郵便配達は2度ベルを鳴らしてダッシュする -20ページ目

郵便配達は2度ベルを鳴らしてダッシュする

主に映画について書いていますが、
それ以外にも
アホホーんなお話をします。ええ。

「モグタン今日はどんな歴史を見に行くの?」
「あれー。お姉さん。今日はやけに勉強熱心だね!」
「だって今日は8月15日。終戦記念日だから…、
NHKもクソみたいな反戦番組で左巻きの不毛な討論してるしぃ。
もしかしたら…戦争に関係のある歴史を見にゆくのかなーと思って」
「勘がいいねぇ~。それじゃあさっそく、
広島に原爆が落ちた瞬間を見に行くよ!」
「わぁー楽しみ!」
「クルクルバビンチョ・パペッピポ・ヒヤヒヤドキンチョの
もーーーーぐたんっ!」

--ワープ--

「モグタン。ここはどこ?」
「お姉さん言ったろ?ここは原爆が投下される直前の広島だよ」

ピカっ!どーーーーーーん!

※『マンガ初めて物語』は都合により、今回が最終回となります。

って前置き長過ぎるわ!
どうもわしじゃ。

そうなんじゃ。今日は終戦記念日じゃな。
実はわしには忘れられない、終戦記念日の思い出がある。
あれは、わしが14歳の頃かのぅ。
ラジオから天皇陛下の声が…。
おいっ!わしそんなおジイじゃないわ!
平成生まれじゃアホホンか!(←うそ)

わしの終戦記念日の思い出とは、
かなり変わっているのじゃ。

わしは子供の頃、東京都新宿区という場所に住んでおった。
(わしの住んでいた場所については、
『おそるべき子供たち』というブログを参照してください)

あれは小学生5年生の頃だったろうか?
池袋にサンシャイン60というビルがあるのだが、
わしの新宿の家からは、遠くにそのサンシャインビルを見ることができた。

その当時サンシャインビルでは夜8時になると、
窓の明かりを使って、様々な絵柄をつくってくれていた。
わしの住んでいる団地からは、そのサンシャインの窓の光による
演出が、とてもよく見えたのじゃ。

しかし、それから数年後。
サンシャインビルのその演出は、
経済的な理由なのか…終わることになった。

それはある年の8月15日。
今日でサンシャインビルの演出も見納めってことで、
近所の子供たちも含めて、わしの住んでいる団地に
多くの子供たちが集まっていた。

夜8時。いつものサンシャインビルの演出が始まった。
しかしこの日の演出は何かがおかしい。あまりにも強烈なのじゃ。
わしがいままで見てきた、その演出は、
単純に、明かりのついている窓と、消えている窓を使って、
動かない絵柄を作っているだけだったのじゃ。

例えば犬とか、猫とか、
そんな単純なもんだったのじゃ。

しかし最後の演出とはいえ…、
ものすごいのじゃ、
ていうか、いつもとはまるで違う。

サーチライトというか、なんというか、
ものすごい光線が、縦横無尽にビルの周りを飛び交い、
なんとその強烈な光は、
数キロも離れているわしらの顔を照らすほど強烈だったのじゃ。

「す、すげぇ…」

わしは子供ながらに、最後とはいえ、すごい演出をするなぁと思ったのじゃ。

さて、それから数年後。
この話は、わしが高校生の頃まで進む。

ある日わしが友達の家に遊びに行くと、
そいつの部屋の本棚に、
『日本の超常現象シリーズ』(タイトルは覚えてないので適当です)的な、
おもろそうなオカルト本が置いてあったのじゃ。
わしは何気なく、そのオカルト本を読んでおった。

数ページ進むと『サンシャインビルの怪現象』というページが
わしの目に留まった。

「んンンン?」

その記事によると、数年前の8月15日終戦記念日。
池袋のサンシャインビルの上空で、
ものすごい勢いで飛びまくる
火の玉を目撃した人が多数いると書かれておったのじゃ。

・・・・・・。

たしかにわしも、小学生の時、
8月15日の終戦記念日に池袋のサンシャインを見ておった。
それはそれは、その当時の技術ではあり得ないくらいの
ものすごい強烈な光の演出で、びっくらこいたもんじゃ。

・・・・・・。

え?なに?
あれって火の玉だったの?

