前回、湊斗が紬に別れを言い出し
切ない終わり方になりました。

その続きです。←当たり前だけど

フットサルを終え、みんなと帰る想は
一緒に来ない湊斗と紬のことを気にする。
そりゃそうだよね。
ジュース買いに行って、あんなふうに別れを前提に話されたんだもん。
実際どうなったのか、ラインしても返事は来ないし。

その二人は何をしてたかというと

ビブスを洗って干してた。

後ろから見れば、何ら変わりない二人。
別れ話が出たなんて誰にもわからないくらいな会話。

先生の年齢不詳から、自分たちの高3の話になる。

想にスピッツのアルバムを根こそぎ借りてさ…と言えば
「私も!」と返す紬。

その歌詞カードの間に、パンダのメモがあって…
「あ、歌詞カードの間に挟んで…なんで?」

「貸してって言ったとき、他のやつに貸してるから待ってって…」

「あ、他のやつ」←自分指す紬

「そう、その他のやつから返ってきたのをそのまま借りて…歌詞カードペラペラしてたら、紬の字で紬が持ってそうなパンダのメモで…パンダがゴロゴロしてるやつ?」

「持ってた持ってた!詠んだの?」

「佐倉くんとは音楽の趣味が合うからウレシイ」

その手紙をそのまま覚えてる湊斗。
一文字一文字が愛しくて、嫉妬して…何度も読み返して覚えたんだろうな。

それを「やめて」と止める紬。

「そのまま紬の声で再生された」
間違いなく紬だってわかる湊斗が切ないよ。
自分宛てじゃなくて、親友に向けたラブレター。
なのに、愛しい声で再生される。

歌詞カードに挟み直した?と聞かれ

「捨てた…」という。

「俺、そーいうとこある。ごめん…」

「ううん。そういうキモい手紙読まれなくて良かった」

「もうその時には好きだったんだよね、紬のこと。想より前から。戸川くん、戸川くん!ってよく話しかけてくれたけど、中身は全部想の話。そうじゃなくても、何々ちゃんが戸川くんの事好きらしいよ…とか。いや、そんな情報いらないよ。俺が好きなの、2組の紬ちゃんだし…って。付き合い始めたのも、なんか弱みにつけ込んだみたいだったし。紬もとりあえず優しくしてくれれば誰でもいいみたいなのあったと思うし… この3年、ずっと考えてた。今、紬が想と再会したらって考えてた。紬も考えてたと思うし。正直、ずっと不安だった…。別れよう…もう無理しなくていいよ」

全てに首をふる紬。
別れる必要なんかない。
自分は湊斗が本当に好きだから…。
そんな、気持ちを込めて強く横にな
振る。
でも…
「俺が無理。このまま一緒にいたら優しくできなくなる。紬にも想にも…別れよう」

いつも不安に駆られてた湊斗。
なんでそんなに不安なの?紬はいつもちゃんと湊斗を見てたよ(T_T)
湊斗に救われてたよ?誰でも良いわけない。
湊斗だったから。
メモを見ただけで紬だとわかっちゃう湊斗だから…。

別れようの言葉に、上半身がついていくくらい横に首を振る紬。

「嫌われたくない。紬にも…想にも…」

大好きな二人だから、嫌われたくないって気持ちはわかる。
わかるけど、湊斗が嫌われることをするはずがない。
手紙は捨てちゃったかもだけど…←ほんとは持ってたりして

二人が付き合ったことだって、苦しいけど嬉しかったって言ってた。
だから、取越苦労が過ぎるんだよ!
優しすぎる…。

ビブスでバンバンと、なんでわかってくれないの…と気持ちをぶつける紬。

私の声は聞こえるのに…なんで届かないの?
私の気持ちを理解してよ…
そんなふうにビブスが泣いていた。

湊斗の願いをただただ、受け入れるしか紬には出来なくて…。
すべてを知った友は、優しく紬の背中をさすった。
紬の涙は、雨と共に落ち、
心に水溜りを作る。
深く、深く、自分の愛情を沈めるように。

