『アラタさん、今日の予定忘れないでね!』
ーーーーー
そう言ってアイツは朝からあの場所へ。
そうか、今日までだったな…
本当なら明日まで頼みたかっただろうに、あの人は約束を違わなかった。
何度か店先に顔を出した…
その時に
『いつも、真行寺くんには助けてもらってるんだ!ありがとうね』
全くもって礼を言われる事はないのに、
顔を見るたびに何か一言置いていく。
そして、3日前。
『ほんと、助かったよ…急にお願いして…イブまで手を借りちゃってごめんね…時間は少しでも早く上がれるようにするから…そしてほんとにありがとう!』
一体店でどんな話をしているのやら、俺に毎回頭を下げてくる。
更には早く上がれるようにするから…と。
クリスマスの予定…はっきりと決めてはいないが、同居して初めてのクリスマス。
アイツのことだから何か言ってくるだろうと放置していたが、昨夜寝る前に告げられたもの。
『アラタさん…オレ、バイト早く上がれるようになったんで…明日、直ぐ動けるように体…空けておいて欲しいっす!いや、空けててね!決定だから!じゃ、おやすみなさいっす!』
そう言って珍しくキスもせず扉を閉めた。
そして今はもうすぐ16時…。
実は昼間、葉山と赤池の三人でランチをした。
ーーーーー
『三洲くん、今日は真行寺くんとデートかな?』
葉山から朝、電話を受けやり取りをした。
『いや…それは決まってないし、デートじゃない。ただ、時間を空けろと言われたがな』
『じゃランチタイムは?』
そう聞かれ今に至る。
「お待たせ」
既に待っていた二人に言葉をかけ椅子を引く。
「こっちこそ、急に声かけてごめんね」
「ここの店はパスタが旨いんだ。たまには真行寺の手料理じゃないものを食べるのもいいだろ」
確かに真行寺はマメに料理をするが、それ以外だって口にする。
「真行寺の料理だけで生活してないさ」
俺の返しに
「兎に角、オススメを赤池くんに聞いたらここが良いって言われてね…ぼくも初めて来たんだけどなんだか可愛いお店だよね」
まるでスルーするかのように矛先を変え
「てことで、メニューを決めよっか!」
ニコニコと硬い表紙のそれを俺に手渡した。
確かにパスタがオススメのようだが…
ガーリックは…いやいやあまり気にするところじゃないか…だが…
ここは無難に…
「決めたよ。俺はタラコスパゲティで」
その言葉にむせる葉山。
「っゴホッ…っゴホッ」
気づいて背中をさすってやるが
顔を赤くして
「大丈夫だよ…ありがとう…ちょっとビックリして…」
何に?俺はメニューを決めただけだが…
「三洲!中々のチョイスだな。ここはそれが一番のオススメなんだ。悩むようならそれを勧めようと思ったくらいにな!」
珍しく声を弾ませ興奮する赤池…
何なんだ、この二人…
たかが、パスタだろ…
そんなにタラコスパゲティに思い入れがあるのか?
訝しげな顔を見たのか
「お前もそれを食べればもっと素直になるかもしれんな!いや、なるぞ!そして『素直な三洲 新』が出来上がる!」
なんだ、その決定事項…。
パスタで素直になるなら毎日食べるさ…
そうすれば、真行寺にも…少しは優しく…
「三洲くん…今日は真行寺くんとお出掛けするんでしょ?」
俺が頭のなかで描いていた人物の名を口にする葉山。なんだか知らないが、今日はやりにくいな…
「今日は時間を空けろと言われただけで、出掛けるとも言われてない。全くもってプランは無いんだよ」
ーーーーー
テーブルに置かれたタラコスパゲティの旨さに驚き、
「これ、凄く美味しいな!」
思わず口から溢れる感想。
「ほらな!素直になるだろ!だから…今日お前は『素直な三洲 新』になる。よかったなぁ…真行寺も喜ぶぞ!」
なんだ?いつもは『僕はノーマルだ』と言ってるやつが…これも素直になってるってことなのか?恐るべしなタラコスパゲティだな…
そして帰りに二人から渡されたもの。
「今日はこれを着てお出掛けしてね!じゃ素敵なイブを!」
ーーーーー
二人と別れ、部屋に戻り袋を開ける。
「これ…」
いや…服だが…
間違いなく服…特にレディースと言うものではないが…
これ一式…きっと値も張っただろうに…
そこに入れられていたもの。
『三洲くんへ…
これを着たらきっと真行寺くんはキミを探すかも知れないけど…でも直ぐに見つけてくれるから…だから、その時は…それに…きっともう魔法はかかってるよ…では…素敵なクリスマスイブになりますように…葉山 託生』
どういう意味だ?もしかして葉山は何か知ってるのか?
プランは何も決めてないはずなのに、俺より先に葉山がそれを知ってるということが
少し悲しく思えた…
そこに灯りがつきメールの着信が知らされる。
『本日17時…いつもの駅で待ってます。貴方の兼光より』
後二時間…
支度にかかるか。
何故かシャワーをし、いつもより丁寧に体を磨く俺がいた…
その時の自分の行動を疑うこともせずに…