ご存知の方も多いと思うが池袋のサンシャインビルは、
東京裁判で死刑判決が下った東条英機をはじめとする、
戦犯の処刑場だったのじゃ。
しかも終戦記念日。

わしは見た。ほんまに見たんじゃ。
しかし小学生のわしは、それが火の玉だとは思わず、
「わーきれいだねー!すごいねー!」と
無邪気にはしゃいでおったがのぅ。

この話を裏付ける情報が、どっかネット上に転がってるだろうか?
このブログを読み終わったら、調べてみるといいど。

しかしなぁ。
わしはそれがあったからとは言わないが、
その後大人になってから、東条英機や東京裁判について、
自分でいろいろ調べてみたんじゃ。

東京裁判については
以前このブログでも取り上げた、
『プライド 真実の瞬間』という津川雅彦主演の映画がおすすめだど。
っていうか、小学校や中学校で教材として使ってほしいくらい、
日本人には大事な歴史について教えてくれる映画だから、
絶対に見てほしいけどな。

とまぁ、わしの8月15日の思い出は、この火の玉じゃ。
なんとも不思議で、いまでも鮮明に覚えておるど。

あとな、もう過ぎちゃったけど、
8月12日は日航123便墜落事故があった日なので、
そのこともブログに書こうと思っとったんじゃがな…。
ぜったい長文になるので、今度体力があるときにするど。

(冒頭のマンガ初めて物語ネタがわからない方は気にしないように)
みなさんこんにちわ!
どうもわしです!
ご機嫌いかがでございまするのんか!

あれじゃな。
挨拶って大変じゃな。
でもものすごく大切なことじゃな。

わしはその昔、
えむてーべーってとこで働いておった。
その職場は国際色豊かな職場なので、
日本人以外の方も、めっちゃ働いておったのじゃ。

はろー!
はうあーゆー!

挨拶は万国共通に大切なことじゃ。
しかし、この挨拶の「距離感」は、
実はかなり国によって違うと思うのじゃ。

欧米の方々は、挨拶をする時に
「ハグ」とかいう便利な言葉で相手を抱きしめたりする。
なんと…うらやま…いやいや、
そんな変なことを想像したらあかんど!

国によっては、
頬にチューしたりもするのぅ。

かと思えば、イスラム圏の国々では、
ヘタに体に触ってはいかんのじゃ。

日本の挨拶といえば、おじぎじゃな。

わしは常日頃、この挨拶について
思っていることがあるのじゃ。

挨拶は、その国の伝統や文化が反映された、
重要な行為なんじゃ。
だから旅行や仕事で、海外にいったら、
その国の文化を尊重する意味で、
挨拶も従わなきゃあかんのじゃ。

しかしな。
近頃のアホホん日本人は、
海外の方と簡単にハグしてしまう場合が多い。
(もちろん日本国内でのことじゃ)

それがどれだけ、アホホんな行為なのか、
自覚がなかったりするのじゃ。
もしも節度ある対応をしたいのであれば、
ハグをしようとする外国の方に対して、
「ハグは日本では恋人同士などの特別な人にしか
できないんですよ」と、
教えてあげれば良いと思うがのぅ。

海外に留学したり、旅行したりして、
ちょっと海外にかぶれたからといって、
日本国内でハグとかするのはどうなのじゃ?
相手が外国人であっても、わしにはアホホんに見えてしまう。

なぜ挨拶くらいで
そこまでカタいこと言ってるのか。

イラク戦争でこんな事件があったのをご存知かな?

アメリカ軍の兵士が、
とあるイラクの民家に近づいた。
その家が怪しいと、勝手に思ったアメリカの兵士は、
その家の住人全ての身体検査したのじゃ。
イラク人の奥さんは、
バリバリのイスラム教徒(おそらくシーア派)なので、
当然、顔の一部以外は、黒い布で全身を覆っておるのじゃ。
他人に顔をさらしたり、
体の一部を見せたりするのは、
宗教上禁止されておるのじゃ。
そんなイラク人の奥さんを、
アメリカ軍の兵士は素っ裸にして身体検査したのじゃ。
これは、イスラム圏の人々にとっては、
レイプにも等しい行為といえる。

身体検査をしても何も出てこなかったため、
アメリカ軍の兵士達は、その民家を去ろうとした。

そのうしろから、屈辱を与えられ、
怒り狂ったイラク人の奥さんが、
泣き叫びながら、走って近寄ってきた。

驚いたアメリカ軍の兵士は、
イラク人の奥さんを射殺し、
その家族も全て射殺したのじゃ。

射殺後に遺体を見ても、
彼らは武器らしきものなど、なーんも持ってなかったのじゃ。

これは、アメリカ軍の兵士達が、
その国のマナーを軽んじているから起こったと言えないかのぅ?
この話を聞いて、
まだハグくらいいいじゃん的なことを思えるかのぅ?

