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郵便配達は2度ベルを鳴らしてダッシュする

主に映画について書いていますが、
それ以外にも
アホホーんなお話をします。ええ。

へーいへーいへーい。
どうもわしじゃ。

以前このブログで私(「し」又は「わたくし」)小説
について紹介したのだが、
今回はその私小説的なことを
ブログでやってみたいと思うど。

ご存知ない方のために
もう一度説明すると…
(くわしくは以前書いた「私小説のすすめ」という
ブログを読んでくれてもええど!)
私小説とは、純粋な作り話としての小説ではなく、
作者自身の経験や告白などを前提とした、
より作者のプライベートなことを内包した小説のことじゃ。

それをブログでやってみようということで、
名付けて「私ブログ」じゃ。
なんかちょびっとハズカシイのぅ。

これも以前ブログに書いたことじゃが、
わしは学生時代に、ちょびっと心理学をかじっておった。
その頃から思っていたのじゃが、
わしは自分自身の性格について、
どうしてこんなヒクツ(やかましーわ!)な性格になったか、
自分で掘り下げてみたいと思っておったのじゃ。

つまり自己分析じゃな。

それには当然、
自分自身の幼少期の体験が影響しておると思うのじゃ。

わしは小学生の頃、
いじめられっこだったわけじゃが、
そもそも、イジメられる原因は、
「みんなの輪に入れない」シャイな性格が原因だと思っておるど。
しかも小学生の頃、わしは
可愛らしい顔だったらしく(マジじゃ!)
髪の毛もちょっと長かったせいか、
よく女の子と間違えられたのじゃ。
それもイジメられた原因のひとつかもしれない。

わしは子供の頃、
みんなの輪に入りたいけど入れないという、
ジレンマを持っておった。
昼休みに、みんな校庭でサッカーやったりしとるのじゃが、
わしは「ぼくもやる!」という一言を言えないような子じゃった。
それにわしは、スポーツよりも
絵を描くことの方が好きで、
ずっと1人で絵を描いてる方がよかったのじゃ。
だからわしは、
昼休みになると校舎の屋上に行って
ひとりで絵を描いたり、
ぼーっとしたりしとった。

日曜日に友達と遊んだり、
夏休みに友達と遊んだりしたことも、
あまり記憶にない。

そんなわしはいつしか、
みんなでワイワイキャッキャッしとる人々に
嫌悪感を持つようになっておったのじゃ。

その頃といえば、みんな少年ジャンプを読んでおった。
『Drスランプ』や『キン肉マン』などが大人気。
わしは「みんなが好きなものはダセー」
と思うようになっていた。
それは、みんなの輪に入れない自分を
正当化する言い訳でもあったのじゃが、
みんなと同じマンガ、みんなと同じ音楽、
そういったものを拒絶するようになっていた。

だから好きなもの=良いもの、を
人に決められるのが大嫌いだったのじゃ。
いまから考えれば、協調性のないスレたガキじゃな。

そんなわしの幼少期の、
「輪に入りたいけど入れない」という思いが、
実は現在に至るまで、
わしにとってのトラウマの原因になっているような気がする。

だからわしには、次のようなトラウマがある。

①誰もわしを認めてくれない。
②味方はいない。
③わしを好きだと言う者は、いつか去って行く。

わしの人格形成は、
このようにして出来上がったような気がする。
しかしトラウマなどと大げさなことを言ったが、
実はトラウマなんてものは、
誰にだってあるものなのじゃ。

別に日常生活に支障をきたさなければ、
がんばって克服する必要なんてないと思うのじゃ。

わしは自分のトラウマがどうのこうのよりも、
人に対して愛情を持てるかどうかの方が
大事だと思っておるのじゃ。
自分自身に不満のある者は、
愛情が自分にばかり向いてしまう。
その結果、自己中心的で、他人を愛する代りに、
自分が愛してほしいとばかり思ってしまうのじゃ。
本当に恐ろしいのは、そういうことなではないかと思うど。

