アロマを勉強したきっかけは
自身の「心の欠け」に薄々気付き始めた頃でした。

小中学生の頃までは
完全無欠のエネルギーの塊。

明日を憂いたり、過去を恨んだり
その心すら無くて。

心の赴くままに、
日が落ちるまで、
無我夢中で遊び、
家へ帰って、
お腹一杯に母の手作りのご飯を食べ、
安心して寝床について
ぐっすり眠り、友と会うために
(勉強のためとは言えない、笑。)
学校へ行く。

「今」しか見なかった幼き日々。
今思い返しても、本当に「幸せ」は
何の変鉄もない足元にありました。

そして、青春期に入り、
親元から「巣立ち」、自分の稼いだお金で
生活するようになります。

一旦、親がかりの生活をリセットし、
自分の人生を歩み出します。

そこで出会う様々な価値観や哲学。
心酔すると驚くほど吸収してしまう自分がいました。

悪にも善にも染まる心。
大人が若い世代を心もとなく思う時、
必ず、自身も通った道であると、
静かに見守ってあげる余裕が
必要になるのですね。

その価値観を自分の中に取り入れて良いものか、悪いものかはその価値観で人生を過ごし、しばらく様子を見なければ結果は出ません。

物事がうまく進まなかったり、
周りとうまく調和できなくなったり、
家族とうまく折り合わなくなった時、
身体に不具合が生じた時、
「その価値観は貴方に合っていますか?
無理してませんか?」
と潜在意識から顕在意識へと問いかけてきます。

私がアロマと出会った時、
ちょうどそのような時だったように思います。

あれ?
そう思えた時は
価値観の見直し時期なのですね。

私の場合は、
崖が目の前にあれば
「何としても登りなさい!」
「登れなければ人間失格です!」
「勝つか負けるかで言えば、絶対勝つのです!」

そんな価値観で生きてきました。
選択肢などはありません。(極端、笑。)

話が長くなりましたが
本日象徴的な夢を見ましたニコニコ


夢🌃✨
の内容をお話するなぞお恥ずかしいのですが。

崖の下に大好きな友だちがいました。
かなり断崖絶壁の真下です。
私は、「死をも覚悟(大げさですね。)」で
断崖絶壁を下ろうとします。

しかし、ふと隣の道を見ると
大勢の人達が「動く歩道」で悠々と下に降りて行くのです。

(なーんだ、こんな怖い目に遇わなくても下に行けるんだー)とばかりに、私も「動く歩道」に飛び乗ります。

しかし、その簡単に見えた「動く歩道」も身体のバランスが取るのが難しく、隣の女性に掴まらせてもらいます。

その女性は「いくらでも掴まって下さいねー」と優しく微笑んでくれました。

その時点で、
今までの自分の生き方(青春期以降)を象徴していることに気が付きます。

誰かに甘えては行けない、自分一人で立ち向かわねばならないと思い込んでいた日々。
険しい道ひとつしか無いと思い込んでいた今までの自分。

しかし、
少し周りを見回すだけで、
同じ結果を無駄なエネルギーを使わずに
得られる方法はいくらでもあったのだ、
そんな事を夢の中でも考えていました。

で、オチはというと、

「動く歩道」の横にもうひとつの脇道発見!
「動く歩道」をひょいと乗り越え、脇道へ移動!

何と、なだらかな坂道となっており、タッタッタと少しの駆け足でかけ降りて、無事に大好きな友だちに会えた!というものでした。


思い込み
による身心へのダメージは
せっかくの人生を台無しにすることもあるものです。

私の下らない単なる夢ではありますが、
何か問題が起きた時は、
「あー、もうダメだ」と思う前に、

ぐるっーと周りを見回してみる余裕、
冷静に俯瞰する大切さが必要なのだ、と夢から教わりました。ニコニコ

アロマ
は自分の心の偏りを、
糺してくれるために私の前に現れてくれたのかも知れません。