「葉山はそうやって高校一年までは過ごしてきた。数多くの人が叩かれていたよ。その度に罵詈雑言を浴びせられていた…。確かに叩いた葉山は悪いかもしれない…でも叩く度に傷付いていたのも確かだ。君はその過去を思い出させないように頑張ってくれ」

葉山が普通の高校生活を送れていなかったことを説明し、触れないように促す。

「わかったよ…実は井上教授にも言われてたんだ。葉山くんにはのめり込まないようにって。最初はなに言ってんだって思った。だけど伴奏を繰り返してると、ドンドン葉山くんを知りたくなるんだ。無意識にキミのことを考えてる。その時に、あぁ…こう言うことかって思った。こうなるとこが井上教授にはわかっていたんだね…」

なんだ…井上さん、ちゃんと釘刺してたんじゃないか!
三洲の心配を返してやれよ…。
人騒がせだな…ホントに。

「教授にも迷惑かけたことあるんだよね…別の意味だけど…」

きっと、ギイと井上佐智の仲の良さに嫉妬してモヤモヤしたことがあるんだろう。
いつかギイが言ってたことがある。

『章三、焼きもちって幸せだな…幼なじみなんて何でも知ってるんだぜ?そんな奴に恋愛感情なんて持たないよ…しかも男だぜ?オレが男に反応するのはタクミだからなんだ…それをわかってないのかな、タクミは…』

きっとその事だろう。

「そうか、教授でもそうなら僕なんか当たり前か…。すまないね…。でも相談でもあればいつでも言って。頼りないかもしれないけど、いい音楽を演奏するにはストレスは邪魔だからね…。じゃ年度末までよろしく」

城縞は葉山が院生になることを知らないのか。
なら、心配はここまでかな…その安心も束の間…

「あ、ぼくは院に残るんだ。城縞くんは卒業だよね…それまでよろしくお願いいたします」

おい、葉山!それは言わない方が良かったんじゃ?

「そうなんだ!なら僕も院に残るかな?ピアノ科でもお願いはあったんだよね。そっか!じゃしばらくは一緒だね!」
そう言って部屋を出ていった。

ほらみろよ…。めんどくさいこと、この上ない…。
葉山の天然はこんな風に発揮されると手に負えないよ。


「葉山さんって、面白いわね。自分で沼を作ってる」

奈美子が僕に囁く。

「あぁ、あーやって底無し沼に人を落としてるんだよ…人畜無害な顔をして、嵌まったやつに同情もしない。それすら気づいてないからな…」

「みんな、お気の毒ね」

クスッと笑って僕を見る。

「僕もその一人なのか?」
奈美子に聞いてみる。
「自覚ないのね…ふふ」
とまたしても笑われる始末。

「は~や~ま~!」

地の底から這うような声を出し葉山の顔を見る。

すると
「な、なに?赤池くん…。ぼく何かした?」
なんにも覚えがないと言う葉山。

「お前は無駄に天然を発揮しすぎだ!それになんで城縞を部屋に入れた?」
そこはちゃんと確認しないと、危機管理にかかわる。

「それはね、ほらさっきバイオリンデュオしてくれた声楽の子がいたでしょ?その子が挨拶に来てくれて、ドアを開けたら城縞くんもいたって訳。一人だけ入れないのも可笑しいでしょ?だから、入ってもらったんだけど…城縞くんのパワーに圧されて先に帰っちゃったの…。そうしたら、あんな話になって…。話合わせてくれてありがとうね、赤池くん」

話を合わせたことに気づいていたんだな。
こうやって突然敏くなる。
だから、天然は計算じゃないのか?と疑いたくなるんだ。

「お前、ほんとはデキルオトコなんじゃないのか?」

「赤池くん、今日はほんとに失言のオンパレードだよ!もう、明日はぼくのためにご飯作りに来て!明日まで真行寺くんいないんだ!決定だからね!奈美子ちゃん、デートは3日からにしてもらえる?これは赤池くんのせいだからね…ちゃんとお返ししてもらうんだよ?」

おい…ご飯はいいが、お返しってなんだ?
僕は奈美子になんのマイナスもないぞ?

「わかったわ、葉山さん。ちゃんと1日減るデート分はしっかり返してもらう!」

変な協定を結ばれた…。
だから似てるって言ったんだ…。
二人は並べちゃいけないと僕は学習した。