無添加じゃなくても大丈夫。

私が『ジャンキーな食べ物』でも怖がらなくなった理由



​気づくと最終投稿から3年も月日が経っていました。



​光陰矢の如し、なんて言葉ももはや死語??当たり前のように秒速で過ぎていく毎日に慄いています。



​3年前はまだ還暦前、そして専業主婦でしたが、今では還暦超えの貫禄(体重増えました)たっぷりの病院勤務のパート主婦となりました。



​いろいろな事があったはずですが、全部忘れて後半戦の人生をよっこらしょよっこらしょと生きています。


​年を取ると自分の事で精一杯になるよ、とよく聞いていましたが本当にその通り。



​死ぬこと以外はかすり傷!を突き進み、多少のことには目を瞑る癖が付きました。たぶんあまり良いことではないでしょうが、笑。



​で、あの頃と今、違うところは、“時間が無い!”という事です。


​いろいろなものにこだわる時間が圧倒的に減りました。



​夕食にあんなに時間をかけていたのに今は作り置きをカット野菜やボイル野菜を使って何日間分をババッと作る、2人分のお弁当のおかずにはもはや悪びれもせず冷食を使い、とにかく隙間が埋まってれば良しとするズボラ主婦へと華麗なる変身を遂げました。



​時にはレトルト食品を手作り風(あくまでも手作りではない)にアレンジしてバレなければ良しとしたり、(バレたらバレたで開き直る)、今流行の5分間レンジでチンしたら出来立てホヤホヤの野菜たっぷりのディナーが食べれる、という超ありがたい冷凍食材にまるまる1週間頼ったり、いろいろな添加物や産地を見ないふりスキルも身に付けて、翌日のための体力を残そうと必死な毎日を送っております。



体調不良でも、おいそれと休めない職場であるというプレッシャーで、早く寝るという新たなルーティンも加わり、家で使う体力も最小にしなければ、と自分の中で暗黙のルールを作ったのが最大の原因です。



​で、今日は何を言いたいかというと、私は親のおかげで小さい頃は健康優良児、小中高の一度も保健室のお世話になったことが無いくらい、病気とは無縁の子供でした。


​遺伝子のせい、と言われたらそれまでですが、若い頃不摂生をした割にはこの年まで病院のお世話になったことが無い。


​とてもありがたいことです。



それでも最近の食生活の乱れで、この先も健康を継続して行けるのか、とても気になり始めました 。



食品の値上げラッシュがすごいことになっていて食材にこだわろうにも、以前のようにホイホイ買えないのも添加物満載の市販の食材に頼る原因の大きな一つです。



​どうしたらそんな状況でも安心して市販の食材を食べることができるか、と考えていました。



​すると、あるブログ主さんのありがたいお言葉が目に飛び込んで来たのです。


『感謝して食べると害にならない』


この通りの言葉ではなかったと思うのですが、動物が餌を食べるようにではなくて、きちんと目の前で手を合わせ、感謝して、


​『ありがたく頂きます。』と言ってから食べ、


​食べ終わった後にも、


​『おいしく頂きました。ごちそうさまでした。ありがとうございました。』


​ときちんと感謝して終える。


感謝の気持ちを食べる前に神様に捧げてから食べる、とブログでは言っていたような。



それだけで食材が安全なものとして体内に取り込まれ無害化する、というような内容でした。



​思えば、どんな食材でも、それを作ってくれる製造業者の方、私のような家計を懸命にささえるパートおばちゃんが、厳しく目を光らせる管理者に怯えながら一生懸命作ってくれているお惣菜かも知れない、

そう思うとこうやって簡単に美味しく食べられる食材の背景にはたくさんの人の努力が込められているし、その原料の牛豚鶏さんへの感謝、それを捌いて市場に出してくれている方々への感謝は言うまでもないですよね。



​そんなブログのひとことを目にしたおかげで、大半の食べ物に対しての罪悪感は無くなったという単純な私の最近の出来事でした。