正月休み。
高校生の正月休みと言えば、冬休みだ。
しかも祠堂は早いうちから休みがスタートする。
それでも部活があるもの、
家に帰っても誰も休みじゃないからと寮に暫く残るもの、
そんな懐かしさに思いを馳せていた。
馳せていた理由。
それは真行寺が受験前の足掻きをしたいから、俺に勉強を見てもらえないかと連絡してきたから。
今更焦ったところで、ほぼ意味はないんだがな…。
それでも会いたい気持ちが上回る俺も大概だ。
待ち合わせは我が家。
何度も来たことがあるから
『直接お家にお邪魔していいっすか?』
それは構わない。何しろ真行寺は我が家の女性陣にモテモテだから、いつ来ようが何日居ようが、全くもってWelcomeなのだ。
時計を見ればもうやってくる時間。
ピンポン♪
なんてやつだ。
時間10分前にきっちりと呼び鈴を鳴らす。きっと30分前には居ただろうに。
『良く来たな。迷子にならなかったか?』
『大丈夫っす!アラタさんの家なら目隠ししても来れますって!』
お前、嗅覚で辿ってるのか?それとも帰巣本能?
人間離れしているというのはよくわかった。
こいつならほんとに、目隠ししてもやってきそうだし。
『あの、それより!
1年お世話になりました!
来年だけじゃなく、これからもずっとよろしくお願いします!』
『お前、それじゃプロポーズじゃないか』
俺だから、そうじゃないのはわかるが
他の人にこれをされては堪らん、
『年末年始の挨拶はきちんとやるのがセオリーだぞ』と、それとなく注意する。
『ええー!オレの気持ちを全面に出したのにぃ。これからずーっと一緒に居たいんだもん。プロポーズって思ってくれていいっすよ!アラタさん!』
俺はまだ真行寺を深く理解できてないのかもしれない。まさかほんとにそうだったとは…。
『ま、俺からは、今年も良く頑張ったな。付け加えるなら、来年もよろしく。じゃ、勉強するか』
『はい!』
そう言って傾向と対策本を開くが、しっかりと線を引いてあり、出来ていないところは無いように見える。
『真行寺、これ全部やったのか?』
『えっと…やったっす。部活の引き継ぎやらで他の人より遅く退寮になったんで、進めれるところまで…ってやってたら…』
『なるほど。電話の時はまだ終わってなかったけど、この数日で仕上げてしまったってわけか』
『あの…嘘をつくつもりは無かったっす…でも会いたかったし…声聞きたかったし…っごっほっ』
『風邪気味なのか?』
『風邪気味ってわけじゃなくて、退寮して終わってるって思われてたのか、部屋の暖房が使えなくなってて…でも布団にくるまってりゃ暖かいし、なんてこと無かったっす!…っごふっ』
『お前、馬鹿じゃなかったんだな?』
『どーゆーいみっすか?』
『バカは風邪引かないって言うだろ』
『アラタさん、違うっすよ!バカだから引いてないっすよ!こんなの風邪じゃないっす!』
よく見ると、顔も赤らんでる気がするし、
手もなんだか汗ばんでるような…
つい、自分の左手を額に置き熱の確認をしてしまった。これこそ、職業病。
『おまえ…かなりしんどかっただろ。高熱じゃないか!なんで来たんだ…実家に帰ってゆっくりすれば良かったものを…』
『しんどいって思ってなかったっす。
だって、アラタさんに会えるのにしんどくなるはず無いんだ!ただ、会いたくて触れたくて…その思いだけできちゃって…。でもそれでアラタさんにうつしてたら意味ないっすね…ごめんなさいっす…』
シュンっ。と大きな体を縮め、頭を項垂れる。
別にうつすなんてことは気にしてないんだよ。ただ、お前の体が心配だったから… そう口にしてやれば、こんなに落ち込むこともなかったのに…素直に言えないの相変わらずか。
『いいさ、とにかく上がれ。それでお風呂に浸かってこい!しっかり体温めるんだぞ!出てきたら、髪を乾かしてやる。お前は適当にやりすぎだからな』
家に上がることを許され、更にお風呂まで許可された大型犬は、千切れんばかりの尻尾を振りながら浴室に消えていった。
『お先にいただきました!』
『はいはい。じゃ、そこに座れ』
俺がソファー、真行寺は絨毯の上。
濡れた髪にドライヤーをかけていくが、硬めな髪質だと思っていたのに、意外にふわふわと流れる。
いつも押し倒されていた時は、髪を触る余裕もなかったか。だが、慰める時は頭を撫でていた。その時はどうだった?
