<第316話> 第7章 大学院受験編Ⅰ ~新しいエピローグ(1)~
東京の街は夜眠ることがない。
そんなことをよく聞いた。
田舎にいた頃は、
東京はあこがれる街でもあり、
怖い街でもあった。
だが、
僕が住むことになった街は、
夜にはしっかりと眠る。
空気はよどんでいるが、
人の気配をあまり感じないという点においては、
あまり僕の田舎と変わらない。
そんなことを考える僕は、
マンションの屋上にいる。
磯崎にさよならを告げた僕は、
実家に立ち寄ることもなく、
東京へと戻った。
僕の住むマンションは、
屋上に立ち入り禁止の張り紙がしてある。
だが、
僕は迷うことなく、
屋上への扉の鍵を開けた。
眼下に広がるのは、
東京都下の町並み。
都心からはほどとおい町を見下ろしながら、
僕はポケットからタバコを取り出した。
別に飛び降りるようなつもりはない。
ただ、部屋にまっすぐ帰る気にはなれなかった。
磯崎と過ごした部屋。
甘くもあり、
つらくもある思い出の詰まった部屋。
気づけば、
屋上に来ていた。
取り出したタバコに火をつける。
生まれてから一度も吸ったことのなかったタバコの味は、
最悪にまずく、
よくこんなものを大人たちは平気で吸い込むものだと驚いた。
だが、
立て続けに僕は火をつけていった。
どうでもよかった。
酒浸りになるのでもよかったのだが、
酒を飲むと思考回路がおかしくなるのは日頃からわかっている。
冷静な頭のまま、
自分を痛めつけてやりたかった。
ニコチンが過剰に摂取されたことで、
視界がぐらぐらと揺れる。
まだ上手に肺に吸い込むこともできないようなやり方で、
僕は磯崎との思い出を一つ一つかみしめた。
涙はでなかった。
磯崎からの電話のあと、
別れることを決意していたから、
気持ちの整理はついている。
ただ、
今までの積み重ねが無に帰してしまった虚無感は、
どうしようもなかった・・・。
その日を境に、
ますます僕はサークルに顔を出さなくなった。
予備校通いを理由に挙げてはいたが、
実のところ、勉強をする気力もなかった。
淡々と講義を消化してはいったものの、
僕は、バイトを惰性でやりながら、
ただ日常を過ごしていった。
生活が腐っていく。
その実感はあるのだが、
どうやって抜け出せばよいか、
僕にはわからなかった。
僕が僕でなくなっていく。
それがどうしたと強がる自分が情けなくて、
吐けない弱音だけが溜め込まれていく。
だが、
季節はめぐる。
大学に入ってから三度目の春。
新たな面々がサークルにも入ってきた。
そして、
僕は、
「あの人」と出会ったのだ。
僕の人生を変えた、
「あの人」との出会いが、すぐそこまで迫っていた。
出会わなければよかったのか。
出会えて本当によかった、なのか。
僕の人生は、
新たなスタートを切るための、
助走を静かに始めたのだった。
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