わしゃ、以前カメラマンをしとった。
何度も何度も言うが、
わしは現在ディレクターであって、カメラマンではない。
でも自分でカメラを持っているので、
カメラマンとして雇われることも、しばしばあるし、
自分の演出する仕事でも、お金がもったいないので
自分で撮っちゃうことも多い。
一口にカメラマンといっても、
いろんなカメラマンがおる。
ムービー(動画)とスチール(写真)に別れるし、
映画のカメラマン、ライブのカメラマン、番組のカメラマン、
小学校などの行事を撮るカメラマンもおるし、
スタジオでモデルさんを撮るカメラマンもおる。
なんでもできちゃうカメラマンもおるし、
得意分野の決まってるカメラマンもおる。
そんな中で、わしがリスペクトできるのは
フリーランスの戦場カメラマンじゃ。
なぜフリーランスに限定するかと言えば、
現在の日本では、大手マスコミに所属している
社員カメラマンが戦場に行くことはまずないからじゃ。
世の中には当たり前に、命を賭ける仕事があるのじゃ。
警察官や消防士がそうじゃな。
それと同じで、戦場カメラマンも命がけが当たり前じゃ。
これは別に、悪いことでもなんでもない。
職業選択の自由があるんじゃからな。
しかし大手マスコミは、いろいろめんどいらしく、
けして自分とこのカメラマンを戦場には行かせないのじゃ。
報道としてのプライドはどこにいったんじゃろな?
話は少し変わるが、
ロバート・キャパというカメラマンをご存知かな?
戦場カメラマンとしてかなり有名な方じゃ。
第二次世界大戦で、あの連合軍のノルマンディ上陸作戦を取材し、
銃弾や砲撃が飛び交う中で、
海から砂浜に上陸する兵士達を撮ったすごい方じゃ。
キャパの写真が無ければ、
『プライベートライアン』の、あのリアルな映像なんて、
つくれなかったはずじゃ。
しかしこの写真のすごいところは、
全ての写真がピンボケしてるとこじゃ。
しかも数枚(2~3枚?)しか残っていない。
実はな、キャパは上陸作戦の写真を、めっちゃ撮ったのだ。
そのフィルムはキャパの弟子が現像したのじゃが、
アホなことに、弟子が現像するとき失敗してしまい、
ほとんどの写真をパーにしてしまったそうじゃ。
わずかに残った写真は、全てピンボケ。
しかしそのピンボケの写真が、
逆に戦闘の壮絶さを浮かび上がらせとるのじゃ。
さっきも言ったが『プライベートライアン』そのままじゃ。
たぶんキャパの写真を検索すれば、どっかで見れるから探してみるといい。
そんな、運がいいのか悪いのかわからないキャパさんは、
同業者だった恋人のグレタさんを戦場で失った。
そしてキャパ自身も、恋人の後を追うように、
ベトナム戦争の取材中に、
地雷を踏んで亡くなってしまった。
きっとあの世でも、2人仲よく写真を撮ったり、
痴話げんかしたり、弟子にグチを言ったりしてるだろうのぅ。
わしは映画がアホほど好きじゃ。
って言ってたのに、
映画について最近あまり書いてなかったので、
今回はどーんと、映画のことだけ書くど!
映画に興味のない人は読まなくていいかもしれないど?
いや…やっぱりちょっとくらい読んでもいいど?
わしはその昔、某映画専門チャンネルで、
スタンリー・キューブリック監督のドキュメンタリー番組を
作ったことがあるのじゃ。
プロデューサーさんが、
わしのキューブリック好きを知っていたので、
依頼してくれたのじゃ。
嬉しいわしは、キバってめっちゃキューブリックについて
勉強し直したのじゃ。
スタンリー・キューブリックについて知らん人もおるだろうから、
彼の代表的な作品を紹介するど。
たぶん見てなくても、タイトルを聞いたことくらいあるじゃろ?