そうだ、髪が邪魔になるからと丁髷にしていたり、ちょっとワックスをかけていたように思う。それでも受験日は…と考えたがあの日の髪質まで覚えていない。
『お前の髪って実は猫毛なのか?』
『猫毛はアラタさんでしょ?いつもふわふわだもん。でも、そういえばギイ先輩が一番猫毛って聞いたことあります。あの人いつもカチッと決めてたりしてたからそんなこと気づきもしなかったけど、葉山さんが、【ギイの髪はね、ふわふわで天使の髪みたいなんだ】って。ギイ先輩と天使が結びつかないから【そーなんですか】って適当に答えちゃったけど、今はめっちゃ気になります!アラタさんとどっちが猫毛なんだろう!』
ぽん!
『どーでもいい。ほら、乾いたぞ!』
『なんか、早くないっすか?もっとサワサワしてほしかったっすー!』
『子供か!
それとな、きっと高熱が続くと思うから、明日病院へ行こう。
ここには何日いる予定だったんだ?』
『えっと…理子さんには何日居ても良いわよと…』
『それなら好都合だ。家に帰るとお前の母親にうつるだろう。我が家には数日俺しか居ない。うつったとしても俺だけだ。とにかく早く治すに限るが、今日の今日だと、検査をしても原因がわからないから、とにかく寝ろ。それしか今は出来ない。ただ、熱が上がりきったらロキソニンを飲もう。そうすれば少しは楽になるはずだ』
『オレ、アラタさんと一緒に紅白見て、除夜の鐘聞いて、なんならお参りに行って鐘ついて、甘酒飲んで、おみくじ引いて、受験の絵馬書いて、お参りして、そんで…』
『わかったわかった!
やりたいことは出来るように、とにかくゆっくり休め。除夜の鐘は逃げないし、なんなら部屋からも聞こえるし、紅白だってかけておいてやるから。後のしたいことは、良くなってから初詣だ。わかったな?』
『はい…っくしゅん!』
『風呂から出たんだ、もう少ししたら熱を測ろう。俺のことは気にするな。今は熱を下げることだけ考えたら良い。おやすみ』
傾向と対策本を寝てる真行寺の横でペラペラと捲ってみる。
『やっぱり…完璧じゃないか。全部してなかったのは嘘じゃないだろうが、ほぼ仕上げてたのは間違いない。あいつの頭の中は早く終わらせて、さっきしたかったと伝えてきたものを段取り良く消化したかったんだろう。しかしなぁ…あの高熱…インフルじゃなきゃいいが…』
どうしてもこの季節、インフルエンザが猛威を振るう。マスクをして受験に向けて整えて居たはずだろうに…
きっと部活のときに貰ったんだな。
うとうとし始めた真行寺の脇に体温計を挟み測ってみる。
ピピッ。
デジタルが示しているのは
【39.5】
まずはロキソニンだが、30分後にもう一度測ってみるか。その時に上がっていなければ、ロキソニンだ。
まだ上がるようなら、飲ませてしまうと意味がない。
とにかくあまり高くならないことを祈るだけ。
冷えピタをおでこに貼り、タオルを濡らし、汗を拭く。寒いんだろうが、汗はやはり出るのでベタベタして気持ち悪いとゆっくり寝ることも出来ない。
俺にできることはそのくらいだし、今は看病だな。
30分後…ピピッ。
【39.5】変わらず。
それなら飲ませても大丈夫だろう。
『真行寺…薬飲めるか?』
『う、う〜ん…』
高熱だからか、半覚醒。
これは仕方ない。
少し頭を上げ、ロキソニンを口に入れ、
ペットボトルの水を俺の口に含み、それを真行寺へ。
【口うつしだー!】なんて喜ぶ体力も気力もない真行寺は
ただ、流れてくる水をゴクリと喉に流した。
1時間後、少し下がればいいんだが…
その1時間後。
目に見えるほど下がることはなく、