鳥のさえずりで目が覚めた紬。
昨夜の出来事は夢じゃないんだ…でもちゃんと寝れた。
そんな表情でゆっくり足をベッドからおろした。

スピッツを聞きながら朝食を食べていた紬は突然電話をかける。
その相手は湊斗。

「湊斗、おはよう!今日湊斗んち行っていい?」

いつもの調子でかけてきた紬に
「だからさ…」と濁す湊斗。
それに対して、
「荷物置いてるのたくさんあるんだよね。お気に入りのパジャマもあるんだわ。今日、それ着たいんだわ」

仕事が終わったら連絡して。と電話を切る紬。
笑顔で電話してたけど、
きっと紬は勝負に出たのかな。
やり直せるチャンスはどこかにあるはず…

そしてトーストを齧る。

【気にしてあげて。ちゃんと食べて、ちゃんと寝れてるか】

それは湊斗が想に気にかけるようにアドバイスしたこと。

紬は
【ちゃんと寝て】
【ちゃんと食べてた】
無意識に。
無意識に出来るってことは、心の支えがまだあるから。
湊斗…、想にアドバイス出来るんだから、湊斗自身も気にしてるはずだよね?

電話を切った湊斗は「安心して。ちゃんと別れたよ」と、想にラインをした。
紬を早く想に返したくて…。
そして、紬が辛い想いをしないで済むように。

そうじゃないんだよー!
湊斗が、紬の声をちゃんと聞いてあげれば良いだけなの(T_T)

――
湊斗からラインを受けた想は、先生に相談に行く。

「二人が別れたのが佐倉のせいだとして、それが何?納得行かない?でも、佐倉はもっと残酷な別れ方したよね?それなのに納得行かないのは、なんかダサいわ…戸川と青羽にも二人なりの関係性があって…この8年とか、全く見てなかった佐倉にわかるわけないと思うよ…」

想は病気を受け入れられなかったし、受け入れたくなかった。それに、友達から距離を取られるのも。
でも、それは自分から作った壁。
もしも…を、考えるより
友を信じれば良かったんだ。
紬を信じれば良かった…。ただそれだけ。
でも、怖くて出来なくて
二人がどうしてるかも考えることすらしなくて…いや、してたかもだけど、
考えないようにして音のない世界に入った。
だから、先生の言う事は尤もだ。

二人の事。
二人の出した答え←今は一方的な答えだけど。

荷物の整理をしに、湊斗の部屋に来た紬。
そこで歯ブラシを見つけ、これは自分のなのか湊斗のものかと聞く。
それを間髪入れず
「青羽のでしょ、硬め」と答える。

歯ブラシの硬めの好みを自分より知ってる湊斗。
なのに、湊斗の口からは
『紬』ではなく、『青羽』に変わった。
『青羽』と呼ばれた瞬間、顔が曇る。
もう『恋人じゃない』と線を引かれた。

でも紬は自分たちの付き合い始めを確認する。絶対に流されたんじゃないって言いたいんだよね?
誰でも良いわけないってことを知ってほしくて。

「どちらからともなく」
「どちらからともなくだよね?」
「うん」
「同窓会の次の日だよね?私が仕事辞めたよって…そしたらハンバーグでも食べに行こうって誘ってきて…」
「青羽が誘ったんだよ。食べきれないかもだからって」
「言ったかも」
「その後、、謎に週一くらいに会ってさ。その何回目かのあとに、湊斗が部屋誘ってきて…」
「違う違う、記憶どーなってんの?青羽が行きたいってきかなかったんだよ。俺、かなり拒んだし」

「うそうそ、そんなずーずーしくないよ」
「終電ないとか言い出して」
「そーだそーだ。なんか色々思い出してきた」
「思い出さなくていいよ」

「ほんとに嫌なのかと思って。女として見てないのか…とか、ちょっとくらい意識しろよ…とか思って…。ショックだけど、嬉しくて…。戸川くんてそうだよなぁ…。そうだな、そのときだな」

