「あ、葉山先輩」

「お邪魔してます」

庭園から帰って来た真行寺くんを、ぼくは病室で出迎えた。

「あ、ごめんなさい。オレ…ちょっと散歩してたんです」

「いいよ。久しぶりに動いた感じはどうだい?」

「『あぁ、空気って美味しい!』って初めて思いました!」

そっか…そうだよね…
ずっとここに居たんだもの…
それに…体育会系の真行寺くんがじっとしているのは、ぼくがバイオリンを弾けないのと同じだ。

「良かったね。やっぱりキミには太陽が似合うと思うな」

照れ臭そうに頭を掻きながら

「ありがとうございます」と頭を下げた。

「あ、キミは説明を受けたんだよね?」

「なんのですか?」

「記憶を失くす前のキミ」

白神先生から、説明したと三洲くんに連絡が入った。
というとこは、少しでも色々と考えたはず。

「はい…聞きました。でも、なんか…他人事みたいで…」

「そっか…」

ということは、まだ何も… 

「ねぇ、キミって好きなものはあるかい?例えば…そうだな…食べ物とか…」

うーん、と考えて口にしたのは

「天蕎麦ですかね…よくばあちゃんが作ってくれたんです…それが好きでした」

亡くなったお婆さん…。

「じゃ、お婆さんの味には遠いかも知れないけど、食堂に食べに行ってみないかい?」

「でも、そろそろお昼なんで…準備されてるし…」

だよね…仕方ない…

「じゃ、今度の機会に!それと、バイオリン…今日はどう?」

一応、リクエストには応えられるはず。

「えっと…やっぱりこの間のヤツが良いです」

「わかったよ。じゃ、準備するね!」

ーーーーー
演奏が終わるとやはり涙する真行寺くん。

「大丈夫?」テーブルに置いてあったティッシュを手に渡しながら訊ねた。

「はい、すいません。なんか、ほんと泣けるんです…葉山先輩、上手すぎです…プロみたい」

「ありがとう。精進します!」

覚えていない真行寺くん。

キミが後押ししてくれた一人なんだよ…
ファンクラブまで作りたいと言ってくれたキミ。

お願いだよ…

早く…三洲くんの元に…帰ってあげて…