紀元前272年ローマのイタリア半島の統一。
ハンニバルによる第二次ポエニ戦争、紀元前146年カルタゴの滅亡。
ドイツのオットー1世によるローマ帝国の再興。
神聖ローマ帝国の成立962年。
古代ローマ帝国の成立から衰亡まで。
イエスの誕生、キリストの迫害、国家によるキリスト教の公認、
ゲルマン民族大移動、同時にキリスト教がローマの国教になった。
ローマ帝国の東西分裂を経て、ヨーロッパが少しずつその姿を現す。
末期のローマは、キリストは迫害されていた。
313年、キリスト教は、コンスタンティヌス帝によりはじめて公認された。
330年、コンスタンティノープルに遷都。現在のイスタンブール。
392年、テオドシウス亭が、キリスト教をローマの国教に定めた。
そして、395年、ローマは東西に分裂。
ゲルマン民族の大移動が、イタリア半島に及んだ。
476年、西ローマ帝国滅亡。
東ローマ帝国、別名ビザンチン帝国は、この間、長く続く。
ヨーロッパ文化は、古代のギリシャ、ローマ文化と、キリスト教とゲルマン民族と
その3つから成り立っている。
7世紀前半、マホメットが唯一神アラーの教えを説いて、
アラビア民族の進出はすさまじかった。
彼らはアラビア半島の大部分を統一し、ビザンチン帝国へも攻撃をした。
ビザンチン帝国は、コンスタンティノープルを守り抜いた。
イスラムは進路を変えて、アフリカの地中海を西に進み、711年スペインに渡った。
一気にゲルマン民族の国のひとつである西ゴート王国を倒した。
ピレネー山脈を越え、732年、中部フランスのトゥールとポワティエの間で戦争が起きた。イスラムの内陸進出はこれで食い止められた。
ゲルマン人の戦いを組織的に戦ったのは、フランク王国の大臣、カロリング家のカールマルテル。
こうして、東地中海の一部は、ビザンチンの手に残ったが
西地中海は、ほぼイスラムに制圧された。
カロリングのカール大帝は、800年、西ローマ帝国の新しい王冠をかぶる。
スペインや北アフリカは、イスラム。南イタリアやベニスは、東ローマ。
カールの建てたフランク王国は、ドイツらへん。
カール大帝が814年に死亡すると、激しい兄弟争いが起こる。
西ローマ帝国は、イタリア、ロレーヌ、東フランク、西フランクに3分される。
870年のメルセン条約で、ドイツ、イタリア、フランスの原形ができあがってくる。