ちょっとヘンテコなKママの世界観と自分育て、夫育て、子育て論
こんにちは、Kママです。^^わが夫は、私と結婚した際には本人もはアスペルガーだとは知りませんでした。もちろん、私も。今から思えばその傾向があったなぁという話は聞いてましたが。だから、結婚後アメリカに移住して妊娠し、出産し、夫の解雇。そして他州への引っ越し。大きなイベントやちょっとしたトラブルの際は特に日常でも不可解なことの連続でした(汗私にしてみるとかなり理不尽なことで怒鳴られたり攻められたりしていると感じていました(苦笑コイツ一体何考えてる?どうしてそういうこと言うかな?マジむかつく!そんなことを感じながらも最初こそ、口ゲンカしていたものの徐々にその力さえ失って言葉のこともあり一時は、諦めの境地。息子が小さいうちなら日本へ帰れると離婚だって考えたことは何度もあります。それでも踏みとどまったのは夫が息子と同じ特性であるそのアスペルガーだったからこそです。皮肉なものですね(苦笑誰よりも息子を理解できるのは自分であるという夫の言葉は不思議とすんなりと信じられたからです。そんな我慢を強いられる生活からそれに変化が見えてきたのが今住んでいる州に引っ越してきて数年後からです。少ーーしずつ夫も変わってきました。それからちゃんとお互いの信頼関係が生まれ現在に至ります。見た目の関係性はそれほど変わらずですがwきちんと添い遂げるという気持ちが私にはあるし彼にもあると思いたい。(確認してませんがw)それと私の中で夫の理解を助けたのが不利だと思っていた言葉の壁。お互い違う言語を使う私たちがお互いを100%言葉で理解するのは実際には不可能です。違う人間同士なんですから日本人同士だって100%理解するなんて不可能ですよね。でも、相手を理解するのは言葉はもちろん大事ですが完璧な言葉を話さないからこそもっと五感を使って、想像力を使って理解しようとしたんでしょうね。さらに、今から思えば、それに加え夫自身、自分がアスペルガー症候群っぽい(つまり自閉症スペクトラム)ということを自分で調べて理解したのも大きかったです。私も息子のことを調べていくうちに夫もそうだわと思いましたからね。生きづらさは常に感じていたようなので、彼がこれに自力でたどり着いたのは私たちにとっては大きなことでした。それは、偶然にもまた私自身が息子Kが、もしかすると自閉症の気があるかも?とたどり着いたのと時を同じくして、でした。私も息子のことを調べながらアスペな夫の特性をいろいろな本やネットの情報から理解することができました。でも、それが彼のアスペルガーという特性からくるものだときちんと腹落ちするにはそこからさらに時間がかかりました。当時は私も頭では理解はしても感情は追いつかず(汗まだまだブチ切れたりw本気で腹立ててましたから。今は理由がわかるので毎回とはいかないまでも(汗コントロールする努力をし落ち着いて見守ることはだいぶできるようになりました。我が家の夫の場合限定ですが彼のこだわりや特徴などアスペな夫のカテゴリーではお話していこうと思います。
こんにちは、Kママです。^^ちょっと今の家族の話ではないですが関わってくる話でもあるので突然ですが、ふと通りすがったある方のブログを読んで閃いたので書いておきます。それこそ、私の自分軸からくるものなんだろうなとも思うので。私は死というモノに対してとてもドライな感覚を持っています。もしかしたらお叱りを受けてしまうかもしれませんが不思議とそういう感覚がずっとあるのです。だからなのか昔から不治の病で亡くなって死んでしまう系の話しが元となった本やドラマや映画などが嫌いです(苦笑薦められることが多いですが、笑顔でお礼を言ってでも拝見せずに終わります(汗その作った人をどーのこーの批判するつもりは毛頭ありませんよ。^^好きで感動する人だって一方でたくさんいるからです。単なる私の感覚です。最初に気づいたのはやはり、母が他界した時です。母が51歳、私が23歳の時に母が旅立っています。ガン闘病から2年あまりでした。現在の私はまさに50歳になったばかりで母が他界した年齢になりつつあります。そして父もすでに他界していて40代で両親が不在の状況。そして、病気はどちらもガンで母は大腸がん。父は食道がん。親戚や私より若い友達の中にもガンで旅立った人がいます。だからガンについても死についてもとてもドライで自分の想いがはっきりあります。一方で、がんを克服し今も元気な友人、知人がいます。だから、Kママのガンや死に対する考え方は先ほど言った通りそういうドラマが嫌いだったりでこれまたちょっと独特です。ガンで死にゆく人を特別視しすぎてきたなこれまでの日本、日本人を観ると感じてしまうのです。それが正しいとかではなく私はそう考えていてブレることはないということです。今日はそれについて詳しく語るということはしませんがここで声を大にして言いたいことはみんなもっとちゃんと今から病気や死に関する基礎知識は付けておこうということです。専門的じゃなくてぜんぜんいいと思います。知識として知っておいたら慌てることはないでしょ?死に関しては体験した人は目に見える形でこの世には存在しないということになるので臨死体験した幽体離脱したそんな話を信用するかどうかその選択にかかってますね。何を選ぶのかは自由だし知らないだけで知ればそんなに怖くないです。ガンに関しては痛いのは私もイヤなのでガンになったらそれをどうにかしないとな今はそういう感覚です。死ぬタイミングは自分では選べないので生きている間はとにかく元気でその時はぽっくりとw旅立てるのが目標です。^^風邪や他の病気と同じ感覚で良いと思ってます。自分には関係のない話ではないし将来的には2人に1人がガンになると言われてますよね。だからまずはガンという病気についてちゃんと知りましょう。いろいろな方法で克服している人がいることを知りましょう。ガンって本当にそんなすぐに死んじゃう病気なの?その辺りから入っても良いかもしれません。知らないから病院の先生の言いなりでそれに依存することになってしまいます。死ぬってことにきちんと向き合って自分に向き合って生きていたら生き方も変わります。そうは言っても私も当時はまだ若すぎたり無知だったので母や父が闘病となった時には病院の先生の指示に従うしかなく役立つ情報を結局、得ることができず2人を死なせてしまいました。父の時は無知ではなかったものの父に合った解決策を見つけ出せなかった。でも、今は違います。これだけ豊富に情報が見つけられますから。動画もたくさんあるし専門の医療従事者も自由に情報を発信しています。本当にいろいろな意見があるもんだなぁと発見します。そんな風に情報をいろいろ得たおかげでだからもう同じ失敗は二度とすまいそう思っています。それにはまず「依存」体質である自分と決別するのが先かな、と思いますね。専門的な知識のある病院の先生の言うことは参考にしつつ病気への向き合い方は自分で決めていい。「死」に関してもきちんと向き合ってみるといいです。100歳まで生きるよ!なーんて言っている私ですが実際にはわかりませんしね(汗なんせ、生存できる時間が違うだけで人間死亡率は100%なんですから。では、今日はこの辺で。
