新米
ブログネタ:○○の秋といえば?
参加中
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と意味を理解していないと、偉そうに聞こえる格言。
荒川サイクリングロードの9月、東京川から秋が瀬へ走っていくと農道に黄金色の稲穂が実っている。
学生時代、新潟出身の知人に「新潟名物は」と月並みな質問をしたことがある。
「魚や酒がうまいけれどもねえ」とたっぷり言い、続いて「なんたって稲を刈って、籾を取り、精米したての米は抜群にうまいよ」と聞く。
主食でいつも食べるものだから味の差をとやかく言うには、副食とくらべてなかなか話題にあがらず関心が低いものの、そうやって聞きすこし考えると、学校の給食で出た古古米と、家で炊いている既に精米にされてはいる市販の新米でも味わいはずいぶんと違うなと気付く。
新潟県人の話からもう何年も経つが、その精米したてのご飯をまだ食べたことが無い。
スポーツの秋と格好良く、フレッシュな汗で飾りたいところだが、食欲で構成されていてどうしようもない。
いくら、サンマが凄くても、しいたけがきのこの王様でも、毎日と食べて飽きない米の実力は、地味ながらパワフル。
満腹になって読書をして、何時の間にか寝ている。ページはすっ飛ぶわけだが、これがとてつもなく気持ちがいい。
卑屈とても卑屈
ブログネタ:デコメ使う?
参加中でこ目。
くだらないことしか言えないことから、まったく扱えていない、使う気が無い。
「デコメ」が廃れて無くなってくれることを切に願う。時代遅れなんぞ、未だにアナログチューナーでテレビを見るから上等。
ただし。
天文学的偶然が高速で木星を空回りして自分に巡り、普段手を出そうともしない刺激的な女友達が出来て「デコメしようよ」と誘われたら、ほいほいやると思う。
そんな天地ひっくり返ってはじめてするようなもの、生活必需品でも無いからこれからも手にすることは無い。
コミュニケーションの範囲が日増しに狭まっていく恐怖。
原因は我にあり。
ラルプデュエズ
ブログネタ:恋と愛の違い
参加中山を見て「いやあ、きれいだね」とか「素晴らしい」と見惚れて、心を囚われる事があっても、
「ほい、それじゃあこの山を登って征服してきて」と言われると「いやいや、まだこころの準備が」と少しためらってしまう。
恋と愛の区別をそんなものかと思っていたけれどよぅ。
山はそこにいるだけで、何も言わないわけ。
山は登って征服をしても、自分の感性だけが喜びに満ちるだけ。
どちらも自己満足。カテゴリーは同じ。
山なら嵐や大雨が吹けば「ああ、もう良いですわ」と引き返して自分が諦めればおしまい。
好きな女性が何らかのアクシデントに陥ったときに「ああ、もう良いですわ」とはならない。諦めたらそこまでのプロセスが全部崩壊。山ではないのだから、時勢は動く、動く。
実らないことなんか多々あっても、そこであたふたすることもあり、
恋だの愛だの気ままに論じる経験が欲しいと思う。
そんな大変なところに資本主義が参入するから、もうわたしゃ目が回るね。
山ネタ
自転車レースのツール・ド・フランスにしばしばコースとして現れる、最難関「アンブルン-ラルプデュエズ」。
このコースは全工程210キロの間に山越えが3回。標高2000メートルオーバーの山が2つに、標高1800オーバーの山が1つ。
2008年、カルロス・サストレが6時間ちょぼちょぼで完走。
平坦な道を6時間漕いでも200キロなんかはとうてい漕げないのに、同じ人間とは思えない。
そんなところで、「憧れるだけでも良いやないの」と思うこともあるわけで。