そもそもスパイというものについて我々はどれほどの知識があるのだろうか。
スパイという存在がいること、スパイによって秘密を盗まれるリスクがあることは大抵の人であればわかるだろうが、具体的な実態、手口を知らないがゆえにどのように気を付けてよいかわからず、人並みの用心深さを持っていても罠にかかってしまう人も多いのではないだろうか。
それに、世間一般がもつスパイのイメージを逆手に取って相手をだますスパイも当然存在する。
「美人すぎるスパイ」と言われたロシアの女スパイ、アンナ・チャップマンを例に挙げよう。
ロシア対外情報庁SVRに所属していた彼女は、イギリス人男性と結婚してチャップマン姓を名乗り、会社を経営するなど、社会の表舞台で堂々と活動しながらイギリス、アメリカにおいてスパイ活動を行った。
スパイは人目につかないよう秘密裏に行動するものだという、世間一般がスパイに対して持つイメージを逆手に取って相手を油断させたのだ。
また、スパイが狙うのが防衛機密や国家機密だけだろう、という思い込みから、スパイなど自分には関係のないことだ、自分が狙われるはずなどないと考える人がほとんどではないだろうか。それは間違っている。
ニュースなるほど塾編『諜報機関 あなたの知らない凄い世界』(2012)河出書房新社p.175でも、旧ソ連のKGB(ソ連国家保安委員会)がハニートラップ(のちに詳しく述べるが、女性(男性)スパイによる色仕掛けのこと)を得意とした事実を紹介した後、こう記している。
「ターゲットとなったのは、各国の国会議員や外務省職員、大企業の役員、ジャーナリストたちである。」
また、元警視総監の吉野準氏は著書『情報機関を作る 国際テロから日本を守れ』(2016)文春新書p206で次のように述べている。
「全体主義国に出かける人々は、一種異様な危険が待ち受けていると心得たほうがいい。中でも公務員、政治家、報道人などは、格別の用心が必要である。
公務員では、情報取集にあたる外交官や情報機関に所属する要員は、かならず標的になると思っていたほうがいい。その他、経済界の人物、とくに国内で発言力のある人や企業秘密をかかえる人たちは、注意を怠るべきでない。
相手国の当局はこれらの人士を厳重に監視した結果、その言動が自国にとって「好ましくない」と判断した場合は、逮捕して処罰をする。あるいは、国外に追放する。
ただし、利用価値があってスキがあるとみた相手には、罠を仕掛ける。罠に陥った餌食には脅しをかけ、なにごとか強要するのである。
その強要とは―
▼国家機密や企業秘密を知る立場にある者からは、それを聞き出そうとする。
▼世論に影響力を持つ者には、その全体主義国の意に沿った発言をさせようとする。」
このように、政治家や自衛官、外交官のみならず、企業秘密(特にそれが軍事転用可能な最先端技術ならなおのこと)を知る者、経済界の人物、マスコミ関係者や言論人、教職員など、世論に影響力を持つ者は標的にされ外国のエージェントとして手駒にされるリスクがあると考えるべきだ。
スパイの魔の手はあなたにも伸びてくる可能性がある。映画の中だけの出来事でもなければ、政治家や自衛官、外交官だけがターゲットになるわけでもない。
そしてそれらの企みが成功してしまえば、貴方は外国のエージェントにされ、その国の情報機関の言うとおりに動くしかなく、それは一生続く可能性が高い。彼らはあなたが協力を拒んだり警察に通報しようとしたりすれば殺害もいとわないのだ。
外国のエージェントになってしまった場合、国や多くの人々を裏切り、危険にさらすことになる。盗まれた国家機密、防衛機密は敵対国に渡り、外交交渉などで手の内を外国に読まれて不利な条件で条約を結ばされたり、日本が装備する兵器の弱点を巧みに突く性能を持つなど日本を脅かす兵器が作られたり、重要な作戦の情報が筒抜けになったり、外国企業に最先端技術が渡ることで日本の企業はシェアを食われ大打撃を受けたりするかもしれない。
外国との間に抱える問題に関し、外国の主張を支持する内容の発言をわが国内で発言力のある人物が行わされた場合、日本の国益を大きく損ない、相手国を利する結果となってしまうかもしれない。
こうして、貴方だけでなく周囲の人々、自分たちより後の世代の人々にも大きな損害や禍根を残すことになろう。現にそうなってきたではないか。心当たりはないだろうか?
我々国民一人一人が当事者意識を持ち、自衛に努めるしかないのである。外国に対してスパイをやめろと言ったところで無駄である。
その自衛の第一歩として、スパイの手口、実態に関する正しい知識を身につけるべきと考える。次回からはそれらを紹介していきたい。
・ニュースなるほど塾 『諜報機関あなたの知らない凄い世界』 (2012) 河出書房新社
・国際情報研究倶楽部編『世界の諜報機関FILE』(2014)Gakken
・バリー・デイヴィス『実戦 スパイ技術ハンドブック』(2007)原書房
筆者は専門家ではない。一サラリーマンが、書籍や新聞記事、官公庁HPなどを参考にしながら自分の見解も交えつつ執筆している。そのため、間違いなどがあるかもしれない。その場合は論拠となる情報源とともに指摘していただければ幸いである。必要があると判断した場合、機会を見つけおわびして訂正させていただく所存である。なお、この内容は筆者が所属するいかなる組織、団体の見解も代表するものではない。