こんにちは、Kママです。^^このブログに主に登場する我が家の面々をカンタンにご紹介しますね。------------------------Kママ:このブログの執筆者。生まれも育ちも日本の埼玉県。結婚してテキサス州に引っ越してきました。その後夫の転職、職場の引っ越しを経て現在、ノースカロライナ在住。一児の母。結婚するまでずっと働いていましたが結婚を機にあっさりお勤め人はや辞めて専業主婦+在宅ワーカーとなる。アスペ人ではないとは思っているがアメリカに嫁いだ時点でちょっと変わっているのは確実w英語は日常会話レベルから一向に上達していない。夫:テキサス生まれのテキサス育ちのアメリカ人。テキサスを離れてもう10年経とうとしています。自覚のあるアスペ人(推定)です。宇宙的感覚で生きてるように私には見えますが至って現実主義な男。息子K:テキサス生まれで3歳まではテキサス在住。英語と日本語のバイリンガルを目指して日本語補習校には、幼稚部の途中から小学校5年生の学年末まで7年あまり通学。(学校の意向で強制的に小学校の卒業叶わず 退学に追い込まれました。記事参照。)言葉を話すのが遅くちょっと心配でしたが今はペラペラとよくしゃべります。(それでもまだ幼いです。特に日本語w)学校の検査や観察からアスペルガーとADHD傾向にあるということでIEPという普通のクラスに在籍しつつ特別支援を受けています。専門のお医者さんには我が家の方針で掛かったことはありません。(その理由はすでに記事の中に。またさらにこのお話は追々)免疫力が超高く病気知らずのゲームやアニメが大好きな13歳。ゲームや漫画のキャラから紙でコスチュームを作って小さい人形に着せるのが趣味。人間以外のロボットやゲームキャラを描かせるとうまい。ピアノを習って4年目に突入。義理の息子(長男):テキサス生まれのテキサス育ちの現在28歳。高校卒業後、海軍へ入るも5年で辞める。現在は故郷へ戻り叔父叔母の家に居候中。原子力を海軍在籍中に学んだにもかかわらず銀行で働く迷える青年。夫にはよく似ているがアスペ人かどうかは不明w義理の息子(次男)テキサス生まれのテキサス育ちの現在25歳。高校卒業後、我が家にやってきて9年あまり居候も2019年7月下旬に故郷のテキサスで長男と同居して自活するべく出ていきました。寿司レストランで長く働いたので、飲食店でのマネージャー職を目指しカレッジで学び、テキサスでその職につけるかどうか現在仕事探し中。我が家の中では私と並び一番アスペ色は薄いですが変わっているのは変っていて夫に似ている部分は多々ありw※義理の息子たちの生い立ちもまた複雑で小学生の時に母親が家出後、夫とは住まず叔父叔母夫婦のところで生活。父親である夫は近くに住んで見守るという状況でした。私と結婚後もその体制は変わらず義理の息子たちと高校生までは一緒に暮らしていません。(その理由も追々w)---------------------------現在はノースカロライナ州に住んでいますがまもなく引っ越します!実は州境に住んでいて、夫のお勤め先がサウスカロライナなのでそちらに家を探していて、奇跡的に(!)良い物件が見つかったところです。引っ越しとは言っても車で30分圏内の場所です。その辺のお話も追々。^^では、今日はこの辺で~~♪
こんにちは、Kママです。^^心境の変化というか、変化することをずっとやっているからに他なりませんが(笑直感で変えたくなったので変えました!いろいろな流れが一気に進んで慌ただしい我が家です。もともとウェブデザイナーの私は結婚を機に、ガッツリ仕事から離れ妻、母業に専念しています。それは、結婚するときに自分で決めていたこと。結婚しなくちゃ!と思った時に決めていたこと。35歳をすぎて結婚したのでやりたいことはそこそこやりつくしたと思っていたし残りの人生は自分が欲しいと思った家族(子供を含め)のために時間を使っていこうとそう決めていたから。結婚もしないかも~と思っていたのに子供が欲しいと思ったのも急にそんな言葉が天から振ってきたに近い(笑父と母の存在を伝え残すには自分も子を産まなくちゃ!そんな感じでした(笑運よくそのタイミングに出会ったのが今の夫であり私の人生をこんなにも愉しいものにしてくれたわけです。世の中にはとびきり感受性の強い現在では発達障害とか呼ばれる子供たちがたくさんいます。本当はそんな障害なんて言葉で呼ぶことさえナンセンスでおかしいことなのにそういった子を授かった私たち親自身さえその言葉を使いそれに縛られていることにようやく気が付きました。だからブログからはそういった差別的な用語はできるだけ排除しどうやったら一風変わった子たちが個性とみてもらいもっとのびのびと生きられる世の中を作るにはどうしたらいいのかまずはそういった言葉の呪縛から離れることからやってみようと思ったわけです。そういった子を授かったこのブログを読んでくださっているあなたこそ選ばれた人だと思います。他の人のアドバイスなんてなくたって本当は自分の子ですから育てることができます。今は、大変な子を授かってしまったと嘆いているかもしれませんが大丈夫です。彼らは、逆に私たちよりもずっと大人で世の中のことをずっとわかっています。私も12年息子とつきあってようやくそれがわかってきました(汗私の方が柔軟性のかけらもなく調和の取れない頑固者だったようです。大人ってイヤですね(苦笑息子が補習校をやめなくてはいけなくなった時に子供の学ぶ権利を踏みにじる行為大人の心無い差別まだまだこの世はこの日本は違うものは差別される世の中です。少しでも変わっていくようまずは私ひとりからでも声を上げていこうと思います。そんな思いを込めてブログタイトルなどなど一新しました~!今後ともよろしくお願いします!