『博士の異常な愛情(または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』
『2001年宇宙の旅』
『時計仕掛けのオレンジ』
『バリーリンドン』
『シャイニング』
『フルメタル・ジャケット』
『アイズ・ワイド・シャット』
彼の映画のどこがすごいって、映画製作中のそのエピソードを聞けば、
作品を見ていない人でもぶったまげるど。
『バリーリンドン』という映画は、中世のヨーロッパが舞台じゃ。
そこで彼は、夜の室内シーンを
すべてロウソクの明かりだけで撮影することにしたんじゃ。
いっとくが、ロウソクの明かりだけで撮影するなんて、
現代の技術をもってしても、ほとんど不可能じゃ。
しかし彼は、NASAの人工衛星用に開発された
超高感度レンズを、どっからか無理矢理手に入れて撮影したんじゃ。
映画監督じゃなかったら、ただのアホかワガママ人間じゃな。
役者に妥協を許さないキューブリックさんは、
名優と呼ばれる役者にも容赦なしじゃ。
『シャイニング』ではジャック・ニコルソンに
50回も同じ演技をさせたのじゃ。
その理由は「演技はリアルだが面白くない」じゃ。
たぶん60回越えたら、ジャックさん死んでたと思うど。
『フルメタル・ジャケット』というベトナム戦争を描いた映画は、
イギリス郊外で撮影されたのだが、
屋外セットは現存したベトナム市街の写真から忠実に作らせた。
イギリスでの撮影にこだわった理由は、飛行機が嫌いだから!
わしもコタツから出たくない!つって引きこもってみたいのぉ。
とまあ、逸話の絶えないキューブリックさんの映画だが、
わしはそれよりも、見せ方と整理の仕方がすごいと思うのじゃ。
例えば、てきとーに戦争ものの映画を見てみるといい。
主人公達がどこにおって、どの方向に敵がいて、
どこに隠れたらいいか?
普通の映画は、そういう位置関係っていうのが、
あいまいだし、てきとーじゃ。
しかしキューブリックさんの映画は、
どっちに敵がいる。っていう見せ方が、めっちゃ上手い。
キューブリックさんは、若かりし頃、チェスの名人だったのじゃが、
彼の映画は、まるでチェスのように計算づくな感じじゃ。
意味のないカットはいらん。
意味のないセリフや、意味のないカメラワークはいらん。
そんな感じで無駄を排除するから、
言い換えると、めっちゃ潔癖性の人の部屋みたいに整理されとるのじゃ。
ある意味、限界まで振り切っとる映画なのじゃ。
ちなみにな、
『2001年宇宙の旅』には猿(中に人が入ってる)が登場するんじゃが、
同じ年に公開された『猿の惑星』の猿のメイクが
アカデミー特殊効果賞みたいなのを受賞したんじゃ。
きっとアカデミー賞の審査員はアホなので、
『2001年~』の猿はメイクでなく、本物の猿だと思ったんじゃろうな。
って言ってたのに、
映画について最近あまり書いてなかったので、
今回はどーんと、映画のことだけ書くど!
映画に興味のない人は読まなくていいかもしれないど?
いや…やっぱりちょっとくらい読んでもいいど?
わしはその昔、某映画専門チャンネルで、
スタンリー・キューブリック監督のドキュメンタリー番組を
作ったことがあるのじゃ。
プロデューサーさんが、
わしのキューブリック好きを知っていたので、
依頼してくれたのじゃ。
嬉しいわしは、キバってめっちゃキューブリックについて
勉強し直したのじゃ。
スタンリー・キューブリックについて知らん人もおるだろうから、
彼の代表的な作品を紹介するど。
たぶん見てなくても、タイトルを聞いたことくらいあるじゃろ?
