アニサキス症
 アニサキス症は種々の海産魚介類の生食に起因する。日本人の食習慣からみてアニサキス症はかなり古くからあった病気と考えられるが、原因となる虫種が同定されたのは1960年代である。当初は診断の方法がなく、その急激な腹部症状から開腹して患部が切除され、病理学的に初めてアニサキス症であることが解ったケースが殆どであった。しかし、70年代以降になって内視鏡検査の普及とともに生検用鉗子での虫体摘出が可能となり、意外に多数の例が発生していることが明らかになってきた。このような診断技術の高度化に先行するように、60年代に始まる経済の高度成長を背景とする生鮮食料品輸送体系の近代化があった事が、わが国でのアニサキス症発生の広域化と多数発生の前提になってきた。


疫 学
 魚介類を寿司や刺身で生食する習慣のあるわが国ではアニサキス症の発生は諸外国に比べて非常に多く、1年間に2,000例から3,000例に上ると見られる。わが国ではこれまで、アニサキス症を「食中毒」として取り扱い急性胃腸炎の原因として届出の対象とする認識が薄かった。他方で、アニサキスと同様に海産魚介類の生食という食習慣に起因する食中毒原因菌として腸炎ビブリオがある。腸炎ビブリオによる食中毒は届出によって把握されており、1987年から1991年までの5年間に1,461件発生し、40,226人の患者が記録されていた(2000年第48号掲載「感染症の話」、 図1参照)。同じ期間に何名ほどのアニサキス症患者が出ていたかということに関しては、学会などで発表された数から集計(石倉肇,1995)すると、14,302人であった。即ち、この期間、腸炎ビブリオによる食中毒患者発生数を3とするとアニサキス症患者は1 以上という比率であった。
 アニサキス症がよく発生する時期は12~3月の寒期が多く、7~9月の暖期に最も少ない傾向がある。これはアニサキスの感染源となる魚の漁期に関係している。つまり、北方ではタラ、オヒョウ、その他の海域ではサバ、イワシなどの漁獲期がこの時期である事による。アニサキス症の好発時期に関しては、腸炎ビブリオを原因とする食中毒が5月から11月の時期、特に7~9月の夏期に際立って多いことと好対照をなすものといえる。


病原体

 アニサキス類の成虫は、クジラやイルカ、又はアザラシなどの海産哺乳類の胃に寄生している。虫卵は糞便とともに海中に放出され、オキアミなどの甲殻類を中間宿主として第3期幼虫に発育する。幼虫を宿すオキアミが多くの種類の魚やイカに摂食されると、新しい宿主の体内で第3期幼虫のまま留まって寄生を続ける(写真1)。

そしてこれらが本来の終宿主である海産哺乳類に摂食されると、幼虫は胃内で成虫となり生活史は完結する。ところが、本来の宿主ではないヒトがこれらの海産魚やイカを生食した場合、幼虫は生きたまま摂取され、胃壁や腸壁に侵入するところとなってアニサキス症の病原となる。この幼虫はヒトの体内で寄生し続けることはできない。わが国で病原として通常見出されているアニサキス類の幼虫はAnisakis simplex, Anisakis physeteris 及びPseudoterranova decipiens であり、これらの体長は夫々19mm~36mm、25mm~33mm、11mm~37mmである。このように病原となる第3期幼虫は十分に肉眼で見える大きさであり、わが国の近海産の魚とイカを調査したところ、150種以上にものぼる非常に広範囲の魚種から見出されている。


臨床症状
 ヒトに摂取されたアニサキス類幼虫が消化器系の粘膜から侵入した時にアニサキス症が起きるが、その症状の強さで激症型と軽症型に分けられている。前者は即時型過敏反応による消化管の攣縮を伴うもので、予めアニサキス抗原で感作されているか、再感染の場合であると言われている。


1)胃アニサキス症
 胃アニサキス症の場合は原因食品摂取後2時間から8時間で発症するものが多く、心窩部に締め付けられるような差し込むような痛みが起きて、それが持続し、また悪心、嘔吐を伴う場合がある。時に、下痢、蕁麻疹、大量吐血を見ることもある。


2)腸アニサキス症
 腸アニサキス症の場合では原因食品の摂取後、数時間から数日して臍部を中心に差し込むような痛みが出現し、悪心、嘔吐を伴う。発熱はないが、虫垂炎、腸閉塞、腸穿孔などと誤診されて急性腹症として開腹手術を受けることがある。


3)腸管外アニサキス症
 稀に消化管を穿通し消化管以外の臓器に迷入して種々の症状を起こすか、他疾患の処置に当たって偶然に虫体が発見される事がある。胸腔、肺、腹腔、腸管膜、肝、リンパ節、皮下など体内のあらゆる所に及び、現在までに報告は50例を越える。


病原診断
 診断上、生鮮魚介類の摂取後に起きた腹痛という事がポイントであるが、胃内寄生の場合は上部消化管内視鏡により虫体を確認し摘出する。摘出虫体は70 パーセントエタノールで固定した後、グリセリン・アルコールで透徹した上で各部の計測と形態的特徴から病原幼虫の種類が決定される。小腸アニサキス症では特徴的な超音波像、X 線像所見が重要である。
 一方、急性症状があったが自然に消失したり対症療法で症状が消失したりした場合、組織に侵入、死滅した虫体を中心に好酸球性肉芽腫が形成され、偶然の機会に発見されることがある。これらの病理組織切片中に見出される虫体断端は、その形態的特徴から病原幼虫の同定が可能である。


治療・予防
 アニサキス症はたとえ幼虫1 匹の感染であっても起きる可能性があり、個人レベルでの予防は海産魚介類の生食を避ける事につきる。あるいは、生食に当たっては冷凍処理後に解凍して調理されたものであれば問題はない。アニサキス幼虫は熱処理(60 ℃1分以上)のみならず、冷凍処理でその殆どが不活性化することが知られているからである。オランダにおいて、1968年以来ニシンに関して‐ 20 ℃以下24時間以上の冷凍を法律で義務付けた結果、アニサキス症の患者が激減したことは有名である。米国のFDA(食品医薬品局)は、生食用の魚について、‐35 ℃以下15時間または‐20 ℃以下7日間の冷凍処理を勧告している。また、EU(欧州連合)の衛生管理基準では海産魚類の視覚による寄生虫検査を義務付け、生食用の海産魚に関して冷凍処理(‐20 ℃以下24時間以上)を指示している。


 治療法としては、胃アニサキス症の場合内視鏡下に虫体を摘出し、のち対症療法を行う。腸アニサキス症ではイレウス症状を呈さない状態のとき、対症療法を行いながら幼虫が死亡、吸収されることによって症状が緩和するのを待つ。現在のところ、本幼虫に対して効果的な駆虫薬は開発されていない。


食品衛生法での取り扱い
 1999年12月28日に食品衛生法施行規則の一部改正(厚生省令第105号)が行われ、食中毒事件票の一部が改正された。これに伴ってアニサキスも食中毒原因物質として具体的に例示されるところとなった。従って、アニサキスによる食中毒が疑われる場合は、24時間以内に最寄りの保健所に届け出ることが必要である。


ソース元:

http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k01_g1/k01_05/k01_5.html




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