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しかのはなブログ 成功回路の作り方

成功する人の思考法、コツなどを紹介していきます。

前回、小学校最後の大会で

私のチームは優勝候補の筆頭に上げられながら

(はやくかえりたいな)

という一瞬の意識のかけらを拾ったがために

1回戦でコールドゲームで勝てるチームに

負けてしまうという体験をしました。


。。。


私の生まれ育った地域は「田舎の中のど田舎」なため

小学校は学年すべてひとクラス(そもそも「クラス」という概念さえ高校に上がるまでありませんでした)で、

そのまま中学校はエスカレーター式に小学校の同級生そのままの人数で入学します。

なので9年間同級生が同じまま、小、中学校をすごします。


中学校でも部活では野球をやりました。

当然おなじ仲間です。


中学校に上がったばかりの私は

「小学校とはだいぶ違う」と感じました。

当時、小学校ではストレートのみでしたが、

中学校からは変化球が有りということで、

それまでの「バットに当てればヒット」という雰囲気から一転。


上級生(3年生)を見ていて

練習試合、公式戦ともに

とにかく点が入りにくいな という印象でした。


バッティング技術が3年生の中で一番の

ショートを守るキャプテンでさえ、

試合では内野安打が精一杯とか


パワーが持ち味のキャッチャーを守る4番は

カウントを追い込まれて変化球で三振など


なかなかヒットが生まれません。


それは、相手チームにとっても同じで

3年生のピッチャーは小学4年から慣らした

本格派なので

こちらも点を与えませんが


チャンスを活かせない様子で

私の中学校は

1回戦か2回戦敗退、というレベルでした。


6月ごろだったと思います。

他校へおもむいての練習試合がありました。

相手は、県内でも1、2を争う強豪で、

たびたび全国大会にも出場しているH中でした。

普通ならそんなトコロとは練習試合をさせてくれないのですが

H中の監督がウチの監督の後輩ということで

相手をしてもらえたのでした。

練習試合は他にもう1校、

地区内でベスト4クラスのN中が来ていました。

最初はそのN中との対戦。

結果は1対6ぐらいで、試合の終盤には

経験を積むため、要は敗戦処理ということで、

代打や代走、守備交代などで1年生が出場しました。

守備では仲のいいS君、代走では足が速いH君、

そして代打ではN君。

そして小学生時代ピッチャーで早くも

野球のスポーツ特待での高校入学を狙うY君も代打で出場しました。

しかし、3年生でも敵わないのに

中学校へ上がったばかりの1年坊主では

手玉にとられるのがオチでした。

代打で出場したN君、Y君はバットに球が当たらず三振でした。


続いては強豪のH中との練習試合です。

H中打線の勢いはとまらず、

0対12ぐらいでコールドゲームでした。


県内ナンバーワンの呼び声高く

県内でもあまり打たれたことのないH中のピッチャーは

当然無安打の完全試合寸前まで追い込んでいました。

最終回表の攻撃、早くも3年生2人が三振で倒れてツーアウトでした。

1年生の中で、出場していないのは私1人だけでした。

私が代打で出場することになりました。

監督は私にこういいました。

「おい しかのはな、代打で出ろ 

県内1の球をありがたく見逃して来い」


私にとっては中学校で初めての打席でした。


相手チームのベンチからは

最後に1年生を出してきたことで

ヤジが飛んできました。

「おい 最後は1年だってよ。うちのピッチャーなめてんのか!」


そのヤジが、70秒後に別なものに変わりました。


実は いまでもこの打席を思い出せます。


1球目、ストレートのスピードボールがど真ん中に来ました。

ピッチャーにとってはごあいさつというところです。

この速球に追いつけなくて先輩たちは三振に倒れてきたのです。


2球目、外角へ大きく逃げるカーブが来ました。これもストライク。

ストレートとの緩急を見せ付けるものでしょうか?


3球目、これまたストレートのスピードボールが外角に来ました。


相手バッテリーにとってはこれを空振りさせて三振 というところだったのでしょう。


この3球目に、私は反応しバットを振りました。

振ったというより、ボールをバットにのせたというイメージでした。


打球はライト方向に飛びました。

さらに打球は伸びて

ライトオーバーとなりました。


1塁ベースを蹴って2塁へ進もうとしましたが、

さすが強豪校、あっという間に2塁に返球されてきました。


味方ベンチからは歓声が上がりました。

「初打席初安打だ!しかもH中ピッチャーから!」


ヤジっていた相手H中ベンチは

なにやらざわざわとしていました。


「うちのピッチャーが1年に打たれた・・・」


やがてそのざわざわは、次第に私への声援に変わっていました。


「うおー あの1年バッターすごいぞ!」


ファーストの選手が私に声をかけてきました。


「おまえ すごいな しかも1年で。あいつから外野オーバー打ったのは県内ではいないぞ」


私はなんだかくすぐったいような気持ちで、

いままでヤジられていた相手ベンチに

帽子のつばをもって何度もお辞儀していました。


ほどなく次の3年生バッターは凡退となり、試合終了となりました。


試合後、ベンチでは3年生、2年生から褒められ、

1年生の仲のいい友達S君、N君、H君、そしてコワモテのY君までもが

私を取り囲みました。

「すっげーな お前どうやって打ったの?」


「いやー 緊張してて覚えてないよ

 気がついたらボールが前に飛んでたんで

 夢中で走っただけだよ」


と謙遜していました。      ← 3年生のメンツもわきまえつつ


が、本当はちがいます。


中学校で初めて打席に立ったので

確かに緊張はしていましたが、


それよりも

打席に立った瞬間


(あ おれ打てる)


思ってしまったのでした。


しかも

(あ このバットなら打てる)

と一瞬ひらめいて

バットケースから抜き出したのは

3年生の4番が愛用する

一番重い黒々とした金属バットでした。


1年生で、しかも初打席で

県内1のピッチャーを前に

打席に立った瞬間


(あ おれ打てる)


という 一瞬の意識のかけらが


まさにそのとおりの結果を出したのでした。


小学校でも同じような体験をしましたが、


これがまさに決定的でした。

私は決めました。


これからは

相手がなんであれ

(おれはできる)

と思い込んでしまおう

そうすればそのような結果になる


と。




すいませんまたまた長くなってしまいました。


最後まで読んでいただき

ありがとうございました。