こんにちは、Kママです。すっかり間があいてしまいましたが息子Kの進級問題は学校側の「どの先生が担任になっても扱いに困る」よって留年をおすすめしますここから意向が動くことはありませんでした。ある意味、強制的に「退学」です。進級させていただけないなら辞めるしかありませんでした。留年すれば残れましたがまた同じ先生(しかも差別しまくりの)で同じ内容の授業をやることに日本の義務教育ならお金はかかりませんが補習校は安いとはいえお金がかかりますからね。今のクラスに残れないのにお金を払う意味などどこにもありませんでした。無念ですが、仕方ありませんでした。もう、あれから1か月近く経ちまして気持ちの整理などはとっくについてはいるものの思うところはいろいろありますので書き残しておきます。こんなアメリカの遠くの私たちのことを心配してくださっている方がいたりして心に沁みます。応援してくださった方々本当にありがとうございました。お礼と報告が遅くなってしまい申し訳ありません。でも、私が今回学校側と闘ってわかったこともいろいろありました。それは悲しいですが健常児の親御さんの中にはやっぱり先生と同じようにどうせやってもできないなら無理に補習校へ通うことない家で自分のペースでやればいいのにそう思っている方が結構いたこと。少ないくないな、と感じました。味方だと思っていた人でも案外そういう考えを持っていて残念でしたがそれが現実でした。署名などしてくれようとしたのはやっぱり同じ発達障害の子を持つ親御さんだったり自分のところも留年の憂き目に遭いそうな子の親御さん。やはり人間は同じ環境になってみないと本当の辛さや悲しみはわからないものですね。また、私たち親の立場の人間こそが子どもの可能性を摘んでいる真っ先に挙げられる人間であるということもよーーーくわかりました。自分の子供を守ってあげようともしないできない子はできない子が悪いのだそういった考えを持つ親がたくさんいることが本当に悔しくてなりませんでした。自分のところはそういった心配がなかったり自分なら私の立場であればさっさと辞めているそういう考えなのでしょう。子どもの教育に関して私たち親もここできちんと学び直す必要があるし子どもの可能性について真剣に考えるべきだとヒシヒシと感じています。その子の可能性を摘んでいるのが他でもないその親御さんだってことが普通にある世の中になってますから。ある意味緊急事態です。では、今日はこの辺で。
息子Kは軽度の発達障害で、アスペルガーとADHDを併せ持つタイプです。そんな彼ですが、アメリカの現地校では特別支援を受けながら普通クラスで学んでいます。現在6年生ですが中学生。一方、日本語補習校は、小学校の5年生も3学期に当たる時期に入りあともう少しで進級という場面です。そこで、起こった学校からの「留年か退学の通達」。これまでも、当然、学力、日本語力が障害の特性のためになかなか持ったように伸びていない状況でした。未だに学年相応レベルになってません(汗英語も、1年ほど前にようやくスピーキングレベルが年齢相応になりましたがアメリカ人の父親を持ちながらESL的な英語学習のサポートを受けています。補習校も、これまでは良識ある先生や運営サイドのスタッフの方々のおかげでここまで、補習校ではそんな状況でも見守りの体制を取っていただき、進級を続けてこれました。今回の留年、退学のポイントは、まさにその発達障害からくる学力や日本語力のなさ。そもそも、アメリカでは私立学校の位置づけになってしまう日本語補習校ですがその存在意義としては、義務教育と私立学校の間という感じです。ただその方向性は、きちんとリードする教育者である校長先生が日本の文科省より派遣されていればこそ。補習校の中には、生徒数不足のため、校長先生を派遣してもらえない学校もあります。それがまさに、今、Kが通う補習校です。現在のKが通う補習校は、校長先生が不在です。Kが2年生までは、校長先生がいました。校長先生が不在で数年経つのですが、実は、現在、非常に恐ろしいことが起こっています。それは、先生が運営の実権を握りつつあることです。これって、どうなると思います?自分はそんな風にならないと思うかもしれませんが教育の教育を受けたことのない勉強を教える経験だけを積んだ先生が学校運営の実権を握ることで起こるのは「日本語力やそれに伴う学力が低い子供の排除」です。つまり・先生が教えるのが大変な生徒・何かと困らせる生徒・やる気の見えない生徒はどんどん排除していこうという動きです。勉強を教える技術はあるので一概に悪い先生ではありませんがある意味、塾の先生ですね。まさに、Kの通う補習校ではそれが起こり始めています。そして、Kのケースを観ればわかるように「発達障碍児の排除」も同時に起こっています。日本語力、学力が振るわないのは、100%とは言わないまでも、障害によるところがゼロではありません。そんな子供に「学力、日本語力が学年相応でないので留年か退学しなさい」と言っているのです。一生懸命やっていてもゆっくり伸びるから発達障害です。それが全く考慮されない現実。久しぶりに、この世の不公平さ、理不尽さに心が震える出来事でした。本人は一生懸命、宿題も私と一緒にやり毎週土曜日を返上して、ここまで6年半通ってきました。もちろん、完璧とは言いませんが私から観ても、ここまで本当にがんばってきました。しかも、彼は「日本語の学校へ行きたくない」と言ったことは一度もありません。みんながスポーツなどの習い事やお休みでのんびりしているところを土曜日を返上して日本の学校へ。ただ、我が家は、それを特別なこととせずに土曜日に補習校へいくのは当たり前。そういう日常に仕向けていきましたからこれはある意味Kママの作戦勝ち(笑今、Kは進級したいし学校も辞めたくない。そう言っています。その子供の頑張りたい気持ちを踏みにじるような「留年か退学」を選べという通達。これに対しては断固、抗議していきます。そして目指すのは6年生への進級を勝ち取ること。がんばります。^^
気がつけば、早くも1月が終わろうとしてますね。我が家的には、というか私自身ベースで考えても久々の大ピンチです(苦笑それは、息子Kの補習校生活が危うい状況だからです。カンタンに言えば、「日本語力、学力的に学年相応ではないので 留年するか、退学してください。」という通達を運営側から受けました。担任と主任先生の判断だそうです。息子は軽度の発達障害、アスペルガーとADHDを抱えています。アメリカ現地校では、IEPと言われる、特別支援を受けています。なので、現地校は学力不振ながらも、がんばってます。もちろん、補習校も、サポートなどはさすがにそういったシステムもなければ専門の先生もいませんから、そこは仕方ないし了承済みで通っています。それでも良いので通わせて欲しいということで通ってきました。宿題も一緒にやってがんばってますよ。^^そんな中、10月の担任の先生との面談で進級については大変だという話は受けていました。いつものことですし、アメリカにいての日本語環境が得られる補習校です。我が家的には、それだけで十分なんですよね。だから、これまでのようにちゃんと宿題をやり息子は授業を受ける。ただただその繰り返しです。毎週土曜日の補習校に通うことが彼と私の当たり前で日常です。だから、「留年も退学も考えられない」というのが本当のところ。息子の通う補習校はとても小規模で、1学年1クラス。1年生を二度やっているKなので今のクラスメイトの中でも、永住組の子たちとはずーーーっと5年間一緒に過ごしてきました。あと1年。6年生をがんばって卒業すれば終わりです。ここまでよくがんばったし、これで補習校も卒業かな、と私も考えています。後は、私と2人でいろいろな形で勉強していけばいいと思っています。なので、あと1年。進級させていただいて通い続けることができればそれでいいのですが、まさかの半ば強制的な解雇宣告もどき(苦笑とりあえず、息子自身が「辞めたくないし、6年生になりたい」そういっているので、これを汲んでもらえるようこれから動きます。言いたいことはいろいろありますがまずはご報告でした。
