なんか最近、遠い昔の愛車の話から始まって、レトロモードで来ていますので、レトロついでに私の人生最初の愛車(4輪)をご紹介します。私の日記を初めから目を通していただいている方たちにとっては、「最近なんかすっごいローカルな写真と車種と話題になってるな~」なんて感じていらっしゃるかもしれませんが、日本という国は、実は逆に私にとってはちょっと距離のある外国の話になってしまったようで、記憶の彼方にある自分の故郷が、懐かしくなっているのかもしれません。
この写真、つい最近になって手に入れたのです。僕の人生で一台目の4輪の愛車写真を、20年以上前の連れがスキャンして送ってくれましたのでご紹介と相成りました。
車両はたしか昭和46年式?(ハッキリ憶えていません)のニッサン・スカイライン C10、通称”ハコスカ”です。当時、ニッサン・サービスの整備士だった私はニッサンの青いサービスマンつなぎに身を包んで、この車で通勤していました。写真は見ての通り”冬”で、スパイクタイヤ(まだ合法だった時代)で冬の死骨湖(シコツコ 注2参照)へ行った時の写真。隣のラリー車は昔の連れ。ナンバーを見てもわかるように、このクルマは私を夢の彼方に連れて行ってくれる「銀河鉄道999」でした。夏はスピードスターという昔流行った一円玉のようなデザインのホイルを履いていましたが実はワタナベが欲しかった。ステアリングはお決まりの”ダッツンコンペハンドル(わかりますかね?)”L20のエンジンにデロルトというマイナーなメーカーの3連キャブをつけて、メーカー不明のタコ足という仕様でした。当時はデカイと思っていたハコスカも、2年位前にアメリカで見たときはビックリするほど小さく見えて、時代の流れをそんなところで感じていました。いや~それにしても懐かしいですな。当時の記憶が蘇って来る。あれからもう20年以上経ってしまったんだなぁ~。
注1:掲載写真は特にレトロに見えるようにフォトショップなどでセピア加工しているわけでは御座いません。
車両はたしか昭和46年式?(ハッキリ憶えていません)のニッサン・スカイライン C10、通称”ハコスカ”です。当時、ニッサン・サービスの整備士だった私はニッサンの青いサービスマンつなぎに身を包んで、この車で通勤していました。写真は見ての通り”冬”で、スパイクタイヤ(まだ合法だった時代)で冬の死骨湖(シコツコ 注2参照)へ行った時の写真。隣のラリー車は昔の連れ。ナンバーを見てもわかるように、このクルマは私を夢の彼方に連れて行ってくれる「銀河鉄道999」でした。夏はスピードスターという昔流行った一円玉のようなデザインのホイルを履いていましたが実はワタナベが欲しかった。ステアリングはお決まりの”ダッツンコンペハンドル(わかりますかね?)”L20のエンジンにデロルトというマイナーなメーカーの3連キャブをつけて、メーカー不明のタコ足という仕様でした。当時はデカイと思っていたハコスカも、2年位前にアメリカで見たときはビックリするほど小さく見えて、時代の流れをそんなところで感じていました。いや~それにしても懐かしいですな。当時の記憶が蘇って来る。あれからもう20年以上経ってしまったんだなぁ~。
注1:掲載写真は特にレトロに見えるようにフォトショップなどでセピア加工しているわけでは御座いません。
注2:死骨湖はホントの漢字は支笏湖です。でもここはカルデラ湖で湖底には昔の木が茂っていて、身投げしても死体が浮かんでこないという事から昔はホントに「死骨湖」と書いたという地元の伝説もちらほら。。。