思い出さなくていいよ…は、別れたことを後悔しそうで…。
でも紬から出たのは別れたことについてではなく、あのとき拒んだこと。

拒んだのに、あのときに好きになってくれた。
「遅っ」

でも、だからこそ流されたわけじゃないってことだよ。

「自分のこと好きな人のこと好きになると、片思い出来ないよね」

「ああ…うん出来ないね片思い」

「勿体ないよね。楽しいのに片思い。まぁ青羽にはわかんないか」

そう言ってまたパソコンの手を進める。

とんとん…

「ん?」
「今…今…片思い」
「楽しい?」
「全然楽しくない。絶望って感じ。目があっても絶望」
「あっそ」
「ねえ、どーする?」
「何が?」
「別れる?」
「別れるよ」
「マジか…」
「マジだよ」
「これって、もう別れてるの?」
「別れてるよ」
「そうなの?ギリ付き合ってんのかと思った」
「ギリ別れてるよ」
「あら…」
「さっき言ってたじゃん、片思いって」
「あぁ、言ったわ。言った言った。

ほんとに片思いなんだ…」

湊斗から放たれた【片思い】の言葉。
それは紬の静かに溜まった水たまりに、波紋を広げた。

自分で「言ったじゃん、片思いって…」
そういった湊斗も影を縫うように、気持ちに針が刺さった。

どちらもが辛い選択なら、そんなもの選ばなきゃいいのに(T_T)

荷物をキャリーバッグに詰め終わった紬。
それは両思いという思い出も。

そのバッグを家まで持っていくという湊斗。
「女の子にはね、ちょっと優しくないくらいがモテるよ」
「だから俺、微妙にモテナイのかな。次の人の時、気をつける」

紬を目の前にして【次の人】という湊斗。
ちょっとムッとして
「やっぱ運んでもらおうかな」

そりゃそーだよ。
そんなこと言わなくていいし。
そりゃ、自分の気持に何度もけじめをつけたいんだろうけど、紬にしてみればそこは湊斗が選んだことだもんね。

「ちょっと練習しようかな。もう一回言って」
「これ、アパートまで運んで」
「やだ!めんどくさい!お前いつまでいんの?早く帰れよ」
「無理無理!それはそれでモテナイよ」
じゃれ合うように手でトントンと湊斗を叩く紬。
その手を握り
「もう、俺何してもモテナイじゃん」

モテナクテイイ…
それでイイ。
湊斗の良さを知るのは自分だけでいい…。

「一人で全部持てる?」
それは紬の手を離すということ。
「うん、持てる」
笑顔で答える紬。

「うん」

笑顔で返した湊斗はそっと手を解いた…。

――
手話教室に来ていた紬は、うわの空。


どうしたのと春尾に心配された紬は
「片思いに絶望で…」と答える。

そして【片思い】の手話はどうやるのかと聞く。
その手話は
両人差し指を上に向け、片方をもう一本に向けながら下にさがる。

【気持ちが相手に届かない】

「うわ…残酷。届かず落ちていく…」

片思いがどうかしたのか…と再度尋ねる春尾。

「片思いになっちゃって…それだけです」

「え?湊斗くん?」

春尾は湊斗を知っている。だから思わず名前を出してしまった。
でもそんなことを知らない紬は

「私、名前教えましたっけ?」
「あぁ…」と目を泳がせる。
でも紬は続けた。
「私無意識に言ってました?癖なんです。よく親友にも言われるんです。また無意識に湊斗出てたよって」

「それです。無意識の湊斗くんです。ほんとに好きなんですね…湊斗くん、まるで青羽さんは自分のことをそんなに好きじゃないなんて言い方するから…」

春尾は、湊斗と自分が知り合いだとわかる話をした。
でも青羽にはそこはどうでも良くて

「自分をそんなに好きじゃない…」って、そんなふうに思われていたことが悲しかった。
「無意識に名前が出ちゃうくらい、ほんとに好きなんですね」
「普通に…声で話せるんですけどね…湊斗とは…伝わらないもんですね…」

夫婦でいたって、会話しないとわからないことが多々ある。
だけど、会話しても伝わらないものもある。
でもね…目で会話するって言葉もあるくらい。
湊斗がちゃんと紬の目を見て会話すれば伝わるものはあったはず。
別れ話を出したあたりから、湊斗は紬を見なくなった。それはきっと自分の心を見透かされそうだからなのかも。
だから、すれ違う。
言葉も伝わらない。
声で紬ぐだけじゃ、ダメなんだよ。
目を見て、表情を感じて、心を知る。
そこに【声】はなくても、伝わる。
【愛】こそが、かたちのないものなんだから。

