世界の至る所でスパイ行為とそれを防ぐ防諜機関との熾烈なせめぎ合いが行われているが、わが国の防諜体制は整っているとは残念ながら言い難い。
世界の軍隊研究員会『世界の軍隊99の謎』(2013)彩図社のp.125では次のように述べている。
「現在の日本には秘密の漏洩を防止・管理するための規定がないうえ、外国人によるスパイ活動などを厳しく取り締まる法律もないので、「スパイ天国」と揶揄されているほどなのだ。
中略
他国では、スパイ活動が発覚した場合、スパイ本人とその協力者が終身刑や死刑などの厳罰に処されるような法律が制定されていることがほとんどだ。」
公務員の守秘義務などの規定は存在したが、どの情報をもって国家機密とするか、その漏洩をどう処罰するか、扱う者の人選はどのように行うか、などの規定は特定秘密保護法で戦後ようやく定められた。そのような惨状から日本は「スパイ天国」と皮肉られるありさまだったのだ。
外国ではスパイ行為が摘発された場合、スパイやそのエージェント(協力者)に対して死刑、終身刑などの重罪を課している国がほとんどで、厳罰に処せられるだけでなく、どの情報を盗んだか、誰の指示で動いていたかなど情報を吐かせるために拷問まで行うのだ。
それほどまでにスパイ行為は国の命運を左右する問題なのであり、重罪なのだ。重罪に処せられるからこそ他国もその国でスパイ活動を行うのにリスクを負うのである。しかし、それでもスパイ活動はなくならない。ましてそれらを防ぐ法整備がない国はどうなるか。子供でも分かりそうなことである。
2013年、第2次安倍内閣でようやく特定秘密保護法が可決、成立した。
内閣官房ホームページの「特定秘密の保護に関する法律 説明資料」
http://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/gaiyou.pdf
を要約すると、次の通りである。
①外交、防衛、特定有害活動の防止に関する事項、テロリズムの防止に関する事項に関する情報であって、
②公になっていないもののうち、
③その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの、を特定秘密として指定する。(具体的内容はサイトを参考にされたい)
特定秘密の取扱いができる者を、適性評価の結果、特定秘密を漏らすおそれがないと認められた者に限る。(行政機関の長、国務大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、大臣政務官その他職務の特性等を勘案して政令で定める者と、公益上の必要により特定秘密を提供された者などの例外あり)
〇次に掲げる者による故意又は過失による漏えいを処罰する。
・ 特定秘密を取り扱うことを業務とする者(故意:10年以下の懲役、過失:2年以下の禁錮・50万円以下の罰金)
・ 公益上の必要により行政機関から特定秘密の提供を受け、これを知得した者(故意:5年以下の懲役、過失:1年以下の禁錮・30万円以下の罰金)
○ 外国の利益等を図る目的で行われる、特定秘密の次に掲げる取得行為を処罰する(10年以下の懲役)。 ①人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為 ②財物の窃取 ③施設への侵入 ④有線電気通信の傍受 ⑤不正アクセス行為 ⑥ ②~⑤以外の特定秘密の保有者の管理を侵害する行為
○ 上記の漏えい(故意に限る。)又は取得行為の未遂、共謀、教唆又は煽動を処罰する。
なお、
「その他公益上の必要等による特定秘密の提供」の項に
「外国の政府又は国際機関 → 特定秘密の保護に関し必要な措置を講じているものに提供する場合(に特定秘密を提供することができる)」とされているが、これはある特定秘密を、機密保護体制がある程度整っている外国政府に伝えないと日本が危険にさらされるような状況(北朝鮮の韓国侵略企図情報を入手した場合、即座に韓国政府に伝えないと日本にも危険が及ぶ場合等)を想定しての事だろう。
あるいは、外国の情報機関とのコリント(コレクティブ・インテリジェンス 友好関係にある国の情報機関同士が、物々交換のようにお互いが求める機密情報を交換すること)も想定してのことかもしれない。友好国といえども日本と利害が対立することもあるため細心の注意を払ってほしいところではあるが。
が、まだ不十分な点もある。
産経ニュース 2016年2月5日 【主張】北の指示役逮捕 「スパイ天国」でいいのか
http://www.sankei.com/column/news/160205/clm1602050001-n2.html
には以下のように述べられている。
「平成25年には「特定秘密保護法」が成立したが、これもスパイ活動そのものを取り締まるものではない。「共謀罪」の創設を含む法整備を、早急に進めるべきだ。」
スパイ活動というのは国家機密を盗むだけではない。
自国にとって都合の悪い相手国の要人の監視、失脚工作や政権転覆工作、暗殺、情報操作や政治的宣伝(プロパガンダ)によって自国にとって都合のいい世論を日本で形成すること、現地人をエージェントとして味方に引き入れる(リクルート活動)、マスコミなどによって公開された情報を分析して相手国政府の内情などを分析するなど多岐に渡り、国家機密の入手は任務の一つに過ぎないのだ。
そしてそれらは特定秘密保護法で取り締まることはできない。
文献リスト
・世界の軍隊研究員会 『世界の軍隊99の謎』 (2013) 彩図社
・ニュースなるほど塾 『諜報機関あなたの知らない凄い世界』 (2012) 河出書房新社
・内閣官房ホームページの「特定秘密の保護に関する法律 説明資料」
http://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/gaiyou.pdf
・手嶋龍一 佐藤優 『インテリジェンスの最強テキスト』(2015)東京堂出版
・産経ニュース 2016年2月5日 【主張】北の指示役逮捕 「スパイ天国」でいいのか
http://www.sankei.com/column/news/160205/clm1602050001-n2.html
・バリー・デイヴィス『実戦スパイ技術ハンドブック』(2007)原書房
・国際情報研究倶楽部『世界の諜報機関FILE』(2014)Gakken
筆者は専門家ではない。一サラリーマンが、書籍や新聞記事、官公庁HPなどを参考にしながら自分の見解も交えつつ執筆している。そのため、間違いなどがあるかもしれない。その場合は論拠となる情報源とともに指摘していただければ幸いである。必要があると判断した場合、機会を見つけおわびして訂正させていただく所存である。なお、この内容は筆者が所属するいかなる組織、団体の見解も代表するものではない。