「遅くなりました。お待たせして申し訳ありません」

障子を開け、正座をし、手をついて頭を下げる。その姿はやはり巫女だなと感心する。
しかし風呂に行っていたんじゃないのか?
出会ったときと同じ格好なんだが。

「大丈夫!ぼくたちも今揃ったところだから。ね、ギイ」

「ああ、そうだな」

「咲耶ちゃん、ここにおいで」
タクミはそう言って自分の横を勧めた。
章三とタクミの間の椅子。
まぁ、オレとタクミの間を勧めなかっただけマシか…
しかし、いつの間にこんなに親しくなってたんだ?
しかも顔見知りである二人の間に席を勧めるほどの気配りまで。
いや、別にタクミの隣に座るのがどうこうってわけじゃない。
わけじゃないが、やはりなんだか面白くない。さっきから何かが引っかかってるんだよな…

「咲耶ちゃんって、葉山さんとどこで再会したんすか?」

俺の向かいにテーブルを挟み座っていた真行寺がなんともなく核心をついた。
そうだ!それだ!
一体どこで再会したらこんなに距離を縮めれる?
この親しさは一度や二度じゃないはず。
タクミの人見知りが残っているのは、この数ヶ月で確認済み。まぁ、それはニューヨークだったし、仲間の見た目で圧を受け取り、そう見えたのかもしれないが…
それでもタクミの英語力は上がっていたし、コミュニケーションを取るにも問題はなかった。
だから初対面に近い再会ならば、ここまで縮まるとは思えない。
だがしかし…これがもし…日本での再会ではなく海外だったとすれば話は別だ。
日本人が海外の地で、しかも親しく名前を呼んでくれたならば…

「真行寺、まずは食事を開始しよう。
彼女は忙しくしていたようだし、お腹に一口でも入れてもらうのが良いだろう」

さすが三洲。着替えてないところをしっかりと逃さない。

「あ、ごめんなさいっす!
じゃ…えっと…、赤池先輩と咲耶ちゃんの再会に乾杯っすかね」

「そうだね!そうそう!それに乾杯だ!」

さっきまでの震えはなんだったんだ、タクミ。
それになんだよ、そのニコニコ顔は。
オレにもそのくらいのサービス満点な笑顔をしてくれたっていいじゃないか。
最近のタクミってば、辛辣な時も多いんだよなぁ…

「あ…あぁ。まぁ、僕は構わないけど…いいのか?」

「…ぎぃ?」

ツンツンと浴衣の脇をつつかれる。

「あっ…何か言ったか?」

つい考えがぐるぐるしていて、何かを聞き逃した。

「だから、赤池くんがそれでいいのか?って」

「それでとは?」

「だから、赤池くんと咲耶ちゃんの再会に乾杯でいいの?って…」

あぁ…

「いいと思うぞ。何年ぶりかの再会だろ?じゃあ、みんなグラスを持って」

オレからすれば、タクミとの偶然の出会いに乾杯じゃなければなんだって変わらないし。
目の前に置かれた乾杯用であるノンアルの梅酒を持ち、

「相棒と咲耶ちゃんの再会に、カンパーイ」

『カンパーイ』

グイッと喉に流し込み、食事がスタートした。

さぁ、真行寺!
さっきの続きと行こうじゃないか!
そう目配せをしたが
「あ、えっと…ギイ先輩、ご飯美味しいっすね!」

いや、そうじゃない…そうじゃないだろ…
お前、三洲の猫は見分けれるのに…
こんな簡単なパスも受け取れないのか…

「三洲、躾はどうなってるんだ?」

「はぁ?そんなキラーパスじゃ、犬には届かないぞ、崎」

お前はお見通しなんだよな…

そういうとこは、真行寺に甘い。
なんでその甘さ、オレにはないんだよ。

まぁ、オレに甘い三洲なんて
空恐ろしいけどさ。

「え?オレ、パスされたっすか?どこに?何を?足元?」

「真行寺にも見えないボールはあるってことだ。気にするな」

「アラタさんには見えたっすか?オレ、なんも見えなかったっす!魔球?何処から来たっすか?」

「…ということだ、崎。諦めるんだな。
パスを回すより、自分で解決しろ」

はい、仰られる通り。
グウの音も出ません。

仕方ない…とりあえず、彼女に聞くのが一番早いか。
タクミじゃ、答えにたどり着くまで間違いなく10分はかかるだろうし。
息を整え声をかけようとしたが

「あの…葉山さん、お部屋変わっていただいてほんとに宜しかったんですか?」

「部屋?もちろんだよ!いいの、いいの!ね?ギイ!」

あぁ…勢いを削がれたというか、
また答えに遠退いたというか…
もうこれは答えを聞き出すよりは流れに乗るのが一番。

「ああ、勿論」

「…でも…変わって頂いたお部屋が…」

「部屋…何かあった?」

少し怯えがちに返したタクミに

「いえ、何も。ただ、とっても広いお部屋で、凄く綺麗だったもので…良かったのかなって。宿の方にお聞きしたら、『前に泊まって頂いたときにお約束したので』と。だから、お約束ごとがあってあのお部屋になっていたんじゃ…」

「そうなの?」

そう言えばあの帰りに口約束を交わした。
それを覚えていたのか。
流石だな。

「まぁ、そんなとこ。でも、寝れる布団があればどこでも大丈夫だから。なぁ、タクミ」

パチッとウインクをしてみせるが
ガシッ!と膝を蹴られた。
イテテ。
まさか、机の下でこんなキックを受けようとは…。

「なんだ、崎。得点でも決められたのか?」

ああ、そうですとも!

「ハットトリックされないよう気をつけるよ…」

「せいぜい頑張れ。ま、どんな防御も効かないだろうがな」

「え?サッカーボール飛んできたっすか?どこから?見えなかったっす!」

三洲〜!どうにかしてくれ!


そのアイコンタクトを受け取り、真行寺に進言。

「真行寺、目に見えるものだけを信じるな」

そんな哲学、今はいらないだろーーー!