そうならないために、
わしは自分の弱点について考えるのじゃ。

まぁ、いま書いたことは全て噓なんじゃがな。
どうもわしじゃ。

早く春がこないかな~。
花粉症の方にとってはイヤな季節かもしれないが、
お肌の敏感なわしにとっても、
そんなに良い季節ではないが、
この冬の乾燥にはまいっとるんじゃ。

ところで今回も、わしの大好きな映画の話じゃ。
しかし今回話すのは
ある特定の作品についてではないど。
映画業界全体の話じゃ。

実はハリウッドでは
ばったばったと映画会社が倒産したり
合併したりしとるのじゃ。
その結果「映画はもうからない」
という結論に至ったハリウッドの映画業界は、
確実にスポンサーの付く
「売れる映画」しか作られなくなってしまった。

わしは「売れる映画」が必ずしも悪いとは思わない。
それよりも重大なのは、
ハリウッドメジャーの映画は
必ずハッピーエンドのお話しか作らなくなってしまったことじゃ。
なぜハリウッドが「ハッピーエンド」にこだわるかご存知かな?
これはもちろん「売れる映画」にするためなんじゃ。

例えば飲料メーカーが新しいドリンクを開発したとしよう。
とても栄養バランスのいい、体にいい飲み物でも、
「後味」が悪かったら売れないじゃろ?
当たり前じゃな。
せっかく美味しいコーラなのに、
後味がめっちゃしっぶ~い感じだったら商品として成立しないのじゃ。

これと同じで、
映画をひとつの「商品」として考えている
ハリウッドでは、
見たあとに、お客が後味の悪さを覚えるものに
商品価値がないと見なしているのじゃ!

どんなに良い原作小説を映画化しようとも、
ハリウッドではハッピーエンドに作り替える。
「後味スッキリ」商品にしか価値がないと考えているからじゃ。

実は映画業界では、これと同じような状況が、
1960年代前半に起こっていた。
公開する映画はことごとくハッピーエンドで、
「スタジオシステム」と呼ばれる
美男美女ばかりを集めた大作ばかりが作られていたのじゃ。
例えば『風と共に去りぬ』のような作品じゃ。

映画の中で起こることにリアリティなどいらん!
ブサイクは出演させない!
観客が大喜びする後味スッキリハッピーエンドしかあかん!
現在とまったく同じように、
その当時の映画業界も、
こんな旧体質な資本家に支配されていた。

ところが1960年代後半になって
作家たちが怒りだしたのじゃ。
「こんな現実とまったく違う嘘っぱちの映画にはうんざりだ!」
そう言って次々と個性的な監督が、
インディペンデントで
今までのハリウッド映画をぶっこわすかのように、
すごい作品を次々と発表した。

そんな作品の中では現実と同じように、
ハッピーエンドばかりではない。
悩める人々や、悲しい結末などといった
後味の悪い作品が次々と生まれていったのじゃ。

わしはこう思う。
後味スッキリや、わっかりやすーい作品が好きな人々は
さして映画が好きなわけではないじゃろ?
そういう人々は年に何回映画を見に行くんじゃ?

何かの作品を好きになるということは、
実は「作り手を意識する」ことだと、わしは思っている。
これは映画のことだけに当てはまるわけではないど。

たとえば絵画が好きな人が美術館に行ったら、
一枚一枚の絵の前で立ち止まり
じっくり観察するじゃろう。
しかしおデートとかでイヤイヤ美術館に行った
絵画に興味がない者は、
さっさと館内を回り、速攻で美術鑑賞が終わってしまう。
これはなぜじゃ?

どうやって描いたか。
どんな色を使っているか。
どれくらい絵の具を重ねているのか。
好きな者はそういう「テクニック」を見ているのじゃ。
だから立ち止まり、じーっと見るのじゃ。

スポーツ観戦だってなんだって同じじゃなかろうか?
好きな人は、よりくわしく
テクニカルなことまで気にして見るんじゃないか?

