『あの雷雨も…』

彼女はそう言った。
誰に聞かせるわけでもなく、まるで呟くように。

突然の雷雨だ、そりゃあ誰だって驚くだろう。だけど、彼女の口調はどちらかといえば
『なぜ今日…』
オレにはそう取れた。
だが、彼女は離れを予約していた。
ということは、何も知らずに来たということだろう。
でも何かが引っかかった。

「咲耶ちゃんは、今日ここに泊まることをいつから決めていたんだい?オレたちはついさっきなんだよ。だってこの雷雨で逃げ場がなくてさ…。で、以前泊まった事があるここを思い出して電話したってわけ。有り難いことにこれだけの人数を受け入れてもらえてホッとしたよ」

嘘は言ってない。本当に泊まることになったのは偶然だ。
いや、もしかすると必然だったのかもしれない。だが、タクミを怖がらせるわけには行かない。だからこその【離れはNG】と伝えたわけだが、まさかのイレギュラー…

「えっと、ここに泊まる予定にしたのはニューヨークの喧騒から離れたくて…。
ここって、凄く静かなところだって口コミがあったんです。だから、予約が埋まる前に!って2ヶ月ほど前ですかね、決めたのは…」

2ヶ月。タクミが、日本に帰ってくることを事前にリサーチした?
いや、まさかな。
さすがに勘ぐり過ぎか。

大体、オレたちがここに来ることを決めたのはついさっき。
まぁ、日本にいれば何処かで連絡が付くなら会えるかもとは考えていたかもしれないが、常にオレがいるわけだから二人きりになることもない。
それに、なんでも疑ってかかるのはオレの悪い癖だな。

「そうなんだね。確かにここは山里から離れてるし、料理も美味しいし、お風呂も抜群だもんね」

「あの…お風呂は実はまだ入れてなくて…ごめんなさい。後からゆっくり堪能します。と言っても、結構【烏の行水】って父に笑われるんですよ。せっかくの大浴場ですもの、今夜くらいはゆっくり浸かります」

それを聞いたタクミが
「わかる!お風呂ってさ、頭洗って体洗って、ざばーん!って入ったらもうそれでいいや!ってなりがちだよね。特にニューヨークとか海外に行くとさ、シャワーが基本じゃない。だから、ついついお風呂に時間かけなくなっちゃうんだよね…。ぼくも日本に来た時くらいかなぁ、ゆっくり入るのって…」

「それが日本の侘び寂びだろ、タクミ」

”ガン!”

「いって!」

「ギイに侘び寂びなんて言葉使って欲しくないね!だって、大浴場に入る時だって落ち着かないじゃないか!」

「葉山…今それは…」

はっ!と我に返り
「あ、その、なんていうか、ギイって外国人だからお風呂見たら興奮しちゃって…落ち着かないんだ!」

なんだ、その言い訳!
オレはただキレイなタクミを目の前にして落ち着かないだけで、あわよくばそのまま泡だらけにして(あわよくばだけに)全身を隈無く洗ってやりたいだけだ!
もちろん、その先に持ち込めるならどんな手だって使ってやるけどな。

「ギイ先輩って、実はおこちゃまなんすね!オレもプールみたいにでっかいお風呂だとついついバタ足とかしたくなっちゃいます!おんなじだー!ね、アラタさん!」

「そんな長い手足でバタ足なんて出来るわけ無いだろ。それはもうプールだ、真行寺。お前、風呂とプールの違いもわからないのか?それこそ、おこちゃまだな。
何ならおこちゃま2人でプールに行ってこいよ。ここにはプールもあるそうだから」

「ええー!そうなんすか?!
ギイ先輩いっちゃいます?」

いつもよりも更にでっかい瞳を輝かせて変な誘いをする真行寺。
三洲…、お前オレと真行寺で遊ぶのをやめろよ。

「はいはい、プールは行かないから、おとなしく三洲と早寝しろよ」

「あっらたさーん!早寝ですって!
どーしますぅ?早くおふとん入っちゃいますか?それともぉ…」

【バシッ!】

「いってぇーーー!」これは真行寺。

「どうした真行寺」これは三洲。

「あの、今下から何か飛んできたっす」

「あー、あれじゃないか?目に見えないボール。さっきからよく飛んできてるみたいだしな」
三洲…何度も通用するもんじゃないだろ。

「あ、それかぁ!参ったなぁ…また見損ねちゃったや…」
真行寺…なんで通用するんだ!

真行寺…酒もほどほどにしておかないと、いざという時困るのはお前だぞ…
三洲はわざと飲ませてそうだしな。

「みなさん、本当に仲が宜しいんですね。羨ましい。私、自分で選んだことですけど、中学の友達とはほとんど付き合いがなくなっちゃって…。友達って言えば、もう海外のクラスメイトとかで…。それはそれで、楽しいし仲良くしてもらってますけど、やっぱり心の底から親しくなるのって何処か難しくて…」

「僕達はちょっと色々あって、それで壁が無いんだよ。世の中の元男子高校生がこんな感じかと言われたら、きっと違うと思うし、あまり気にすることじゃないよ。心の底を見せ合えるのはたった一人で良いんだから。【相棒】って言える友達が1人いるだけで心が潤うからね。まぁ、それでも【僕の相棒】は顔も忘れそうになってたけどな!」

ここでチクリと章三がボディブローをかけてくる。

「章〜三〜、許してくれよ〜。てか、許してくれたんじゃないのかよ〜」

「ギイ、1回や2回の謝罪で10年の空白は埋まりやしないんだ。覚悟しておくんだな」

「タクミ〜!章三がぁ〜!」

「ギイ、これからの行動が皆の心を動かすんだからね。ぼくはもう沢山謝ってもらったからいいけど、みんなはねぇ…まだまだかもね」

「だから帰るの怖かったんだよ〜」
と、泣き真似をしてみる。

「でもみなさんのオーラ、とっても素敵です。前回葉山さんと赤池さんのオーラをみましたが、今日皆さんが交わることでまるで虹色…プリズムで円環まで見えます。ほんと、素敵…こんなオーラ見たことないです」

「そっか!咲耶ちゃん、ありがとう!
そう言ってもらえると、やっぱり帰ってきて良かった!って思う!ね、ギイ!」

「そうだな…うん、皆に感謝だ。
じゃあ、改めて【祠堂と咲耶ちゃんに乾杯】して、しっかり味わうとするか!」

【かんぱーい!】

その数分後に彼女と解散し、オレたちは離れにある各々の部屋に向かった…。
少しの緊張と、覚悟を決めて。