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。アメリカは、年が変わればもう長いお休みも終わりに近づくモードです。夫は本日2日から会社へ行きました。彼も今年の冬休みは有休消化のため長くとったのでのんびりできたと思います。だから、今日1日だけ夫抜きの冬休み。今年は長いなぁと思っていたのに、あっという間(汗私も毎日のんびり起きてゆっくりしました。とりあえず、久々にブログ復活のスタートに息子Kの最近の状況をカンタンにお話しようかなと思います。現在息子は12歳。現地校6年生で中学生。補習校は5年生の3学期がまもなくスタートです。学力的にも精神年齢的にも12歳には遠い感じですが(笑勉強は嫌いというより興味がない(苦笑好きなものはゲームやYouTubeの動画アニメや漫画とキャラクターオタクで「人」から離れたものばかり(汗そういったキャラの絵を描くのが大好きでそれだけは小さい時からずっと変わらずやってますね。そして10歳からピアノを始めました。まもなく丸2年。これは私がいろんな意味でリハビリ的な意味合いがあってやらせることにしたのです。本人はまだ好きでやってるのではないんですが(苦笑指先(皮膚?)の過敏や体幹の弱さワーキングメモリの弱さ集中力の弱さいろんな部分をトレーニングできるので助けになればいいなぁとという願いがあります。私も子供の時6年間くらいやったのでサポートできるので。たまたま日本人の良い先生に出会えたのも習わせることにした理由です。これが一番大きかったかも。息子Kのような子には指導してくださる方の本当の意味での理解が不可欠です。アメリカで良かったのは現地校もピアノも先生に理解してもらって学んでいるところです。彼の場合は今のところどれも生きていくには人様に迷惑が掛かるレベルではなく本人もまだそれで困っていることをうまく表現することもできずなんかできないなぁと思っているような感じです。その弱さを自分で補いつつ生きているようで悩んでいるほどでもないですがそれは彼の幼さからきている可能性もあります。もうちょっと年が上がったら困ることがでてくるかもしれません。成績は相変わらず低空飛行なので(汗もちろん努力は引き続き必要ですがまだ12歳なので根気よくサポートしていきたいと思ってます。でも、ひとつだけ問題なのは日本語補習校。日本の学校へ通う日本に住む同じような特性の子は本当に大変だと思います。成績のこと生活態度のことまでいろいろな指摘を受けこと細かく言われるのは日本の学校です。アメリカの現地校では言われないことまでいろいろ言われます。正直「放っておいてください」と思うようなこともあることないこといろいろ言われます。残念なことですけどね。これに関しては本当にいろいろあるので少しずつお話していきますね。どう対策していくのか息子の補習校生活に関わってくるので記録にも残して私たちも振り返ります。ただ救いなのは、息子Kは補習校へ通いたい!やめない!そう言っていること。補習校での困りごとこそ日本の同じような特性の子にとってお困りごとだと思うので私も試行錯誤中ですからその辺の話ができればと思っています。もちろん、これまでの学校でのことも出していきますからね。今日はかいつまんで息子Kの成長記録をざっくりお話しました。それでは、また。^^
気が付けば、息子はアメリカでは中学生に突入(汗6年生です。あっという間に時が流れびっくりです。ここまでの発達凸凹な彼と向き合っているわけですがまだまだ長いなぁというのが現実。でもね。言葉が遅かった息子に対しもしかしたら一生しゃべらないのでは?とか普通の学校でやってけるのか?なんていう心配は100%なくなったわけではないけれど意外と問題ないというのが率直な感想です。試行錯誤しながら息子にはひどい言葉もいっぱいぶつけてしまった。そんな自分を反省しながらそれでもニコニコと愉しそうに毎日を生きる彼に感謝です。まだお勉強の方は興味がわかないらしく(汗学校の成績や、テストの点数がびっくりするような低いものでもよくわかってないのんびりした息子なんですがまぁその辺りから思考を変えないと私の身がもたない・・・ということもわかってきました(苦笑ここまでこのブログをサボってきましたがこの一年は私自身にできること私たち家族の存在価値そんなことを考え始める年となりました。他の面で余裕がでてきたからかな。大きいのは夫の理解と彼の行動。息子にとって、夫の存在はやっぱり大きい。我が家の場合は同じく男同士なので。間違いなく夫の血を引いた息子なのでちょっぴりユニークなその思考回路を夫はイヤなほどわかっていてそれをうまく使って父親らしく同じ男同士として息子に諭しています。息子のような発達障害の子供たちも同じく思春期を迎えます。私も漠然と大変だろうなと思っている未来がすぐそこにきています。そういったこと以外にもまだ、決して問題はゼロではなくいろいろな壁が日々立ちはだかります。これまで同じ悩みや問題にぶつかった仲間たちはみんな諦め、去ってしまった。そんなこともたくさんありそれを私と息子は乗り越えていく覚悟で日々生きています。日本教育の中で発達障害の子供たちが毎日安心して愉しく生きるためにはアメリカよりもっと大変だと思います。学校が安心できない場所であればせめて家庭の中は平和で安心できる場所であるべき。そういったことを決意する2018年でした。まもなく終わりますね。KママはASD(自閉症スペクトラム)に囲まれて12年経ちましたから少しはこなれてきました(笑もし過去の私と同じように悩む人がいるのならそんな人の助けになればとボケ防止のためにも2019年以降、しばらくブログの記事を定期的に更新していきたいと思います。何記事行けるかな?よかったら時々覗きに来てください。では、良いお年をお迎えくださいね~~。
息子Kが小学校最終学年ということで、一泊の遠足が決まっていたのですが、いよいよ明日でございます!ちょうど春休み前なんですけどね。実は、お泊りするほどの友人がいなくて、これまでお泊り会のようなものもやったこともなくw初めて、親がいない夜をすごすことになります。夫は、自分が小学生のときには、泊まりの遠足なんてなかったらしく、かなり心配しているのですが、私は意外とへーきです。なんなんでしょうね。なんか、心配してもしょうがないっていうか。w先生もいるし、父兄の引率もたくさんいるので、大丈夫かなぁと思ってます。私も希望すれば行けたのかもしれませんが、せっかくの親元を離れるチャンスなので、行かないことに決めてました。夫には「行けばよかったのに・・・」と言われていますが、私たちがいないことで少しは困らないと成長しないなぁと思ってのことです。末っ子(腹違いの兄貴が二人いるので)で、大人ばかりの環境で育っているKなので、何でも困れば助けてもらえる環境にいました。ものも忘れるし、なくすことも日常茶飯事なので、今回も何か無くして帰ってくるのでは? と思いながらも、彼が大好きなデジタルカメラを持たせることにしました。しかも新調して!スマホで最近は事足りるので、デジタルカメラがなかったんですよね。小さいのが。なので、Kママのへそくりで買いました。w小さいコンパクトカメラなので、最悪なくなっても仕方ないと思ってますが、いろいろ目に留ったものを撮影してきて欲しいから。お金も持たせてますが、どうなることやら。自分で買い物なんてほとんどさせたことがないので(汗まぁでも、こういうことをきっかけにして、これから少しずつ学ばせていこうと思っています。失敗こそ学びがあるっていうか。^^親離れも子離れも、せっかくの学校のイベントを最大限に利用させていただきます。w引率の方にはご迷惑をおかけするかもしれませんが(汗 それはそれ。健三がどういう子供なのかは、みなさん知っているので助かります。なので、その場にいるとあれこれ手を出してしまいたくなるので、後から話を聞くほうが気が楽です。^^;Kが楽しんできてくれればそれでオッケーです。^^どんな失敗話が聞けるかしらね~~。www
