寒いですが、外は太陽がキラキラ照っているので、外のニュースを気にしながらも平和に過ぎて行く1月です。


義母が短期入院をしているので義父の食事をいろいろ考えていましたが、『要らない!自分で好きなもの食べるから』の一点張りで結局『じゃあお言葉に甘えて何も致しませんよ。』となり見守っていましたら、

結構できるんですよ、義父。


義母からはお湯しか沸かせないと聞いていましたが、昨日などはインスタントではありますが、

もつ鍋を作るに辺り、ネギやニンニクなど薬味を自分で切って作っていました。

更に今日はお部屋の簡単な掃除も👀‼️


思わず『お義父さん凄い!』と拍手!


人はやれば出来るし、やれると自由度が格段に増します。

自分で食べたいものを作れるだけで喜びもあり、ましてや嫁の作った気に食わない味を我慢して食べなくても良いのです。

気に食わない味に、まして気を使ってお礼なども言わなくても良いわけです。

私の料理は義父の舌には合わないらしいです。

いや、それは仕方がないです。

なんせ義母と60年の結婚生活で同じ味で生きてきたのですから。

同居3年の私の味が気に入る訳はありません。


お風呂もお湯は張りましたが、今日は温泉に行くと出かけて行きました。それも良いな、と見送りました。


同居はいろいろ気を使います。

でも気を使ってばかりではお互い疲れてストレスで日常生活も迂闊に楽しめません。


ルールを決めてお互い依存せず、自分で出来ることは自分でする!

このルールが決まるまで、私も姑も大変でした。

しかし今はお互いの嫌な事、やって欲しくない事がほぼわかるようになり衝突することも減りました。


我慢や遠慮をし過ぎず、時にはわがままも言い合っても、お互いを無理に干渉せず、赦される範囲でのびのび暮らしたい、そう願っています。


私は周囲に流され、自分の意見を言えないタイプでしたが、同居を機にハッキリとモノが言えるようになりました。


自分の立ち位置を明確にしないとどんどん主婦としての立ち位置すら怪しくなり、自分を卑下してしまいます。


しかし今になってみれば、この家にこのような形で暮らしているおかげで、私のズボラさや呑気さが少し改善されて、義父母の規則正しい生活や、掃除の大切さを身に付ける事ができて心の奥底では感謝しています。


窮屈さはあっても今の時代、これはこれで私には有り難かったのかな、とも思えます。


そう思えるまでは果てしなく悩んだのが現実ですが‥。


果てしなく変わっていく昨今の社会においてこの最低限の家族という集団で生きる意味を毎日噛み締めています。


心にいる神様にはウソはつかない、いろいろイヤな思いはあっても誠実さからは目を背けないで生きる日々です。