つまりそれが、
「作り手を意識する」ということじゃ。

そういうテクニカルなことは、どうでもいい。
わっかりやすーい、たのしーのがいい!
金儲けを重視すると、
そういうライトな方々に合わせることになる。
そして本当のファンはほっとかれるのじゃ。

バカリズムのコントで
サッカーにまったく興味のないおっさんが、
FIFA会長になってしまうというネタがある。
youtubeにアップされてるので見てみるといいど。
アホホんじゃな。
むぁ~い~にぃ~ちぃ~
むぁ~い~にぃ~ちぃ~
ぼくらはてっぱんのぅ~
う~え~で~や~か~れ~て~
YES FALLI'N LOVE ♪

どうもわしじゃ。
わしは映画がアホホど大好きじゃ。
そんなわしが大好きな作品の中でも
最も人にオススメできない
こまったちゃんな映画がある。

その作品のタイトルは…
『エルトポ』じゃ。

わしは大好きなんじゃがな。
とてもとても、誰かにオススメしたりできない。
まずオススメするにしても、
たいていの人が聞きたがる内容を
うまいこと説明できないのじゃ。

それでもなんとか説明するなら
こうじゃ。

西部をさまようエルトポというガンマンが
自分の息子を捨てて、愛人をつくる。
でもその愛人は強い者が大好きで、
エルトポにむちゃくちゃな要求をする。
「この大地にいる賢者を全て倒せたら
あなたの恋人になるわ」って感じで。
めちゃめちゃ卑怯な手を使って
なんとか賢者達を倒したエルトポだったが、
裏切った愛人の罠にはまり死んでしまう。
(ここまでで、まだ映画の真ん中くらい)
死んだと思ったエルトポは、
なぜか洞窟の中で蘇る。
どうやら洞窟の中に住むフリークス(小人のような人々)の
神として転生したようだ。
洞窟の住人に外の世界を見せるため
がんばってトンネルを掘るエルトポ。
外に出るとみんなよろこぶ。
が、しかし見たことのないフリークスに驚いた
外の世界の人々は、
彼らを皆殺しにしてしまう。
エルトポは罪の意識にさえなまれ焼身自殺するのだった。
めでたしめでたし。

どうじゃ?
わけわからんじゃろ?
わしはDVDを持っているので、
それこそ何度となくこの映画を見とるが、
一度としてちゃんとした意味はわからん。
それでも好きなんじゃ。

わけわからんのに好き。
そうとしか言えない。

西早稲田にある、えぞ菊の味噌ラーメンも
わけわからんのに好き。

昼間から多摩川でぼーっとするのも
わけわからんのに好き。

まったく変化のない台風情報の待機画面をじーっと見るのも
わけわからんのに好き。

『エルトポ』という映画も
わけわからんのに好き。

そういう感じで好きなんじゃな。

ちなみにこの映画の監督は、えらい覚えにくい名前じゃ。
彼の名前は…
アレハンドロ・ポドリョリョ…ぐへっ!
アレハンジョロ・ポリンキー…ぐへっ!
いいにくいわ!
アレハンドロ・ホドルフスキじゃ!
「ホ」だか「ポ」だかあいまいじゃがな!

しかしな、出演者はすごいど!
なんと主演はトム・クルーズじゃ!

…ないわ。
トムさんなわけないわ。
トムさんやったら、逆にすごいけどな。
実際はさっき言った監督が、
主演までしちゃってる
手作り感満載の映画なのじゃ。

ええか!もう一度警告するど!
けして見てはいかん!
怖いもの見たさで、ちょっとでも見たりして、
あまりにも理解できない内容だったり、
眠くなってしまったりしても、
わしゃ責任とれんど!

それでも見てみようと思う勇者よ。
そなたの勇気にかんぱいじゃ。
もしも最後まで見ることができたら、
もっとやばい映画を紹介するど。