【新入生はこちらへ】

桜がやっと咲き始めた山奥の学校。
学校の門までは桜並木があり、
まるで『ようこそ』と言われているような
そんな通学路。
荷物は先持って寮に送ってあり、荷解きを前日からしていた。
だから、ここはその寮からの道のり。
そこで最初に目にしたのがこの看板だった。

「とうとうかぁ…三年間大丈夫かなぁ…」

人見知りな上に会話術もない。
ただ、どこにでもいる15歳。
受付まで向かうけど、どうも不安が先に出て足取りも重くなる。

「うわー、見事に知ってるやつ居ねー!そりゃそっか…みんな地元の高校受けてたもんなぁ」

一際大きな声で、でも底抜けに明るい声。
きっとこういう人なら、直ぐに友達が出来るんだろう…羨ましい。

「だけど、ホント居ねえ…どこに居んだよ全く…」

知り合いが居ないと言いながら誰かを探してる不思議な人。

「なぁ!」

突然声をかけてこられて一歩下がる。

「わりい!驚かせた?あのさぁ…一年生だよな…」

これだけオドオドしてるんだ、誰がどう見ても新入生だろう。

「うん、そう…だけど…」

「良かった!あのさ…『三洲』って人探してんだけど…すっげーキレイな人でさ…あ、漢字は漢数字の『三』に中洲の『洲』なんだけど、どっかで見てない?」

なに、その漢字の詳しい説明…
だけど、すっげーキレイな人って…
ここ男子高だよね?
この人、男の人が好きなの?
男子高に来る人ってそういう人が多いの?

「えっと…ごめんなさい。来たばかりで何もわからなくて…それにキレイな人って、人が決める尺度だからぼくからみたキレイが同じとは限らないよ…役に立てなくてごめん…」

普段はこんなに説明しながら喋らないけど
この人はなんだか、それをしちゃいけない気がした。
だって、しっかりとぼくを見ながら会話してくるんだ。だからこっちも…そう思った。

「そっか…そーだよな。わりい、自分で探すわ!なんかそうしないとダメな気がしてきた。人に聞いて見つけるなんて…そんなインチキ…しちゃダメだよな…あの人言ったんだ…『今度あったときに下の名前を教えてやる』って。そのご褒美がついてるってことは、やっぱ努力しろってことだよな…ありがとう!じゃまたな!」

風のように現れて、嵐のように去っていった。
そんな同級生。
お陰で少し緊張が溶けたかな…
あれ?もしかして…そうなるようにわざと…
そうだ…だって受験のときに一人で受けに来てるんだから改めて確認するはずがない。
そして、きっとここにいる新入生は殆どがそうだろう…。
ぼくのように不安に立ち尽くしている人もあちこちに居る。

だから、
『不安なのはみんなだって同じだ…』
そこにいる人たちにわかるように
あんなに大きな声で言ったんだ。

人に気を遣わせないように…
それでいて、人を慮る人。
同じ歳なのに、大きい器。

そっか…いつまでも下を向いてちゃダメだ。
顔を上げて…周りを見て…ぼくなりに…
そう決心し、受付に向かった。

「受付のテーブルは6ヶ所あります。クラス名簿があいうえお順に貼られていますので、確認し…並んでください」

受付の横で拡声器を持ちながら指示をする先輩。
その横にはパネルが立ててあり、クラス名簿が貼ってある。

「パネルは反対側にも置いてあるので、見えにくいときはあちらにどうぞ」

あちらと言われてその方向を向くと、やっぱりパネルの横には先輩が。
しかし、さっきの彼が言ってた『すっげーキレイな人』ってどれだけキレイなんだろう。
だって、ここに立ってる人も受付でチェックしてる人もみんなキレイなんだ。

ここって容姿も合格基準に含まれてたの?
そういえばさっきの彼もキレイな顔だった。
でも、自分は…ごく当たり前の。
一年生から基準が消えたのかな…きっとそうだ。

ぼくは名簿にそってテーブルにつき、チェックをしてもらった。

「名前のチェックが終わった人は飾る花をもらってあちらのスペースへ」

受付のテーブルの後ろに居た先輩に次の道順を伝えられる。

手渡された手作りのコサージュをもらい
そのスペースへ。
そこにも同じように先輩が何人か。

「おめでとう。じゃそのお花を…」

そう言われてぼくは先輩に、受付で渡されたお花を渡した。

「えっと、『森田 徹』くんであってるかな?」コサージュに付いていた付箋に名前が書かれていたようで確認された。

「はい、『森田 徹』です」

ぼくの名前を確認した先輩は、とても優しい声で…
コサージュを受け取る手は
細いけど、大人の男の人のそれで…
だけど、とても色が白くて…
そこから伝って顔を見ると

声と同じように優しい笑顔の…
素敵な人だった…

あー、もしかして…彼が言っていたのはこの人なんじゃ…
そう思って名札を確認した。

その人の名前は
『鈴木』

さっきの彼が言っていたのは
『三洲』

あれ?違う…。
でも、この人…とてもキレイだ…
なんだろう…とても穏やかな気持ちになる。
そう思える人をワザとここに配置したのかな…
それなら間違いなく正解だ。
ぼくの心は落ち着いて…
だけど、次の瞬間は違うドキドキが胸を占めた。

その人の顔がぼくの胸に近づく。
コサージュを付けるんだ…だから、そうなっても不思議じゃない。
でも、その人から香る石けんの匂い…
清潔感溢れるその香りがとても似合っていて…
それに、不器用なのか一生懸命ピンを留めている。
それすらがドキドキを増幅させ…
先輩なのに可愛くて…

「ごめんね…ぼく手先が不器用で…なのに、ここの配置になっちゃって…もうちょっとで留まるからね」

自分の不器用さを口にし、こちらの不安を消し去る人。
でも、この時間がまだ続けば良いってぼくは心で思っていて…

「さ、留まったよ!ごめんね、あ…『入学おめでとう!ようこそ、祠堂へ』」

慌てて付け加えられた定型句。
だけど、それに乗せられた笑顔。
その笑顔がとても素敵で…

「あ、ありがとうございます!鈴木先輩」

思わず、覚えたての名前を口にした。
自分の名前を言われるとは思いもしてなかった先輩は驚いた顔をしたけど…
でも次の瞬間は満面の笑みで

「どういたしまして!森田 徹くん」

ぼくの名前を優しく春の木漏れ日に乗せて届けてくれた。

入学式で先生たちが何を話したのか殆ど覚えてないくらい、ぼくの胸は先輩のことで埋まって…
それが恋だと認識したのは
あまり遠くない未来だった。

そして、後に
あの日に居たのは

拡声器を持っていたのが
『矢倉先輩』
反対側に居たのが
『八津先輩』
テーブルの後ろで案内をしていたのが
『野沢先輩』
受付の6人は
『片倉先輩、岩下先輩、蓑巌先輩、葉山先輩、赤池先輩、崎先輩』
コサージュ係が
『高林先輩、吉沢先輩、鈴木先輩』
達だと知った。
それは祠堂のゴールデンメンバー。

そうそう、『三洲先輩』は入学式で祝辞を読んだ生徒会長だった。
確かにキレイだったけど、
ぼくの中では鈴木先輩が一番だな…
真行寺には言わないけど…ね。