「ミラー衛星衝突」ロイス・マクマスター・ビジョルド(小木曽絢子訳) | 水の中。

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惑星コマールで暮らすエカテリン・ヴォルソワソンには悩みがある。
遺伝的な病気をかかえた夫のこと、夫が隠そうとするために医療検査を受けられない息子のこと。
憂鬱な日々の中、衛星の事故調査のために、伯父が連れてきた若者は、驚いたことに伯父と同じ聴聞卿だという。マイルズ・ヴォルコシガンというハンデキャップを背負った背の低い青年に、エカテリンは子をもつ母親として興味を覚えるのだが――


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6年ぶりのシリーズ刊行だそうですが、
ビジョルド作品はファンタジーのアレとコレが出ていたので、不人気なわけもなく。やはり長期にわたるシリーズものは出版社にとって扱いが難しいのでしょうね(映画化ドラマ化、あるいは完結でもないかぎり再版もかけられそうにない→現時点では新規読者が獲得できない→よってどんどん部数が先細りに……)。
しかしまあ、わたくしなどもそうなのですが、何かのフェアで絶版分が出てきたところで、すでに「シリーズ6作目!」とかうたわれているのを見ると、読み手は購入意欲を無くしてしまうものですからねえ。あれですよ、一緒に苦労して結婚離婚再婚を5回繰り返すのはしょーがないと思えても、すでに5×の相手とケッコンするのはちょっとカンベンしてもらいたい……となるようなものですよ(例になってないか)!

そんなこんなの事情はさておき、本作です。

わたくしのおぼろげな記憶をたどると、「マイルズは低温蘇生後になんか後遺症があってー、後遺症が原因の事故で部下の足をぶったぎっておきながら、うそっこの報告書を書いちゃったんだよなー。それで軍を引退させられて、そのかわり顧問みたいな地位をもらったんじゃなかったっけ」。
そうでした、顧問みたいな地位、とは少々違いますが、「皇帝直属の聴聞卿」という、独立した権限を持つ、ちょー高位な情報部員。ええまあ、言ってみれば黄門様みたいなものですね! ←誠意のない説明……
聴聞卿となって活躍しているマイルズ30歳時点、惑星コマールでのテロのお話です。実際のところ事件についてはどーでもいい内容であり、そこに登場する女性・エカテリンとのロマンスがテーマとなっております。

しかしビジョルドはすごいですよね。
わたくしはですね、マイルズという多弁な主人公がうるさくて嫌いなくらいだったのですが、本作でのエカテリンの登場に、いつのまにかマイルズを応援したい気持ちに!
より詳しく申し上げると、読んでいる間中ずっと、「エカテリンがマイルズを認めてくれればいいのになー」「マイルズのこと好きになってくれればいいのになー」「いいのになー」と思い続けるはめになったわけですよ! なにこれ洗脳かしらコワイ!
しかし訳者さんの解説のなかに、ビジョルド本人が語っていたという「マイルズという複雑なキャラクターの相手には母親経験のある女性が必要だった(エカテリンは9歳の男の子のママなんです)」を知ると、なるほど考えぬかれたキャラクター造形だよなー。そこへこの描写力をもってすれば、やすやすと共感させられてしまうわけだわー、と感心しました。

いやー、それにしても本作のエカテリンはいいですねえ。
彼女はマイルズと同じく惑星バラヤーの伝統を重んじるヴォル階級(武士みたいなもの)の女性なのですが、それゆえに古風で控えめで自分を閉じ込めがち、しかしいざとなると命がけで戦ったりしてくれる、まさに理想の女性じゃないですか。いままでのマイルズの女性遍歴のなかで一番いいなあ! なんかもうめでたしめでたしな幸福感で、ココで終わってもいいような気がしてきました。




いやそんなこと言ってちゃダメか。シリーズ続刊のために応援させていただきます。そういうわけで自分なりに既刊の紹介など。




「戦士志願」マイルズの軍人デビュー! 口からでまかせで傭兵艦隊の指揮官へ!
「親愛なるクローン」傭兵艦隊の提督は自分じゃなくてクローンです!と言っちゃって……
「無限の境界」中編集。マイルズが若様として領地の田舎を訪れる「喪の山」で作品背景がよくわかりました。
「ヴォル・ゲーム」えーとマイルズがとばされた時の話でしたっけ?(聞くな)
「名誉のかけら」これはマイルズのパパママのなれそめ。
「バラヤー内乱」これは前作のつづきですね。マイルズ誕生直前のお話。
「天空の遺産」マイルズに戻って、セタガンダ帝国の皇宮のお話。平安時代みたいでしたねえ。
「ミラー・ダンス」上下巻。ここでマイルズの本当のクローン登場! 両親もマイルズもあずかり知らないところで利用される為だけに作られたクローンだったのですが……そうくるか! というマイルズらしい結論に。
「遺伝子の使命」邦題がいまひとつなので内容が思い出せなかった……そうか、アトスのイーサンか! エリ・クインが活躍する番外編。でもただマイルズが出てこないというだけで、とくに番外てこともなかったような。
「メモリー」上下巻。ここでもレビュー書いてますね。マイルズの転機となる作品。



おお、意外と少ないなあ。もっとあるような気がしていたのですが、これなら新規読者さんも収集可能なレベルだわ。
実際のところ、同宇宙を舞台にした作品は他に数冊あるのですが、マイルズの出てくるシリーズとしてはこんなところでしょうか。笑って泣かせて考えさせられる、世界中で愛されている痛快冒険活劇でございます。ぜひよろしく。