4時間後にもう一度ロキソニンを飲ませることに。
その朝、
『アラタさん、睡眠不足にさせてすいません!』
真行寺の看病をしていたため、俺は真行寺の腹に顔を埋めて寝落ちていた。
『いや、悪い。気づいてたら寝てた。
睡眠不足というより、ガッツリ寝てたから気にするな。それとな、やっぱり熱が39℃から落ちないから、病院へ行くぞ』
俺の通う病院へ。
今日は、年末最後の診察日。
間に合ってよかった。
だめでも救急で診てもらうだけだが、
それでも通常通り診てもらえるなら担当医がちゃんと存在する。
『うーん、インフルだねぇ…えっと、今飲んでるのはロキソニンだけかな?』
『はい』答えたのは俺。
『三洲くんが居るなら安心だから心配はないけど、とりあえずインフル用のお薬出しておくから。それを三回も飲めば楽になってくると思うよ。ただ、熱が下がってから4日待って外出で!下がったからと言って、出ちゃだめだよ。人にうつっちゃうからね。じゃお大事に!』
『アラタさん…オレ…実家に帰ります…手遅れだけどさ』
『いや、、このままでいいさ。熱があるのに一人で実家に帰らせるのも怖い。それなら俺の目が届くところで唸ってくれてるほうが俺的に楽だ』
『でもうつっちゃう…』
『うつるなら、口移しの水でなってるだろうな。でも、今のところ節々が痛いとか、自分で気になるところはないし、大丈夫。祠堂でもインフルが流行った時、俺だけかからなかったんだよな。生徒会は全滅だったのに…だから気にするな。今朝もそう言っただろ?』
『ほんと、ごめんなさいっす…』
『聞き飽きた。今度から【ごめん】を言ったら罰でもするか』
『罰?!』
病人なのに罰?!そんな顔で見る真行寺。
『だな。罰だ。今は内緒で決まったら思いっきりやってやる。』
その罰とは…
『体まで拭いてもらってごめんなさいっす!』
はい、罰一つ。
ガバッ!
『え?』
『いっただろ?罰を与えるって。お前にとっての罰は俺がインフルになることだろ?それなら、うつるかどうか、俺が罰として抱きついてやる。それを何度も繰り返すことになるから、覚悟しておけ』
サーッと青白い顔になる真行寺。
『あ、、あの…うつったらどーすれば…』
『そりゃ、今の逆で休みの間ここで看病だな』
『あの、それ罰ゲームになってないっす。むしろご褒美じゃないっすか』
『それは受け取り側の思い一つだろ。
とにかく頑張れ』
ーーーーー
『いやー!大晦日に間に合うとは思わなかったっす!』
『さすが、体力おばけの真行寺だな』
『ほんと、アラタさんにうつらなくてよかったーー!めっちゃ心配したっす!』
『あれだけ罰ゲームになれば確かに心配になるレベルだったな。でも俺も伊達に寮に居たわけじゃないから。それなりに免疫力はあるのさ。というのは冗談で、病院で絶対にワクチン接種することになってるからだよ。だから、お前のインフル如きにやられない。なんならお前の中でしっかりと消滅させてやったしな!ほら、甘酒貰いに行くぞ!後は、絵馬とおみくじと賽銭たったか?』
『はい!あ、あの…除夜の鐘もならしたいっすけど、時間待てますか?』
『何だ、お前知らないのか?除夜の鐘っていうのはな、年明けのかなり前から鳴らし始めるんだよ。108回も撃つとなると時間が足りないからな。だから待つもなにも、もう始まってるんだよ…あそこに何人か並んでるだろ?鳴らすほうが先なら甘酒だけもらって並んでこいよ。待っててやるから』
『あざっす!』
甘酒を片手にフーフーとし、鐘の番をまつ真行寺。なんでそんなものを撃ちたいのやら。
ゴーン!!!