『博士の異常な愛情(または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』
『2001年宇宙の旅』
『時計仕掛けのオレンジ』
『バリーリンドン』
『シャイニング』
『フルメタル・ジャケット』
『アイズ・ワイド・シャット』
彼の映画のどこがすごいって、映画製作中のそのエピソードを聞けば、
作品を見ていない人でもぶったまげるど。
『バリーリンドン』という映画は、中世のヨーロッパが舞台じゃ。
そこで彼は、夜の室内シーンを
すべてロウソクの明かりだけで撮影することにしたんじゃ。
いっとくが、ロウソクの明かりだけで撮影するなんて、
現代の技術をもってしても、ほとんど不可能じゃ。
しかし彼は、NASAの人工衛星用に開発された
超高感度レンズを、どっからか無理矢理手に入れて撮影したんじゃ。
映画監督じゃなかったら、ただのアホかワガママ人間じゃな。
役者に妥協を許さないキューブリックさんは、
名優と呼ばれる役者にも容赦なしじゃ。
『シャイニング』ではジャック・ニコルソンに
50回も同じ演技をさせたのじゃ。
その理由は「演技はリアルだが面白くない」じゃ。
たぶん60回越えたら、ジャックさん死んでたと思うど。
『フルメタル・ジャケット』というベトナム戦争を描いた映画は、
イギリス郊外で撮影されたのだが、
屋外セットは現存したベトナム市街の写真から忠実に作らせた。
イギリスでの撮影にこだわった理由は、飛行機が嫌いだから!
わしもコタツから出たくない!つって引きこもってみたいのぉ。
とまあ、逸話の絶えないキューブリックさんの映画だが、
わしはそれよりも、見せ方と整理の仕方がすごいと思うのじゃ。
例えば、てきとーに戦争ものの映画を見てみるといい。
主人公達がどこにおって、どの方向に敵がいて、
どこに隠れたらいいか?
普通の映画は、そういう位置関係っていうのが、
あいまいだし、てきとーじゃ。
しかしキューブリックさんの映画は、
どっちに敵がいる。っていう見せ方が、めっちゃ上手い。
キューブリックさんは、若かりし頃、チェスの名人だったのじゃが、
彼の映画は、まるでチェスのように計算づくな感じじゃ。
意味のないカットはいらん。
意味のないセリフや、意味のないカメラワークはいらん。
そんな感じで無駄を排除するから、
言い換えると、めっちゃ潔癖性の人の部屋みたいに整理されとるのじゃ。
ある意味、限界まで振り切っとる映画なのじゃ。
ちなみにな、
『2001年宇宙の旅』には猿(中に人が入ってる)が登場するんじゃが、
同じ年に公開された『猿の惑星』の猿のメイクが
アカデミー特殊効果賞みたいなのを受賞したんじゃ。
きっとアカデミー賞の審査員はアホなので、
『2001年~』の猿はメイクでなく、本物の猿だと思ったんじゃろうな。
おっと今日はクリスマスイブじゃな。
あれか?
おぬしも恋人や家族とポカポカぬくぬく、
あんなことや、こんなことをしとるのか?
それとも1人寂しく、TSUTAYAに行って
カップルを尻目に旧作映画(100円)を探したりしとるのか?
(誰のことやねん!!)
こうみえてもわしは
学生時代にちょびっと心理学をかじっておったのじゃ。
ほんまじゃ。
わしがやっとたのは、
インディアンポーカーの実験じゃ。
知っとるじゃろ?
インディアンポーカーじゃ。
そうそう、カレー味の豚肉…ちゃうわ!
知らんというアホな子のために、
わしが教えてやろう。(←えばってすんません。本心じゃありません)
インディアンポーカーってのは、
頭の上に自分の手札を乗せてやるポーカーじゃ。
つまり自分の手札が、自分自身には見えず
相手の反応を見て駆け引きするゲームじゃな。
これと同じで
人は自分の立場を、その時々、相手に合わせて変えるのじゃ。
あなたはこう考えたことがないか?
「あら~ん。あたしって、いい顔したり、甘えたり、怒ったり
人によって付き合い方変えてるから、どれが本当の自分なのかしら~ん」
言っておくが、みんな自分の顔を変えるのじゃ。
誰に対しても同じ付き合い方が出来る人など、この世にはおらん。
弟や妹にはえばったり、
会社の上司の前では出来る子を演じたり、
好きな人の前では甘えたり、
夜道では変態になったり、
あなたもしとるはずじゃ。
人は無意識のうちに、どのカードを使うか選び
相手によって変えるものなのじゃ。
わしは学生時代に、子供の頃からの知り合い100人に
「わしってどんな奴だった?」とアンケートをとったのじゃ。
その結果かえってきた答えは…
みんなわしを「天才」とか「変態」と言っとった。
まぁ、うそじゃがな。
一昔前に「自分探し」なんぞという
甘えポンチなキーワードが流行った。
一体自分とは何者なのか?なにがしたいのか?
