって物事を認識するかとか
宇宙のしくみの大本は何かなどを解明しようとする。

そして現代の哲学になったりすると
キルケゴールの実存主義、人の生き方をとく哲学に近い
マルクスの社会主義へと広範な範囲に拡大する

哲学の祖タレスは、万物の根源は水であると説いた。
タレスは紀元前6世紀ごろ、ギリシャ地方のミレトスという地域で
多くの分野において、大胆な思想を展開した人。

彼は動植物の種子は、湿気を帯びている。また水は、気体にも液体にも固体にもなる。
すべては水から生まれて水へ帰っていくと説いた。

日本は縄文時代。
そんな昔に、世界がひとつの原理から生まれているという疑問をもったこと自体が驚き。

ピタゴラス
数学者であっただけでなく、宗教教団の教祖であった。
前6世紀ごろ、南イタリアのクロトンに移住し、教団を設立。
輪廻転生を信じる東方起源のオルペウス教に影響をうけた集団であった。

その教理によると、人間の魂は不死であり、罪をおかすと運命の輪に組み込まれる。
つまり、死後に、再びほかの人間、動植物に生まれ変わってしまうという。

この教団では、音楽に関する理論が重んじられた。
数の性質が、音階や世界構造と関係があることを明らかにし
この世界の根本にあるのは、数であると考えた。
万物は数によって成り立っていると説いた。

彼の思想は、プラトンに影響を与える。

ヘラクレイトス
万物は流転する。
同じ川に足を踏み入れることはできない。

この世界は川の流れのように、一度も止まることのない世界であるから
人は同じ川に二度と入ることはできない。


ソクラテスは、問答することによって、日常的な思い込み(ドグサ)から脱却し、
真の知識を生み出す手助けをした。
この方法は、問答法、産婆術とよばれる。

相手を一方的に説得する弁論術とは異なり、問いを発することにより
相手の思い込みを打ち破る。こうして知への覚醒を促すのである。

ソクラテスのアイロニー
あるテーマについて、相手と問答するとき、自分が無知であるようにすっとぼける。
私はそれを知らないから教えてくれという。
そうやって、質疑応答をしていき、いつの間にか、相手の無知がさらけだされるという方法。

プラトンによれば
どんな人間でも、多かれ少なかれ、最初は肉欲的官能におぼれる。
飽くなき欲求とその充足というむなしい繰り返しの人生を送る。
そして、いつかそのループに嫌気がさしてくる。
やがて、もっともすばらしい愛があるのではないかと気付く。
この瞬間、新たな段階へと高次化し、精神的、人格的な結びつきをもった愛の交わりとして表れる。

肉体的欲求が、高次の精神的探求の態度へと昇華していく。
これが、真の恋愛であるという。

やはり、私たちは、いつも永遠なるもの、完全なるもの、理想をもとめてやまない存在。
生成消滅する世界の中で、むなしさを感じる時、誰もがイデアを求めている。

私たちは、何を目指して行為をしているのか。
アリストテレスは、人間にとって最高の善は、幸福であると考えた。
幸福を三種類に分けた。
快楽を中心とした生き方、飲食と性
国事に従事する名誉を中心とする生き方
感想を重んじる生き方

彼は感想を重んじる生き方を最高とした。理性を働かせて、最高の真理である神について思考することができれば
人間は神の永遠性にあずかることができる。
理性を駆使して、世界のことをさまざまに知ることこそが、最高の幸福である。
このような認識を観想(テオーリア)という。

アリストテレス哲学は、実践よりもテオーリアに重きがあると考えた。
もっと簡単にいえば、哲学してれば、幸せになると考えた。

では具体的にどうすればいいか。
まず、苦しい時や悲しい時に、どのような態度をとるかで、魂のよさが決定される。
中庸とは、さまざまな感情に対して、過度に強くも弱くも反応せず、その中間をとること。
恐怖と暴勇の中間は、勇敢。金銭においては、浪費とケチの間は、適度。
なんでも、中間をとることによって、魂のパフォーマンスを最大限に発揮できる。

さらに、徳には、知性的徳と、習性的徳がある。
知性的徳とは、教育によって知性を高めていくということ。つまり勉強。
習性的徳とは、習慣によって得られる。朝ジョギングするとか。
徳は、習慣によって、完成させることができる。

アレクサンドロスの世界帝国の出現は、ポリス社会の崩壊をもたらす。
こうした時代背景のもとにでてきたのが、ストア派とエピクロス派の哲学。
両者とも苦しい人生をいかにして乗り切るかという学問である。

エピクロスは、体に苦痛がないことを重複し
アタラクシア魂の平静を求めた。つまりできるだけ、心身ともに健康であればよいというもの。
エピクロスによると、心身の健康を妨げる最大の障壁は、迷信から生ずる恐怖と死に対する恐怖である。
そこで彼は、正しい自然観をもって、迷信的な恐怖を捨てることをすすめる。