こんにちは、Kママです。気がつけば今年もあとちょっと(汗日付は遡りますが、この夏は、日本へ帰らず、なんと、イエローストーン国立公園へ行ってきました!夫がようやく正社員の職に就いたので、今年は家族でどこかへ行きたいとおっさる。実は、イエローストーンに決まるまで結構大変で。そんな話も、おいおいしていくってことでとりあえず、Kの成長も相変わらずノロノロですが日本語も英語もがんばっておりますので彼のがんばりをまた、記録していこーか、なんて思ってます。今までは、自分のためだけのいわゆる愚痴の吐き出しみたいな位置づけに思っていたこのブログでしたがまじめに、でも気楽にKの成長など書いていこうと思います。多くの発達障害児育児の先輩ママたちに続け!そんな気持ちで勝手にバトンを引き継いだ気持ちで。Kも私もそして一番の応援者である夫&大き な兄ちゃんたちも。家族一丸となって、Kの成長を楽しんでまいります。^^相変わらずゆるい更新になりそうですが、今後ともアメブロがなくならない限りは(笑みなさま、よろしくお付き合いのほどを。。。ではでは、久しぶりの更新はこの辺で。
気がつけば、去年はこれと同じテーマの記事を書いただけで終わってたし。^^;そんなスローペースのKママですが、どうか忘れないでくださいね。Kはがんばってますよ〜。ついに、現地校4年生になりました。^^日本語補習校は、3年生です。こちらもいろいろあって大変ではあるんですがそれはまた追々。とりあえず、現地校4年生なんですが実は、まだ、国語力が学年レベルに到達していません。いやーもう10歳になったんですけど〜?^^;そもそも、人に興味があまりないKなのでしゃーないか、と思いながらもちょっと心配。そんな中、もう「キミは特別だからね〜」という感じで無理矢理進級させてもらったKなんです。ありがたいね〜。確かにアスペの子で、中学後半からぐっと成績が伸びた!という話は周りからもそこかしこで聞くので、希望はあるけどだからKが伸びるとも限らんしねぇ・・・(でも、親くらいは贔屓目でみるとしよう。)でも!なによりなのは、Kは学校が大好きだってこと。親友もたった1人だけどいるし、みんなから愛されている男です。幸せなヤツだ。実は、これには秘密があります。うちの夫です。よく思い起こしてみれば今も常に言っていること。「Everybody loves K!!」気がつけば言ってます。もう彼が0歳の頃からだから、足掛け10年?!ちりも積もれば何とやらで、過酷ないじめを体験した夫。誰からも愛されていないともしかしたら今も思っているかもしれない。私たちがいるから大丈夫なのにね。そんな彼の願いを、きちんと現実にしているのがK。ちょっとくらい勉強できなくても今はいい。できる分野で人の役に立て!そう願って今日もKママもKに負けないようがんばります。^^
そんな大げさなもんじゃないんですがね(笑Kの新学年が始まりました。現地校です。ついに、3年生になりましたよ。今、Kの行ってる学校は、1年生の最初から行っていて気がつけば、4年目です。1年生を二回やっているので、まだ3年生ですが1年生で二年間面倒を見てくれたT先生。Kが2年生に上がるタイミングで3年生へ異動されました。今Kの通っている小学校は学年の終わりに、次の新しい学年での先生やクラスの雰囲気の希望というのを書類に記入して提出できるシステム。2年生が終わる時、次の3年生には、私も大変頼りになる1年生の時の先生がいるわけだから是非とも彼女に担任になって欲しくてね。でも「個人名の記入はご遠慮ください」なわけよ(苦笑こういうところ、意外と真面目な私は個人名は書かずに、提出したんだけど「そんなの先生の名前書いて 出しちゃえば良かったのに~~~!」と、まぁとても日本人とは思えない(笑ずーずーしい悪友共はほざいてました。いいさ、いいさ。一応、いつでもメールでなら連絡が取れるT先生に「あなたに担任になってもらえるのは、 どうやって書けばいいの?」と、ちゃっかり聞き出して、書いてそのまま提出したんだから。夫は「Kのこと一番知ってるのT先生なんだから、大丈夫だろ?」と、のんきなもの。一応、彼に校長宛にメールしてもらおうかと思ったけど彼がそういって別に必要ないよ、というので後は神頼みだけ(笑そんな中、今月中旬に、カウンティーからレターが届きおそるおそる封を切って、手紙を確認したら・・・(≧▽≦):*:・( ̄∀ ̄)・:*:ヽ(゜▽、゜)ノええ、T先生の名前が載ってましたがな!!!8割くらいは大丈夫だという根拠のない自信があったけどあー、良かったわ(汗なので、めでたくT先生のクラスで1年間がんばれることになりKママも気合い入った次第でございます。蓋を開けてみれば、2年生の同じクラスでだったクラスメイトでESLを受けてるような子がほとんど彼女のクラスに(^~^)さすが今年19年目のキャリアの彼女。伸ばせる先生って、発達障害児だろうがなんだろうが伸ばせるんだよ。本当だよ。それは、1年生の時に体験済みのKとKママ。いろいろ課題は多いけれど、がんばろーな、K(*^▽^*)
栗原類くんのカミングアウトが良かったとあちこちで読んだので、Kママも遅ればせながらYou Tubeで探して観ました。堂々としていて、きちんと話をしていて評判通り、とても良かったです☆そして、その番組も良かったのですが、その流れで見つけた、彼が亡きお父さんの歴史をめぐる旅ロケの番組の動画を観て、エライ感動してしまいました(笑まさに、バイリンガル育児でがんばるママには是非とも観て欲しい動画です。彼は、潔いお母様に育てられ、亡きお父様のお兄さんに家族だからと、探してもらい、今も愛されて、見守られる存在です。お母さんがきちんと亡き彼のお父さんの血を引き継いでいる彼に英語も習得させた。彼女自身も翻訳家という仕事柄英語の必要性は考えていたんでしょうね。生まれる前にイギリスを離れた自分の甥が英語が堪能であったことに、叔父さまは感動してくれたのかな?Kママはふとそんなことを考えてしまいました。言葉が通じないと、気持ちが通じるのにちょっとばかり時間が余計にかかる。でも、通じれば、それが短くて済むのだ。栗原類くんは、日本人であり、イギリス人。それは、死ぬまで変わらない、彼のアイデンティティ。臆する事無く、外国へ行き、自分のルーツを探す姿は本当に頼もしかったですね。感動しました。栗原類くんは、発達障害のあるバイリンガル人で、Kママも初めて知った人かもしれません。彼の、感動している表情は、普通のそれとは違い涙を流すとか、そういうことはなかったけれど本当に、本当に良かったなぁ、と思える場面でした。彼はあんな雰囲気でも(笑 お母様が言うようにもともと自己肯定感は高く、お父さまが自分の出生や存在を喜んで誇りに思っていたことを現実に知ることにより、これでさらに、自信がついたんじゃないかな、と思いました。ちょっとアホっぽい(笑 モデルのローラちゃんも見かけに寄らず、自分に厳しく、ストイックで。最近のミックスタレントは、結構苦労しているような子も多く釣りやダイビングをやらせても、慣れた手つきでこなししっかりしているな、と思わせてくれて、応援したくなります。栗原類くん、これからも注目したいタレントさんです。