それとも、欧米などの「挨拶」や「マナー」が
進歩的で、人間的で、
他の国の挨拶はアホっぽいので、
どの国でも「ハグ」にしようぜ!
とか思っている重度の海外好きは、
どうか日本から出て行って、海外で暮らしてくれると
いいと思うど。

最初に言ったが、挨拶の距離感というのは、
その国の文化をも表す、大切なものだとわしは思うのじゃ。

挨拶って、
誰かと会う時の最初の言葉だど。
つまり第一印象なんじゃ。

ということで、わしからの提案じゃ。
今後は万国共通で、アホ丸出しの「わし挨拶」をしたらどうだろう?
このアホ丸出しの「わし挨拶」の方法を伝授するど。

1)相手の目を見てから、ゆっくりと利き手を前方に突き出す。
2)その突き出した手をパーの状態にしつつ、手前に勢いよく引く。
3)2の動作をしながら「アホーん!」と威勢良く叫ぶ。

どうじゃ?
是非、明日会社や学校にいったら、やってみるといいど。
なーつがすぎー
あうあうあー♪(←テキトー)

わしな。
小学生の頃は、毎年夏になると
両親の田舎の北海道・名寄というとこに
一ヶ月近くいっとったのじゃ。

だからわしは
夏休みに友達と遊んだ記憶があまりない。
つーかそもそも友達のいないわしは、
北海道に行かなくとも遊び相手はいなかったがのぅ。

しかし夏休みなのに
北海道に行けなかった年もある。

そんな時はヒサンじゃ。
わしは夏休みの間、ずーっと1人で家にこもっておったのじゃ。

なぜ家にこもるのかといえば、
お外に行くと、どこで同級生に会うか分からないからなのじゃ。
イジメられっこのわしは、
夏休みの期間くらい、
脳の中から同級生というムカつく存在を
忘れていたかったので、
外で偶然会うのがイヤだったのじゃ!

その当時、わしの住んでいた場所は、
新宿区東戸山という、
とってもへんな場所なのじゃ。

なにがへんなのか?
そらもう、とにかくへんなのじゃ!

この地域には、自動車が入って来れないようになっていて、
周囲には、ぐるっと自然があるのじゃ。
その車の入れない(まるででかい公園のような)地域には、
10数階建ての団地などが37棟も建っている。

まるで大友克洋のマンガに出てきそうな、
とてもとても不思議な空間じゃ。

ここに住んでいる子供は、
夏休みだろうが、盆や正月だろうが、
この東戸山から、いっさい外に出ない傾向にあるのじゃ。
だって外に出なくたって、
子供に必要なものは、全てこの東戸山にそろっとるのじゃ。
駄菓子屋もあれば、でかい公園もある。
おまけに、都心部から近く
交通の便もいいためか、
四六時中、ドラマなどの撮影が行われていて、
月に1回は、芸能人やらヒーローやらの撮影風景まで見れちゃうのだ。

※わしが知る限り、仮面ライダーシリーズや
タケちゃんマンの撮影も行われていた。
最近はあまりテレビで見かけないが、それはおそらく、
石原都知事時代に、東京都の撮影許可が、
めちゃめちゃうるさくなったからだと勝手に思ってるど。

キャッキャいいながら、
道に飛び出したって、車はいっさい走っておらん。

しかも東京のど真ん中(新宿駅から徒歩30分くらい)
にありながら、
周囲の自然のおかげで、
都会っぽさがあまりない。

この不思議空間の真ん中には
「箱根山公園」(神奈川県の箱根とは関係ありません)という
わりとでっかい人工の山がある。
人の手で作られたとは思えないほどでっかいど。
もちろんこの山にも、自然がいっぱいじゃ。

でな、
話しは現代に戻るのだが…。
わしは、東京出身者に会うと、なーんかこう…
違和感を覚えるのじゃ。

つまり、この東戸山で子供時代を過ごした者にとっては、
東京がビルがドーン!な街として感じられないんじゃ。
なんつったらいいかなぁ。
いっさい車が走っとらんので、
やかましいエンジン音も聞こえないしな。

大げさに言えば他の惑星。
いや…人工的に作られた自然いっぱいのコロニーみたいな感じじゃ。
ほら、ガンダムでスペースコロニーが出てくるじゃろ?
アムロが最初に住んでるとこだど?
あんな感じで、わりとノドカなんじゃ。

どうしてこの地域が、
ここまで変わった印象をあたえるのか?
その昔ここは、
どこぞやのお殿様が住む城跡だったとか。
人工の山も、お殿様の…
「箱根みたいな山つくって」という
ムチャぶりで作ったらしいのじゃ。

その後は、旧日本軍の演習場にも使われとったほど、
自然が多いのじゃ。

すごいのぅ。
日本の中に、リアルスペースコロニーがあったんじゃのう。
新宿区東戸山で育った者は、
ある意味ニュータイプだど!

あの場所の不思議さは、
あそこで育ったものにしかわからんのじゃ。
ほかに誰かおらんかのぅ…。
わし友達おらんので、
是非とも、あそこに住んでいた方は連絡してほしいど。

しかしな。
大人になってから、わしは1人で
あの場所に戻ってみたんじゃ。
ふら~っとな。
子供で満ちあふれていたあの東戸山は、
もはや老人ホームと化しておった…。