『ただいまっす!鳴らしてきました!
なんか、間近で聞く音って凄いっすね!体の中まで響いたっす!』
『それなら煩悩は消えたか?』
『えっと…108あるうちの1つは消えたっすかね』
『完璧な塊じゃないか…恐ろしい』
『ま、107つ残ってるかは、家に帰って確かめてください!』
『なんで俺が!』
『だって、俺が抱く煩悩なんてアラタさんのことしかないっすもん!』
それから真行寺は
合格祈願の絵馬とお守りと、おみくじを引き満足そうに三洲家に戻った。
『ね!アラタさん!煩悩確かめてくださいよ!』
『真行寺、お前はここに何をするために来たんだ?』
『受験の傾向と対策?』
『だよな。てことは、そんな邪な感情なんて邪魔以外の何物でもない。今すぐ戻って107つ目の音でも聞いてこい。そうすればある程度浄化されるだろ』
『ええー!それはないっすよー!
わかりました!この分厚い本の答え合わせしてもらって、間違ってなかったら…』
『間違ってなければ…考えてやる。だが、1問でも間違ってたら…卒業までお預けだ』
『そんなぁ…』
『間違ってなければ良いことだろ?』
『あ、あの!答え合わせする前に一度一人で確認してもいいっすか?』
『構わんさ』
真行寺は目を皿にして、問題と回答を何度も何度も見直した。
『はい、もう大丈夫です。これで間違ってたら、諦めるっす…およよ』
『この程度で泣くなよ』
『泣くっすよ!だってどれだけ会いたくて触れたかったか…』
『じゃ、答え合わせする。気が散るから、お茶でも飲んでゆっくりしてろ』
◯、◯、…◯、…これも◯?
もしかして…
『終わったぞ!』
『どーでしたか?…だめでした?』
『うーん…ダメといえばダメな問題が一つ』
『ええーーー!まじかぁ!!!』
『だが、これは俺でも引っかかる。だからオマケとして全問正解だ』
『やったーーーー!』
『だが、107つの煩悩なんか付き合ってられないから、寮でしてたくらいのことで我慢しろ。今日は、そのまま寝て元気になったら、俺の病院案内してやるよ。楽しいわけじゃないけどな』
『いえ、楽しみっす!アラタさんが毎日通って、どんな話をしてたりするのか、気になることだらけだよ。ありがとう!』
その夜、俺は相変わらずの寝ぎたない真行寺を枕にし夢を見た。
【新しいアパートに真行寺と二人。同居というよりは同棲。料理は真行寺。掃除は時々手伝うけど、甲斐甲斐しく動く真行寺は主夫だ。そっか、初夢か…てことは、真行寺は受かるんだろうな。そうとなれば、俺はアパート探しに精を出すか】
ただの夢、だけど、真実になれば良いと願う俺は行動に移した。
その数ヶ月後、見事に合格した真行寺は
俺達の新居で、『ご飯にする?お風呂にする?それとも…』なんてことを言いながら楽しんでいる。
ま、楽しんでいるのは彼だけじゃないことは内緒にしておこう。
いつまで続くかわからない幸せ。
簡単な幸せ。普通の幸せ。
だけど、その幸せが消えるのも早いのだと俺は知っている。
あの崎ですら失ってしまったのだから…
だから今を大切にする。
真行寺との少しずつ刻む日々を…。