「ほんと急だよな、いつも」
「わりぃ」

『わりぃ』とか言いながらも絶対に思ってないだろうこの男は、兎にも角にも自分の時間で動き…そしてそんなこともわかっていながら、人の時間を使う。
いや…使うと言っても、そこもちゃんと調べているのか
『空いてないわけじゃない』ところをしっかりと付いてくる、なんとも言えない…根っからの大グループの跡継ぎだ。

「で、今日はなんで呼ばれたんだ?」
「うーん、実はさ…ちょっと一泊したくて…」

一泊…それはもしや、恋人である【葉山】と…ということか?
いや、勿論おれはノーマルだ。
だから、なぜ同性と付き合いたいのか全く以て理解は出来ない。出来ないが、反対するのはまた別問題だ。
人の恋愛に首を突っ込むほど、面倒なものはない。
そういう性分をわかっているくせに何を頼もうとしているのか…
それに、僕に言わなくとも自分でどうとでも出来るだろうに。

「お前の旅行と僕が、何故繋がることになるんだ」
「それなんだよ…だってさ、タクミのやつ…【ギイと一泊って、いつも同室だったのに今更じゃないのかい?】とか冷たいこと言ってくれちゃうんだよ、どう思うよ」

手の甲で涙を拭く真似をし、泣いてもいないくせに同情をひくとは…

「まぁ、葉山の言う通りだと僕も思うがな」
「【相棒】にそんな冷たいことを言われるとは…オレ、ほんとに不幸だ」

今度は、逆の甲で泣き真似。

「兎に角だ、嘘泣きも見飽きたのでそろそろ本題に入ってくれないか」

僕だって、暇じゃない。
今日は3/29。
春休みで実家に戻っていたのに、突然ピンポンと玄関に現れやがって。
実家に居るのと寮に居るのとでは、僕の仕事量は遥かに違うんだ。
父の【縦のものを横にもしない】散らかしよう。
それを朝から片付け、洗濯物にはアイロン。
キッチンだって、いつから使ってなかったんだ!ってくらいグリルは焦げ焦げ。
その家事を祠堂に戻るまでに全部クリアしないといけないのに。
この時間すら実は無駄なのだ。

「だからさ…一泊の中身は【章三込み】ってことで、【ギイくんサプライズ旅行】の口裏を合わせてくれないか。その打ち合わせで明後日、ここに来てくれ」
「来てくれって…お前、僕の都合はお構いなしか」
「なんだかんだ、ちゃーんとオレの話を聞いてくれる優しい相棒ってこと知ってるから」
「はぁ…。はいはい、わかりました。じゃあ、明後日の17時に行きます。行けばいいんだろ、この傍若無人め!」
「サンキュー!やっぱ、持つべきものは理解の深い相棒だな!じゃ、明後日!」

―――
2日も使わせやがって、寮に戻ったら1週間は僕の椅子引きに使ってやるからな!
予定の時刻、待ち合わせ場所に到着。なのに、ギイのやつ…
一体どこに居るんだ?
こういうのって10分前行動だろう、御曹司くんよ。

「よう、章三!こっちこっち!」

待ち合わせの喫茶店の反対側から声をかけてくる相棒。
「なんで、そっちなんだ?待ち合わせはここだろ?」
「いやー、ほらタクミがあんま甘いもの食べないからさ…だから、こっちにしたんだ。来れば見えるだろうしって連絡しなかった。悪いな」

なるほど。ギイの世界は葉山中心だもんな。
それに今回も葉山との一泊のため。
恋に駆け引きは必要とよく言うが、
ギイに関しては駆け引きなんかしてる余裕はないし、その必要もないわけで。
「はいはい、仰せのままに」

呼ばれたその店はイタリアン。
「ふぅん。中々オシャレな店だな。今度奈美子を連れてきてみるか…」

春先で、桜もちらほらと咲き始めた3月末。
早咲きもあるのか、もう風に舞っている花びらがその玄関を可愛らしく彩る。

「お待たせ…」

パンパン!!!