もう、Kママなんと、五十肩っす!!右腕あがらーーーん。という、事態で、ブログを書くのが、もうめちゃ億劫です(涙一番、肩、腕にくるのがこのタイピング作業。スマホやノートパッドでは、イライラして記事が書けないKママは、ばっちり机に向って記事を書きますのでね。でも、ちょっと書きたいことが貯まってきたのでがんばりまーすヽ(゜▽、゜)ノもうじき、現地校2年生が終了のこのタイミングで、日本でいうところの、学習発表会、的な位置づけのプロジェクトがあって。2年生は、歴史上の人物のことを調べてそれになりきって、発表するというもの。1年生やキンダーのかわいい後輩たちが、彼らの教室をめぐりその説明を聞く、というもので、親はおまけ(笑観たい人はきてください、ということで、Kにたずねたら「きていいよ!」(‐^▽^‐)というので、「行かなくてもいいのか?」(´0ノ`*)と、ちょっといじわるで言ったら、「ちがうよ~! くるんだよ~。」(;´▽`A``ということなので、渋々行く事に(笑日本語の学校ならいいんだけど、英語の方はよっぽどの非常事態以外は、遠慮したいのだった。Kはいろいろチョイスはあったものの夫の第一希望は叶わず、Kと二人の希望の間を取った形でトーマス・エジソンという、ベタな展開になりました(笑行ったけど。このプロジェクト。かなり、この学年では無理があったよね?という感じでしたわ。先生もなんだかなーって感じでやってたし(苦笑ま、それはおいといて。さて、本題はここから。(前置きながっ!)実は、この学年になって、2年目の1年生から同じクラスのJくん。今、一番仲良くしている友達。1年生のときはそうでもなかったんだけど2年生になって、共通の好きなゲームができてからずいぶんと仲良くなったようです。いつも、ランチも一緒に食べているらしい。今年度は、2ヶ月くらい前に、学校の遠足があってそれに先生に招待されて行ったのだけどその時も、Jくんは、いつもKの手を引いて歩いてくれていた。演劇をみたのだけど、隣に座ってくれてね。私とKを挟む感じで座った。彼は普通に他の子と話もできるので、反対側のお友達とお話もちゃんとしていた。その彼ね。Kとは同い年でしかも5月生まれ。Kよりも誕生日が早い。カラダも、Kと頭一つ分くらい違うくらい大きい。当然クラスの中でも大きい。ようは、1学年遅らせて、学校に入学した子。リピートしたKと同い年なわけ。その彼が。コミュニケーションも普通に取れてる。しかも、ものすっごいハンサムくん。美形なのよ。Kは、フラフラとあらゆる人にちょっかいを出し迷惑がられているのかどうかは、おいておいて(苦笑とにかく、目を離すとほっつき歩いてるんだけど、Jくんは、静かで、じーっと自分の席に座っていて、他の子と絡んだりあまりしない。先生から静かに座って、話を聞きに来た人に説明する、ということをしっかり守っていた。無鉄砲なKがまとわりついてるくらいでね(汗かといって、一番、迷惑がっていないのがJくん。いくらでもKにやられるままでもヘーキ。いくらでも、Kのちょっかいにつきあってくれるすっげーいいヤツ、なんです。でね、Jくんも、結構、自分の世界に入ってひとりでブツブツ言ってたりするのよ。JくんとKの絡みも観ていると、かなりヘンテコリンで笑っちゃうけど、噛み合ってない。噛み合ってないのは、ほぼ、Kのせいなんだけどね(苦笑それでも、二人ともそれなりに楽しそう。Jくんは、言葉も堪能だし、かなり頭良さそう。そんな彼は今日のプロジェクトでライト兄弟のどっちかになってました。で、何が言いたいかというと、もうお気づきだろうか。なんか、Jくん、ちょっとだけだけどKと同じ匂いがしないか?ということ。他の子供とあまり絡まないのか、絡めないのか?言葉が達者な分、大人びた雰囲気。今日も、予定の時間が過ぎているよ~って先生に、こっそり言いに来ていたしね。多動傾向がないので、とっても落ち着いているけれど確かに、目が、あまり笑わない子。これは私の感覚で。普通の子が笑ってないのとはなんか違いを感じられるんだよね、私。でも、私みたいにいろいろ知識ばっかり専攻している人間じゃなかったら、まずわからない。ただ、私がそう感じだだけなんだけど。学校から戻って、夫に話をしたら「それは、俺だ。」と、言ってました。基本ネガティブ思考なんだそうです。自閉症傾向にあるとね。いつも、ちょっと寂しげな、不安そうな表情。Jくん。すっげーハンサムなんだよ、マジで(*⌒∇⌒*)将来、モテモテ間違いない。じゃあ、Kは何なんだ?という私の問いに夫は「Kは、普通にハッピーな子供だね。ポジティブだし。 めずらしいけど。でも、自閉症なんだよ。」ですと。今日もクラスでKを観てて思ったけど、まぁ、落ち着かない男だよ(苦笑他の子供も、結構、フラフラしていたからKだけの話じゃなかったんだけどね。子供たちも、Kのあしらい方に慣れていて(笑テキトーに、もうあっちいけ、みたいなこともするけれど、声をかけてくれたり。それでもさー。お前がきて!って言ったろうがーー!!というKママのいい分はさておき。おかまいなく、いろんなクラスメイトのところへいくK。まぁ、そんなことができるのも、もうしばらくの間だしな。そう思って、あまりキーキー言うのも、クラス内ではよろしくないので、放っておきました。先生が放っておいてるんだもん、いいか、と思って(笑だから、来年も、またJくんと一緒になったらいいな、と思ったの。数少ない、お互いのことがわかる同士。こんな低学年のうちから一緒なんて心強いなぁ、って。小さい学校だから、意外と行けるかも!!期待しときましょう。
行ってまいりました。IEPミーティング。3年目です。2年生~3年生に渡っての今後の計画と、過去1年間の成長報告。学校の年度始まりと一緒じゃないのが、ややこしいところ。そして、スペシャル・エデュケーションの先生が、また新しくなった(苦笑毎年違うんじゃないか?という感じもするが(汗今回の先生は、他の小学校と兼任しているので、非常勤の先生なのかな?それと、スピーチの先生が新しくなった。転任してしまったのよ、前の先生。そして、通訳を一応お願いしていたのだけど、こなくて(苦笑まぁ、それでもなんとかなりました。私の英語ものろのろながらも、多少はスキルアップしているようだ。8歳になったK。今年の夏で9歳。今まで、言葉の遅れの影響でか、国語も算数も、全体的にゆっくり成長していたKだったのだが。今回の報告で数値結果ではあるが、算数(主に計算)は、平均よりむしろ上という結果が出ていた。夫、嬉しいびっくりだったよう(笑計算は、未だに得意ではないらしいが、数値で表されると理解が早い夫。文章読解はね、やはり平均より下。脳の方も、あと2年ほどで、ほぼ大人と同じくらいの成熟さになるであろうという時期である。大きな成長が望めるのもそこまで。その後だって、少しずつは成長するのだけどね、もちろん。それでも、今回は、参加していた先生たちの共通していた話は、Kの集中力の弱さ、多動傾向について。やっぱり現地校でも、先生の指示に従えない部分を言われたねぇ。きたか!という感じ。基本、ニコニコと愛らしい、かわいさの抜けないKは、みんなからかわいがってもらえるお得なキャラ。ただし!2年生はまだ低学年。先生も周りも学業的にも、ヘルプがもらえたし、寛大であった。まぁ、それも低学年のうちであろう、ということだね。これが、3年生になると、周りの生徒たちは一気に成長するし、それに合わせて、学業も一気に集中力が必要になるという話。アメリカも日本も一緒だね。同席していた、校長先生にも、心構えよろしく、くらいのことをキッチリ言われましたわ。実は、4月生まれのKママは。カラダこそなぜだか小さかったものの、さすがは4月生まれ。学業で苦労したことはほぼ皆無。自分でさぼって自分の首を絞めたことは何度もあったけどね(笑 親にも、勉強しろと言われた記憶はない。そんなKママであるが。