「咲耶ちゃんは、好き嫌い無いの?」

「葉山さんはそう言えば、野菜がダメでしたね」

タクミのことをそこまで知ってるとは…
これは油断ならないんじゃないか?
どう牽制すべきか…。
がしかし、男相手に牽制したことはあれど、女の子に策を練ったことがないからなぁ。いや、勿論再会した時に近くにいたなら、間違いなく排除してた。
だが…居たくても叶わなかったときだ。
その間に親交を深められては、オレの入る隙はない。何しろ人を選ぶタクミがこんなにも懐を許してる。
それを『もう連絡するなよ…』なんて嫉妬でも見せたものならば、
『ギイには呆れちゃうよ』と冷たく視線を向けられるだけ。
それだけならまだしも、
『居て欲しい時に居なかったのは、誰だぃ?』なんて、にべもない言葉をぶつけられたら…そりゃ、ぶつけられて当たり前なんだが…それで『咲耶ちゃん』との距離が縮まっては話にならない。

どうすべきか…。
そんな悩み事など知りもしないタクミは
嫌いなもの談義を続けているし…。
お前の嫌いなものも好きなものも、オレにかかればチョチョイのちょいなんだがな。

「違う違う!生野菜が苦手なだけで、炒めたり煮たりしてるのは食べれるようになったんだよ!やっぱり一人暮らしが長いと、わがまま言ってられないし。海外じゃ特にね…」

「そうですよね。私は嫌いなものは無いんですけど、海外の味付けにはちょっとびっくりしました」

海外…ということは、やはり二人は海外で再会したのか。

「そう言えばさっき真行寺が言いかけたが
タクミ…咲耶ちゃんとは何処で再会したんだ?」

「ほぉ、人の言葉尻を取るとはまた珍しい手法だな…崎」

ニヤリと笑うアイツは、その一言一句を逃さない。いや、楽しんでいるって言うのが正解なのか。
三洲…、そのくらいの手法で行かないと、自分の口から何が飛び出るか、オレは気が気じゃないんだよ。

「何処で…って…えっと…どこだっけ?」

タクミぃ〜。別に場所を聞いてるんじゃないんだよ。日本なのか、それ以外なのかってことを汲み取ってくれ!

「あら、葉山さん…忘れちゃったんですか?数年ぶりに再会したのは、博物館でしたよ」

「博物館?」
博物館ってもしかして…

「あー、そうだったね!博物館だ!
クジラの下でボーッと座ってたぼくに、
「葉山託生さん?」って声掛けてくれたんだよね。海外でフルネームを呼ばれるなんてないから、びっくりしたなぁ」

「私はそこに葉山さんがいらっしゃったことに驚きました」

「うんとね…あそこは、無になりたい時に良く行くんだ。バイオリンのことを考えずに、ただ一つのことだけ頭に思い描くためだけに行ってた」

タクミ…それって…

「そうだったんですね。なんだか寂しげな印象でしたので、落ち込んでいらっしゃるのかと…」

「今となっては、それも良い思い出だよ。それに、今度行くときはひとりじゃないから!」

パチンとウインクを決めてオレに目配せするタクミは、なんてカワイイんだ!

「そうですか。それは良かったです。暗い海の底で物憂げにいると、色々とキケンですから…。あのときも…実は。いえ、気にしないでください」

「でもほんと、びっくりだったのはそれだけじゃなかったんだよね!」

「そうなのか?」
隣で天ぷらを摘みながら章三が水を向けた。

「そう!次に会ったのどこだと思う?」

「おまえ、まさか…」

「そう!そのまさか!あのジュリアードだよ!」
ニコニコと、世間は狭いよね!なんてはしゃぐ恋人。
お前、オレにもそのくらいのテンションを偶には見せてくれよ。

「咲耶ちゃんは、ジュリアードに留学してたの?」
音楽が関わるなら野沢も気になるところだろう。食い気味に尋ねたが、本来の柔和さが圧を与えない。そういうところが野沢だよなぁ。三洲とは大違いだ!

「はい。えっと、正確に言えば…高校受験をせずに、ジュリアードを受けたんです」

「すごいっすね!オレなんか祠堂受けるだけでバクバクだったのに。
因みに何を勉強してたんすか?」

「お前みたいな泣き虫は、海外なんぞ出なくていい」

「はい!アラタさんの側から離れないっす!」

ねぇ!と言わんばかりにこのメンバーだからなのか、肩に寄りかかる始末。

「飲み過ぎだぞ、真行寺!」
グイグイと戻そうとするが、これまた鍛錬の賜物なのか、びくともしない。

「多分、子泣き爺並だから諦めた方がいい。一度取り憑かれると離れないと思うぞ。真行寺は飲むと周りに誰が居ようが三洲しか見えなくなるもんな」
同性との恋愛は自分には無縁!と言いながらも、なんだかんだと祠堂の奴らには甘い。斯くいう俺も、かなり(それもかなり!)お世話になったものだ。


「そうそう!葉山くんがドイツ語を勉強してた時に、みんなで行った居酒屋でも凄かったよね。
俺も駒澤に甘えられたいなぁ…」
あの駒澤にそれは難しいだろうなぁ。
真行寺と一瞬でも入れ替わって見ればいいのに。いや、外見じゃなくて性格がな。
そうすれば、きっと野沢は天にも昇る気分だろうなぁ。
でも反対に落ち着かないのも考えられるな。野沢は結局、アノ大きな恋人を甘えさせたいんだから。


「そんな記憶はない!知らん!兎に角だ!真行寺、お前の寝る部屋がなくなってもいいのか?!おい!」

「ええー!それは困るっす〜。だってぇ、アラタさんを守んなきゃですしぃ~」

その一言で、みんなが問題を思い出した。
だが、
「守らなくて結構!自分の身くらい自分でどうにかする!だから、お前は部屋の前で布団を敷け!入ってくるなよ!」

「そこまで言ってやるなよ、三洲。
真行寺も心配なのさ。まぁ、ギイは葉山の面倒を見るんだろうがな」

俺とタクミの距離の近さを、それとなく彼女に伝えてくれる相棒。
どうやら、章三が気にするくらい俺はテンパってるようだ。

「ま、そうだな!タクミは俺に甘えてればいいのさ」

と、ウインクをお返し。
だが、それよりもだ!
そのジュリアードの先を知りたい!

「で、ジュリアードにはいつ入学したんだい?」

すべての答えの点と点を早く結びたくて、俺は問題定義の証明の法則を解き始めることにした。