開け放たれた玄関を入り一歩進んだ途端向かってきた音。

「HAPPY BIRTHDAY!!!」

その音の正体はクラッカー。

「え?」

しかも、そこに居たのは
ギイと葉山だけじゃなく
三洲、真行寺、野沢。
さらに言えば…奈美子まで。

「章三くん、お誕生日おめでとう」

「あ…あ、ありがとう…?」
何が何やら、僕は豆鉄砲を本当に喰らったようなもの。

「赤池くん、お誕生日おめでとう!」
「赤池先輩、おめでとうっす!」
「俺は、真行寺に引っ張られて来ただけだがな…」
「よく言うよ、お店は三洲が探したんだよ」
葉山、真行寺、天邪鬼を発揮する三洲と三洲を褒める野沢。

「悪いな、騙して…。でもお前、誕生パーティーするって言ったら頷かなかっただろ?」

頭を掻きながらそんな言い訳をするギイ。

「当たり前だ。17歳にもなってパーティーとか、恥ずかしいことこの上ない」

「そんなこと言って…章三くん、パーティーなんか私の家族としかしたことないでしょう?いつも春休みでお友達は誕生日のこと忘れちゃってるし…。今年もそうなのかな…って思ったら、崎さんから電話が来てね。
【俺も夏休みだから、いつも忘れられるんだ…】って。
【だから、章三のパーティーに来てくれない?】ってお誘いされたの。
来てびっくり!こんなに沢山お友達来てるんだもん。私、来てよかったのかしら…」

「良いんだよ!奈美子ちゃんが居ないと章三のパーティー始まんないじゃん。来てくれてありがとうね」

ウインクをして見せるイケメンに頬を染める幼なじみ。
ついさっき、今度連れてこようかな…とか思った僕はピエロじゃないか。

「なんだか、気を遣わせて悪かったな…。奈美子も、悪い…。忙しかっただろ?」
「何言ってるの?お誘い嬉しかったのよ?」

今ならわかる。
葉山があのハロウィンの時、森田に感じた嫉妬…。
【ギイに誘われたらみんな嬉しいよね…】

あの時は『理由があるんだろ』と宥めたが、そんな余裕が今はない。
「いや…祝ってもらうほどのことじゃない」

「赤池くん!赤池くんはね、いつも人の為に動いてばかりなんだよ!だから、みんなはそのお返しを少しでもしたかったんだ。ギイのサプライズなんて今に始まったことじゃないだろ?
気持ちは複雑かもしれないけど、ギイからじゃなくて、ぼくたちの気持ちってことで受け取ってよ!ねっ!」

葉山…お前、色々と成長したな。
あんなにハリネズミだったのに、感情の機微を受け取るなんて。
いや、ハリネズミだったからこそか…。

「そうだな!ギイ以外のみんなありがとう!」
「おい、それはないだろ相棒」
「人を騙しておいて、喜んでもらえると思うなよ、【相棒】」

「さて、崎のバカは置いておいてパーティーを始めよう。赤池、彼女の横に行ってやれ。ずっと寂しそうだったぞ」
「そ、そんなこと…みなさん、優しくて…でも、章三くんが来てくれてホッとしてる。ふふっ」

ありがとう、三洲。
お前だって、真行寺と二人で過ごしたかっただろうに…。
野沢だって、ここまで下りてきたなら、駒澤と会いたかっただろうに…。

「ほんと、ありがとう」

ギイ…ありがとう…。
最高の誕生日だよ。
そして友よ、感謝する!
―――
「なぁ、なんで3/31だったんだ?」
僕は帰り際にギイに尋ねた。
僕の誕生日は4/1だ。
でも、今日は3/31。

「当たり前だろ?本番は家族の時間に取っておかないとな」

奈美子の家族と一緒に過ごす4/1。
そこまで考えてたのか…。
やっぱりギイの一歩先行く思考は流石だな。

「それに、明日からタクミと一泊旅行だし!」

「おい!それが本音じゃないか、このペテン師め!」

あはは!と笑って手を振り消えた相棒。
新学期には【葉山と井上さんの家にお泊り】したことを誂ってやろうと目論んでいたのに…
見目を変え、僕達と距離を取るなんて、思いもしなかった。
そして、消えてしまった秋。

後から気持ちが追いかけてくる自分には、あの誕生日だけが拠り所になった。
少しずつ色褪せてしまう多くの思い出…
でも、友と共有した誕生日はいつまでも鮮やかで…。

葉山、強く居てくれてありがとう。
相棒を取り戻してくれてありがとう。

今度は、僕がサプライズを組むよ。
未来を見つめていたキミと、僕達を忘れなかった相棒のために…。