Kのこののんびり成長をどうして? なんで? のろい! とパニックになってしまっては、夫と同じになってしまうので(苦笑 教頭先生のお言葉には、神妙に、はい、と返事をしておいたけれど、そんなこと行ったって、KにはKのペースがあるんじゃ!と、心ではね(笑アメリカは日本よりも、もっと気軽に投薬をすすめられるそう。うちなんて、ドクターに相談に行ったら、きっと速攻で処方してくれるであろう。でもね、まだ幼いK。それに、はなから我が家は投薬は考えていない。学校側は遠回りに、それを匂わせるようなことは言うけどね。そこは、各家庭の方針によるところで、本人の希望や、また必要だと思えば、利用すればいいこと。ここは、Kママの戯言と思って聞いて欲しいのだけど。昔は、Kのような子供はクラスに、一学年に数名はいた。ひどいのになると暴力的なのもいた。自分も戒める意味で言うが、今は、親が未熟すぎなのだ。というより、まわりの大人、と言った方がいい。圧倒的に、真の厳しさ、が足りない。本来の意味でのね。怒鳴りつけるとかそういうことではなくて。本当に愛情を込めて叱っているか? 諭しているか? わからなければ、何度でも、言い方やり方を変えて教えているのか?ただ、早くしなさい! ちゃんとしなさい! とこうるさいだけの親になってしまってはいないだろうか。発達障害だからって、侮ってはいけない。彼らだって、ちゃんと理解できるのだ。彼らの方法で。視覚を使うとかね。その言い方やアプローチの仕方に、少し、工夫が必要なだけ。そして、一度きっちり、理解したならば、二度と同じ間違いはしないのが、Kのような自閉症児。その、同じ、の概念が私たちとは違うのが、やっかいなところだ。Kのような高機能と呼ばれる自閉症児たちを待つ未来は。障害があると言っても、パッと観はほとんどわからない上に、だからこそ、甘えさせてくれる社会じゃない。生きにくさは、発達障害の中でもダントツかもしれない。特に日本は。それは、ここアメリカでも同じこと。アメリカは、考え方によっては、日本よりもしつけ、の部分を親の責任と割りきっているから、勉強以外のことは、それほど親身になって改善しようとはしてくれない。それは、先生によるところがとても大きい。どの国も同じこと。やっぱり、学校で働く職員の資質は、さほど日本とかわらないな、それが私の見解。もちろん、いい先生はいる。悲観することはない。現に、Kの1年生の先生は真の良い先生だった。ベテランで、自閉症児を教えた経験もお持ちであったし、本当に育ててもらった。今の担任もそれには及ばないが、Kを愛してかわいがってくれている、良い先生。話を戻すが。心の理論が確立していないK。そしてバイリンガル教育まっただ中。そりゃあ、思考能力の成長が多少どころか、かなりゆっくりでもおかしくはあるまい、それがKママの考え。もちろん、そのゆっくり成長している得意でない部分を補う、補強するアプローチは必要だ。後は、まわりに迷惑をかけるのも、彼の経験であろうし、そこに対して、いくらでも頭は下げるつもりだ。だって、周りにはいい迷惑にはかわりない。ソーシャルスキルは、学校で大いに失敗して、身につけて欲しいこと。何回でも、怒られたって、その言い方、フォロー次第とKママの持論です。間違った甘やかしは不要である。そして、最後に。今回のミーティングで、Kママが感じたことは。いよいよ、専門家でも誰でもいいのだが。家族以外の、ニュートラルにKや私たち家族を観てくれる第三者の介入が必要だな、ということ。強敵でもあり、最高の同志である、アスピー夫。彼とガチで議論を交わす時がきたようだ。あー、頭痛くなって来た(笑がんばりますよ☆
もう、観てる方いますね?日本でも見られる海外ドラマのはず。主人公のうちの一人、シャルダンは、見た目は全く違いますが(笑キャラ的には、うちのアスピー夫、この方そっくりです。この俳優さん、割と素敵ですが、ゲイなんですって☆あ、余計な情報でしたね。日本のサイトhttp://wwws.warnerbros.co.jp/kaidora/bigbangtheory/動画、貼っておきますね~。英語の勉強には、ちょっと難しいかも~。何せ、設定が、オタクな仲間たち、なのでみんなちょっとおもしろい(笑私は字幕とか吹き替えで観た事がないので、かなりいい加減な解釈だけど~(笑オススメです☆
我が家には、成人した二人の息子とKの3人の息子がおります。上の二人は私が産んでいないので、Kにしてみれば腹違いの兄貴たち。長男は、軍に所属しているので自立して、同僚と共同で家を借りそこで暮らしながらお勤めをしている。そして、たびたび登場する、次男は、私たちと一緒に暮らしているが、最近、例のアホな疫病神であった彼女が ( ´艸`)遠方に行ってしまったので、次男が部屋に一人でいることが多くなった。クリスマスプレゼントに、私が渋って購入を見合わせていたゲームを、意図もカンタンにプレゼントしやがった次男。みんなKに甘いのよ!今週は、さすが2月という事で、寒い日が続き。学校が、連日休校!!もう水曜日(。>0<。)夫も、道が凍結しているため、オフィスには行けず在宅で仕事をする事が多く、レストラン家業の次男も含め、昼間は全員が家に引きこもっている日々。いままでは、リビングのテレビでゲームをしていたK。Kママも、宿題やその日のやるべき事をやらせる以外は、Kの好きなように遊ばせているのだけど。Kにとって、Kママは、いつでも楽しんでいるゲームを阻止する悪魔で。次男は、一緒にやってくれたり、やめろとは言わないので、最近、次男の部屋に入り浸っているK。なにしろ、これだけ年が違うのに、やっているゲームが同じという。。。だから、ゲームなど買い与えるなって言ったのに(* ̄Oノ ̄*)という、暗黙のプレッシャーを次男にあたえつつ、入り浸るKを全く阻止しないKママ。朝は早いKなので、朝から次男はKの奇襲にあっているここ数日。ざまーみなさい。もともと、次男の昼夜逆転生活は、気に入ってないKママ。これで、少しは改善してくれたらラッキーかな、とも思っている。腹違いとはいえ、兄弟は兄弟。しも男同士だからね。夫も、あらラクチンとばかりにKを次男へ託す。それにしても、Kのゲーム好きは遺伝と言えば遺伝で。環境か?私以外、みーんなゲームやってんだもの。四六時中!Kママの悩みの種の一つでありまする(T_T)
バイリンガルと一言で言っても、受け取る側のものさしで変わるものでもあるが。ちょっと長くなるかもしれないが、バイリンガル育児の肝になる部分を書いてみようと思う。学年リピートの件からはちょっとそれるけれどね。でも、その延長にあるのが、補修校へ通わせる事だからね。私的には、二カ国語の読み書き(特に読み)ができ、発音も二カ国語ともネイティブレベルで流暢に話す事ができる、というのがバイリンガルと言えるかなぁ、と。英語がメインになる我が子たちは。それでも、私からすると、立派に日本人。我が家のKは、髪も黒に近い暗めのブラウンだし、目の色も私と同じ薄茶色。だけど、肌は父から譲り受け、色白(笑 頭の形や、顔のほりが若干深いところなど、なんとなく、純日本人の子供たちと並ぶと、やっぱりハーフか?というレベルで、あまり外人な感じはしない。最近、2世のタレントも多くいるけれど、見た目が外人なのに、英語やその他外国語が話せないと、余計なお世話だけど、Kママは残念な感じがするのである(笑二カ国以上の子どもが、その言語たちを学び始めた幼い頃。彼らは、その人の見た目で、言語をスイッチするのは、事実。欧米人だったら、英語を使い、アジア人だったら、我が家のようなケースなら日本語を使う、と言う風に。見た目はあなどれないのである(笑話はそれだけど、私の目指すバイリンガルは、最初に言ったまさにそれ。妊娠中から、バイリンガルにしようと決めていたし、それは夫も同じ意見で助かったけれど、どうやってバイリンガルの子が成長するのか、ネットでいろいろと読み漁った。