――
真子が湊斗をファミレスに呼び出す。

「プレゼンしにきた。可愛い紬についてのプレゼン。相手別のね」

そんなこと、聞かなくてもわかるよ…とでも言うような顔をする湊斗。
でも真子はお構いなしに続ける。
「まずは、佐倉くんと付き合ってた時の紬。キャッキャしててキラキラしてて」
「うん、それは見てたし」
「だよね。なんだけどね、戸川くんといた3年の紬は穏やかだった。ポワポワしてて、落ち着いてて、幸せそうだった。
私と話してても、佐倉くんのときは【ねぇ聞いて!佐倉くんがね!】って感じだったんだけど、戸川くんのときはね、そういうのないの。【湊斗の話聞いて】とか全然なかった」

「ないんだ…」

そう聞かされると、ほんと自分と付き合ってても楽しくなかったんだな…と思ってしまう湊斗。
「ただね、独り言みたいにポロッと言うの。ご飯食べに行って美味しかったとき、【あぁ、これ湊斗に食べさせたいなぁ】とか、服買いに行ってこっちがいいんじゃない?とか言うと、【湊斗はこういうのが好きなんだよな…】とか、そういう感じ。紬が【戸川くんのこと好き】なの。そういう感じだった。うれしいこと教えたくなる感じ。無意識に、戸川くんが【自分の基準】になってる感じ。女の子をキラキラさせる男ってすげーなって思ったけど、ポワポワさせるのもね…中々の才能だと思うけどね。だから、他人の私からしたら、この3年の紬、幸せそうで嬉しかったけどね。戸川くん!やれば出来るじゃん!って」

第三者目線…。
それは想と紬を見ていた自分もだ。
自分からみた紬は幸せそうだった。
想といる紬は世界一可愛かった。

でも、自分と一緒に居た紬も幸せそうに見えていたのか。
【そんなに好きじゃない】と自分的に思っていたけど、【無意識に自分が基準】になるほど好きでいてもらえたのか…
真子に笑顔を見せようとするけど、上手く口角が上がらなくて…
それでも手を離したのは自分だから今更だ…と上がらない口角を震わせながら下を向いた。

ーー
「会って話がしたい」
想は紬にラインした。
でも紬は返信しなかった。
返信がないことで想は紬のバイト先で待ち伏せした。

「湊斗…」
と手話をする想に
「湊斗が何?」とサラッと返す紬。
別れたことを想が知っているのは想定内だ。
むしろ、そのために湊斗は別れを切り出したわけだから、想が知らないはずがない。
でも、紬は別れたからと言って、はいそうですかとはならない。

「喧嘩したとか、そんなんじゃなく、円満に別れたから気にしないで」と言う。

【顔見て話したい】

想の言葉に、
「佐倉くんの顔を見て話すの辛い」
紬も口角を上げることは出来なかった。
今、想の顔を見ると湊斗の事を思い出すから。
どれだけ、想のせいじゃないと思っても、どこかで思ってしまいそうだから。

仕事を終え、買い物をしているとライン着音。
画面を見ると
「明日、あの喫茶店で待ってる。話せるようだったら来て」
それは想からのライン。
紬はそっとポケットに戻した。

家でハンバーグの種を捏ねていたら光が帰ってくる。
「何作ってんの?」
「ハンバーグ」
「何人分?」
「二人で食べて残りは明日」
「湊斗くん呼ぼうか!」
「二人で食べて残りは明日」

うん、だよね…
と声にはせず部屋に向かう。

「よし、何か形作っていいよ。猫さんとか」
「いいよ、姉ちゃんのセンスに任せる」

ソファに座った光の前の携帯が着信を知らせる。
そこに出てる名前は

【戸川 湊斗】

「誰から?」
「…湊斗くん」

一瞬背中がピクッってなったけど
「出ていいよ。姉ちゃん手離せないから、かけ直すって言っといて」

でも元サヤに収まって欲しい光はそのまま携帯を紬のところに持っていき、通話ボタンを押し、手が離せない紬のためにスピーカーにした。

「もしもし」
「ヤッホー」
「今、電話大丈夫?」
「ダメだね…今、捏ねたとこだから。これから猫さんの形に」
「あー、ハンバーグ?作ってんの?」
「作ってんの作ってんの」
「あー、じゃ作りながら聞いて。忘れ物あって…髪留めるやつ」
「黒いデカいやつ?」
「ううん、ふわふわついた白いやつ。よく前髪留めてたやつ」