いっておくが、そんなものは実はないのじゃ。
先ほど言ったように
人は他者に影響され、その他者との関係性の中で
やるべきこと、自分の役割といったものを発見して生きて行くのじゃ。
「自分のオリジナリティ」は自然発生するわけじゃないのだ。
だから「自分探し」とか言って
1人でヨーロッパあたりに旅行にいったって、
金使って、いらん土産を買わされて帰ってくるだけじゃな。
本当に自分探しがしたければ
リアルな社会でサバイバルするしかないんだからの。
「自分」とは見つけるのもではない。
「自分」とは作るものなのじゃ。
相手について考えることが、自分を作る第一歩だとも言えるのじゃ。
あなたを見て、認識してくれる誰かがいなければ、
あなたの存在なんて、ないも同然じゃからの。
でな、ここで報告じゃ。
わしここ数週間、誰とも会っとらんので、
自分を見失っとる可能性があるのじゃ。
うん知ってる。
わしって、あなたから見てあれじゃろ?
ほらあの~。
天才?
あれか?
おぬしも恋人や家族とポカポカぬくぬく、
あんなことや、こんなことをしとるのか?
それとも1人寂しく、TSUTAYAに行って
カップルを尻目に旧作映画(100円)を探したりしとるのか?
(誰のことやねん!!)
こうみえてもわしは
学生時代にちょびっと心理学をかじっておったのじゃ。
ほんまじゃ。
わしがやっとたのは、
インディアンポーカーの実験じゃ。
知っとるじゃろ?
インディアンポーカーじゃ。
そうそう、カレー味の豚肉…ちゃうわ!
知らんというアホな子のために、
わしが教えてやろう。(←えばってすんません。本心じゃありません)
インディアンポーカーってのは、
頭の上に自分の手札を乗せてやるポーカーじゃ。
つまり自分の手札が、自分自身には見えず
相手の反応を見て駆け引きするゲームじゃな。
これと同じで
人は自分の立場を、その時々、相手に合わせて変えるのじゃ。
あなたはこう考えたことがないか?
「あら~ん。あたしって、いい顔したり、甘えたり、怒ったり
人によって付き合い方変えてるから、どれが本当の自分なのかしら~ん」
言っておくが、みんな自分の顔を変えるのじゃ。
誰に対しても同じ付き合い方が出来る人など、この世にはおらん。
弟や妹にはえばったり、
会社の上司の前では出来る子を演じたり、
好きな人の前では甘えたり、
夜道では変態になったり、
あなたもしとるはずじゃ。
人は無意識のうちに、どのカードを使うか選び
相手によって変えるものなのじゃ。
わしは学生時代に、子供の頃からの知り合い100人に
「わしってどんな奴だった?」とアンケートをとったのじゃ。
その結果かえってきた答えは…
みんなわしを「天才」とか「変態」と言っとった。
まぁ、うそじゃがな。
一昔前に「自分探し」なんぞという
甘えポンチなキーワードが流行った。
一体自分とは何者なのか?なにがしたいのか?
いっておくが、そんなものは実はないのじゃ。
先ほど言ったように
人は他者に影響され、その他者との関係性の中で
やるべきこと、自分の役割といったものを発見して生きて行くのじゃ。
「自分のオリジナリティ」は自然発生するわけじゃないのだ。
だから「自分探し」とか言って
1人でヨーロッパあたりに旅行にいったって、
金使って、いらん土産を買わされて帰ってくるだけじゃな。
本当に自分探しがしたければ
リアルな社会でサバイバルするしかないんだからの。
「自分」とは見つけるのもではない。
「自分」とは作るものなのじゃ。
相手について考えることが、自分を作る第一歩だとも言えるのじゃ。
あなたを見て、認識してくれる誰かがいなければ、
あなたの存在なんて、ないも同然じゃからの。
でな、ここで報告じゃ。
わしここ数週間、誰とも会っとらんので、
自分を見失っとる可能性があるのじゃ。
うん知ってる。
わしって、あなたから見てあれじゃろ?
ほらあの~。
天才?