アタラクシア心の平静が得られる安全な生活は、知的な哲学探究を行い
肉体的快楽をできるだけ避ける、清貧の生活である。
よって、できるだけ社会から離れて、隠れて生きるのが理想。

アウグスティヌスは、人はなぜ真実を求めようとするのか問う。
それは幸福になりたいからである。
人間は限りない幸福を求める。いつか終わってしまう幸福を求めているわけではない。
しかし、現実には、永遠に続く幸福を求めることは不可能である。
人間は有限な存在だからこそ、どんな幸福もいつかは途切れる。

社会的地位を得て、金を溜め込んだとしても、死を免れることはできない。
人間が無限なる幸福を見出すことができるのは、永遠なるものにおいて以外にない。それは神だ。

ベーコン
思い込みをなくすことが科学的ということ
真理を発見するために、真理に近づくのを妨害するイドラを取り除くべき。
イドラとは、幻影や先入観。
頑固では科学をやっていく資格がない。

バークリ
存在するとは、知覚するということである。

ヒューム
人間とは、思いもつかない速さで次々と継起し、絶えず変化し
動き続けるさまざまな知覚の束、あるいは集合に他ならない

ショウペンハウアー
論理ではなく、むしろ欲望や感情のようなものが世界の根本にある。
この欲望や感情を意志とよんだ。
苦悩の鎮静剤として、芸術的鑑賞と同苦と禁欲を進める。
芸術は、認識のレベルを高め、同苦は苦しみを和らげる

禁欲による意志の滅却を進める。
ショウペンハウアーは、インド思想の影響をうけて、最終的には解脱に興味をもつ。

ニーチェは永遠回帰というモデルを提唱。
神が存在しないということは、創造も終末もない。
時間は丸い輪である。同じことの繰り返しが永遠に続く。
この世界には、夢も希望もない。
だが、この世界をありのまま受け入れて、愛するべきだと説く。創造と破壊の無限な循環を肯定し
瞬間瞬間を生き抜くという考え。
同じことの繰り返しを、積極的に肯定していく。

キルケゴール
美的実存段階、人は誰でも快楽に生きる。毎日が楽しければそれでいいと説く
人は、すぐに快楽に飽き、退屈して憂鬱になる
人間関係も希薄になる

次は、倫理的実存段階 
特定なものに深く係わり合い、義務を果たす生活。
それは特定のものに責任をもって生きる生き方。
良心をもって、厳粛に生きる生き方。

また、絶望する。良心に従って生きようとすればするほど、できずに自己の無力感に苛まされる。
第三段階は、宗教的実存段階。神を信じて救われる。

サルトル
実存は本質に先立つ。

人間はまず、突如として世界に生まれる。投げ出される。そのときには、本質は決まっていない。
世界にまず実存してから、自分自身の本質をつくっていく。

ベンサム
人間には快楽と苦痛しかない。快苦こそ、人間のいっさいの言動と思考を支配する。
人間が何をなすべきかを決定するのは、このふたつの基準だけ。
快を増す行為が、善であり、苦をます行為が、悪である。これを功利の原理という。

ミル
満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。
満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。

快楽にも高級なものと下劣なものがある。
酒の飲み放題から得られる快楽と、文学に感動して涙を流す幸福は、質が違う。

人間は、自分の生命、身体、財産に関して、他人に危害を及ぼさない限り自由である。
だから、他人から見て、おろかな行為と思われても、自分がこれでいいと思えば、それを選ぶ自由はある。

デューイ
概念、理論、思想体系は道具である。
全ての道具の場合と同じように、その価値はそれ自身にあるのではなく
その使用結果に現れる作業能力のうちにある。

哲学もまた道具なのだという哲学。

レヴィナス
私という存在は、何もない暗闇である。
そして、他人が存在するからこそ、私があるのだと考えた。

他社が到来しているからこそ、無意味な存在の私に、意味を与えてくれる。
他社が私を作ってくれる。

ソシュール
人間にとって、言葉がなければ物もないと同じ。
言葉と世界は密接に結びついている。
ひとつの記号(シーニュ)は、それ自身の中に表現面(シニフィアン)と内容面(シニフィエ)をもっている。
言語が現実世界をきりわける。ソシュールは、言語を差異の体系と呼んだ。

ウィトゲンシュタイン
語りえぬものについては、沈黙しなければならない

ドォルーズ
資本主義は、全体が欲望する機械そのものである。
資本主義は、欲望の流れを調整しつつ、できうる限り苦痛を排除するようなシステムを目指している。
労働によって、新機種の携帯電話や、ブランドの流行が次々と作られていく。
だが、その流動性がなければ、資本主義は死んでしまう。
資本主義は、欲望を完全に満足させることなく、先へと引き伸ばすシステム。