「ああ、あれか。大丈夫大丈夫、捨てちゃって」
「そっか…わかった」
「ごめん、わざわざ。またなんか出てきたら捨てちゃって」

「うーん、でも大事なもの…もらいものとかだと…悪いなって」
「そのヘアピン100均だから」
「そっか…捨てるね。じゃあ、それだけだから切るね」
「あっ!あ〜〜、よく寝て、よく食べてる。不本意に二度寝してるし、夜食も食べてる。余裕で元気」
「ハンバーグ作ってんだもんね」
「そ、元気すぎる」
「うん、良かった」
「そちらは?」
「こちらも元気だよ。じゃあ切るね」

紬の空元気は弟には隠せない。
だから、じっくり話せるように紬に椅子を持ってくる光。
その椅子に座って、紬はそのまま会話を続けた。
「湊斗さあ、自分のことをつまんないやつって思ってるじゃん。確かに面白くはなくてね。私の好きな音楽とか映画とかもいいねとかで終わっちゃうし。湊斗の好きなものもよくわかんないし。どこ行く?何食べる?って聞いても紬の好きでいいよって。サプライズとかもないし。この人といるの面白い、刺激的で楽しいってのも全然なかった」

「…うん」

「彼氏って言うか…家族みたいな…。一緒にいて、緊張感ないっていうか、安心しきっちゃって…女の子ぽっくしようとか、釣り合うように頑張ろうみたいなのなくて…。それがね…

居心地良かった…。

居心地良かった。ボケッとしてたもん。
私なんか、ぽわぽわしてたと思う。

好きだったよ…

戸川くんのこと…好きだったよ…

この3年間ずっと、一番好きだった人だよ」

ここで【湊斗】じゃなく【戸川】くんになった…。
そして、【好きだった】の過去形。
もう、片思いじゃないってことだ…。


「そっか…そうなんだ」

3年間、愛されてた。
家族の囲いに入ってた。
ポワポワとぬるま湯に浸かるように包まれていたと紬の口からはじめて聞いた。

3年の間に、二人は大切なことを言葉にしてなかった。
それが、そもそものすれ違いを作ることになった。


「知らなかったでしょ」

「うん、知らなかった」

「もう、片思いでも両思いでもないけどね…」

そう口にして、終止符を打った。
湊斗に見えない紬の顔は悲しく、そして口を歪めないように真一文字に引いた。

「ほんとはこのふわふわ、100均って知って…どうせ捨てていいよって言われるのもわかってて…

ちょっと話したかっただけ…ごめん…」

「いいよ、許す!」

その屈託のない声が、湊斗の涙を作る。

「家、届けようかなと思ったんだけど…電話にしてよかった…顔見たら泣いてた」
もう泣いてるけど(T_T)←私も

「何で泣くの?意味わかんない」
そうだよ。湊斗が言い出した別れなのに。
紬にしてみれば、ほんと意味わかんないと思う。なんで別れ話になったのか…ってことが。

「焼かなくて大丈夫?」

「やばい、カピカピになって来た」

「じゃあ、最後にいい情報。想ね、実はね…なんと、ポニーテールが好きです」

「しょーもな!」

「男友達はこういう情報持ってるから」
「しょーもない情報ね」

「頑張って」
「何を」
ほんとだよ!

「じゃあね」
湊斗にほんとに最後の言葉を聞かされた紬は
敢えて

「うん、またね」と返した。



「光、電話切って」
「湊斗くんが切ったんじゃないの?」
「湊斗、自分から切らないの。相手が切るの待ってんの」
「湊斗くんらしいな。とことん優しい」
「聞こえるから早く切って」
「はいはい」

ぷつん…
そこで通話は切れた。
その携帯をまるで愛しい人をそばに置くように握ったまま横になっていた。
その横には紬の大好きなパンダの枕

携帯をベッドサイドに置いて、紬の声をリフレインしながら湊斗は眠りにつく。

これから一人で夜を越えることになる湊斗。だが、目を開けるとそこに紬が居た。

それは現在ではなく、3年前の紬が泊まった翌朝。

「目開けて、目があったからビックリ」
可愛く寝起きの顔を湊斗に向ける紬。
「俺もビックリした。起きたら青羽が居てビックリした」

「青羽?」

「あ、紬」

「昨日の記憶ないの?」

紬呼びになってるってことは、二人は付き合うことになったんだよね?