そこで、バイリンガルになるって、いろいろ大変なんだ~、とわかったわけである。そう。彼がお腹にいる時から、バイリンガル育児は始まっていた。今は、それが確信できる。なので、知らないことは、場合によっては、罪だと思う事がある。日本ではない場所に住み、母親が日本人であろうと、両親が日本人であろうとも、その国の言葉をまずは覚え、使う事が優先される。その一方で、日本語をしっかり教えることを、親がサボっていたならば、その居住国の言語一つのモノリンガルになることも大いに可能であること。日本語は、ちょっとだけわかります、というレベルに。それって、子供の選択ではないな、と。現に、大人になって、英語しか話せない自分を嘆き「どうして、お母さんは日本語を教えてくれなかったの?」という子供も少なくないのである。そんなこと、誰も教えてはくれない。夫ですら、私が日本語を教えれば、バイリンガルになれると思っているわけで(笑 いやいや、そんなにカンタンでないよ(苦笑我が家の場合は、将来、日本でもアメリカでも住みたい方へ住めるKであることが大目標。選ぶのは彼自身だ。私たちではない。せっかく、アメリカ人と日本人の両方の血を受け継いだK。これは、生まれながらにして、ラッキーでスペシャルな、彼へのギフトである。アスペルガー以前のね。でも、子供は勝手にはバイリンガルになれない。環境と、周りのサポート。特に、我が家のようなケースだと私のサポートだ。心がけていたことは、いつでも日本語で接する。日本語と英語をミックスした文章(ルー大柴みないな?(笑)でKと話をしない。この二点だけは、本当に意識して気をつけていたこと。そうやって、サポートを受けながら、補習校へ入る子もいれば、それまで、あまり日本語教育を意識せずに、または、意識はしていたけど、やり方がわからず、なんとなく月日が経ってしまった子が、補習校へある意味、日本語強化のために入ってくる。自分の子供は、どちらかな? そこをまずは考えてみる。ちょっと、サボってきちゃったな、私、とお母さんは思うのであれば、補習校のある生活は正直、大変になることはまず間違いない。補習校とは、日本語が普通に話せるのが大前提。読み書きは教えてくれるけれど、話す、はできて当たり前。話す力がちょっと足りないな、と思いながらも、入学できたのであれば、ラッキーで、それなりに子供をサポートすることは必須である。できないのであれば、通う意味もないし、お金の無駄であると私は思っている。別に、家庭でも日本語を教えることは不可能ではないからだ。人よりも、数倍苦労して、補習校に通う、我が子たち。土曜日を返上して。日本語は、細く長く、身につけていければいい。極端な話、小学校4年生くらいまでの漢字を含め、読み書きのレベルがあれば、小説を読む事ができると言われている。まずはそこを目指す、というのもひとつのアイデア。だから、同じ学年をリピートする、しかも低学年ならまず、彼らの力となる。Kを観ていて思う。彼は、パーフェクトではないけれど、バイリンガルを意識して、Kママが学校へ上がるまでサポートしてきた。時には、同じようにバイリンガルを目指す日本人のプレイグループに入って、仲間と一緒にそのサポートをがんばってきた。それだけやってきていたKでも、リピートが必要だったのである。できないことは、恥ずかしいこと、と年齢を重ねれば重ねるほどその想いは強くなり。幼い子だって、りっぱに負けず嫌いを発揮している子もいる。だからこそ、もし、学校からリピートの話を持ちかけられたのであれば、真剣に悩んで欲しいと思う。親の体裁ではなく、子供自身の未来のために。友達の話は、聞いてやっても、それを鵜呑みにせずに、決断をくださなければいけない。バイリンガルの道はまだまだいばらの道。流暢に二カ国語操る大人に出会ってみると、一様に、その過程は非常に大変であったと口を揃えて言っている。その頃のお母さんはすごく怖かったと(笑 でも、今は、あの時の親の叱咤激励があったからこそ、今の自分がある。そう断言していた。バイリンガルの道をあきらめないのであれば、心を鬼にしなければ行けないときは必ずある。それを想って、新しい年への準備を☆
Kは、現地校も補習校も1年生を二回しました。補習校も、来年度は、2年生に進級します。我が子の、日本語レベルが、ちょっと弱いな、と思っていて、授業も宿題も大変。学校からも、もう一度、同じ学年をしませんか?と言われた場合。アナタならどうするだろうか?ここは、本当に大切な岐路である。どんなバイリンガルを目指していくのか? 自分にも問うてみる必要もあるかもしれない。私も経験からしか、話ができないのだけれど、Kが2回1年生をやったことは、とてもプラスになったと思っている。もともと。アメリカ現地校では、早生まれ。そして、しゃべり言葉の遅いK。それに加えてコミュニケーション能力も凹んでいる。学力はいずれ追いつくのが解っているが、肝心の基本の部分が、足りないのであれば、やるなら1年生、とキンダーに上がって間もなくの頃から決めていた。やはり基本を固めておくに超したことはない。という判断。補習校の環境にもかなりよるのだけれど、小さい学校だと、一学年に一クラスしかないこともあるでしょう。Kの学校もそう。そうなると、お友達のことで、子供自身が、みんなと別れて、1年生に残ることを嫌がるケースがまずほとんどのはず。だからと言って、すでに授業についていくのが大変な我が子を、進級させるのは得策なのか? 学校の先生が、もう一度同じ学年をやりませんか?と言ってきていることを神妙に受け取るのならば。私は、あえてここは、それはNOと言っておきたい。できるのなら、リピートを選んで欲しい。経済的に許すのであれば。お友達のことは、確かに、Kのような他人との関係に若干鈍い男ならともかく(笑 通常の子供にとっては一大事の問題だ。でもね。現地校の先生も言ってくれたけれど。「新しいお友達ができるわよ!大丈夫。」そういうこと。自分自身のことも振り返ってみても、小学校低学年のお友達と、今でもいつでも一緒に行動していますか? 心の友であることはあっても、近くにいるわけじゃあない。だから、子供が、お友達と一緒に進級したい気持ちは汲んであげたいけれど、説得させる材料はいくらでもある。無理矢理、他のお友達と一緒に、と進級させる事は、親心でもなんでもなく、親のエゴと子供の幼い考えだからこそのこと。子供の意見を尊重するのはもちろん大切な事。でもね、授業についてゆけなかったり、大変で苦労するのは、その子自身、なのだ。「あの子は、また○年生やってるのね・・・」そんな世間の目が怖い? 我が子が、頭の悪い子供みたいに感じてしまう? そう思ってしまうのであれば、その私たちの心にしっかり向き合う必要がある。凸凹があるから障害である我が子。できないことがある分、できることもズバ抜けている。そう考えられないだろうか?幸い、我が子たちは、アメリカで大人になり、アメリカ社会で生きてゆく可能性が今は高い。そうなると、いずれ日本の学校へ通うわけでもないわけなのだから、もう一度同じ学年をすることは、落第と捉えずに、考えることは難しいだろうか?1年生を二度やったKは、漢字のテストでは、100点をよくとってくるようになった。去年は、皆無のこと。これも成長だね。音読も、KママがKのお気に入りのキャラクターを先っぽにつけた、音読用ポインターを駆使してやった1年目を思えば、一人で教科書を読む姿を見る事ができるようになった。これも成長。バイリンガルのゴールは、まだまだ遠い。結果もすぐに出ないからこそ、シンドイ。でも、こういった小さい成長を感じて、やっていけるのは、私たちの特権でもある。このタイミングで、もう一つ、今一度考えるのは、我が子の日本語のレベルのゴールである。