「ある。でも、俺じゃないと思ってたから、ずっと。ここにいるの」

紬の横に自分が居ることが信じられない湊斗。

「戸川くん、いつから私のこと好きなの?」

紬も【戸川くん】呼びに^^;

その言葉をとって
「戸川くんはねぇ…」
といたずらっぽく返す。

「ねぇ、待って!違う違う!嘘!湊斗…

湊斗」

「別になんでもいいよ、呼ばれ方」

「大丈夫。頑張る!湊斗で頑張る。紬って呼ばれたいから頑張る」

紬って呼ばれたいから…。
それは【恋人】になったから。
紬の名前呼びは特別だもんね。
なのに、【青羽】になっちゃった現在。

「じゃあ、紬で頑張る」

「頑張ろう」

こんな可愛いスタートだったんだね。

「前髪、こんなんなってる」
寝起きの紬の前髪はちょっとハネてて。
それをあのふわふわでパチンと留める。

「かわいいね、それ」

「100均」

お泊りした初日。
そんな可愛い紬が可愛く前髪を留めたふわふわ。
100均とわかってても電話したのは、
あの日を思い出したから。
同じように横になって、紬の声を隣から聞くように…聞こえるように…
スタートを終焉にして。

――

「お父さんが褒めたからなんだよ。お母さんのハンバーグ、毎回動物なの」

「なにそれ」

「好きな人が言う可愛いは、強いからね威力が。中学生の時に買ったヘアピンも」

想と付き合ってから買ったものじゃなくて
中学時代に買ってたもの。
そんなささいなものすら宝物になっちゃうほど【好きな人の可愛い】は威力が大きい。

そのふわふわは湊斗の部屋のゴミ箱に。

後から拾ってほしいなぁ。
自分の破壊力、きづけー!

そして、そのふわふわを湊斗と共に手放した紬。
ポニーテールをしてみるけど、やっぱりしっくり来なくて直ぐに解く。

――

会いたいと言う想。
今日行かなくてもずっと想は待ち続けるだろう。毎日。
だから紬はカフェに行った。

「来ないと思った」
「来てって言ったじゃん」
「顔見たくないかと思って」
「大丈夫、見れるようになった」

ちゃんと寝て、ちゃんと食べてる紬は、前に進む。

前あったときと顔つきが違う紬に少し安堵して、想はノートを開いた。

『二人が別れたの俺のせいだと思って』
『再会しなければよかったと思った』
『ごめん』

「私達別に…」

『でも青羽が手話で話してくれることも湊斗たちとサッカーできたことも嬉しかった』

うん。

『青羽と湊斗には悪いけど』

『やっぱり再会できてよかったと思う』

うん。

『8年分の思ってたこと、、今伝えたいこと』
『これからは全部言葉にしようと思ってる』

そして次のページを開く前に一呼吸置く想。
開いたページにあったのは…

『青羽が俺のこと見てくれるなら、ちゃんと言葉にしたい』

『うん、わかった。私もそうする。とりあえず、今思ってること言っていい?』

【うん】

「すっごい、お腹減ってる。がっつり食べたい。どっか、食べに行こ」

【何がいい?】

「なんでもいい」

【わかった。すぐ店決めるから待ってて】

携帯を開く想に

「やっぱり何でもよくない。ハンバーグ以外にして」

【うん】

――

何も知らない想。

セクハラ、パワハラで悩んでた紬。

「仕事やめたよって。ハンバーグ食べたいから来てって」
湊斗を誘った紬。

あの日の思い出は、想で塗り替えたくない。
だから
【ハンバーグ以外で】

きっとこれからもハンバーグを見るたびに思うんだろうな…。

ああ!もう!
ほんとせつなすぎる(T_T)

2回見てもやっぱり泣いちゃう!