「クロノリス―時の碑―」ロバート・チャールズ・ウィルスン(茂木健訳/) | 水の中。

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世界中に突如として現れた、巨大な青いオベリスク――
破壊不能な未知の建造物には、「2041年」という未来の日付と、「クイン」という名が刻まれていた。
このメッセージはいまだ現れぬ未来の支配者からの戦線布告なのか?

クロノリス-時の碑- (創元SF文庫)/ロバート・チャールズ・ウィルスン
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<ややネタバレ的な感想になっておりますので、未読の方はご注意ください!>






「クインという名の支配者が現れる、かもしれない」という恐怖あるいは期待が世界を荒廃させ、クインの名を冠する組織が乱立する。
つまりこの不思議なオベリスク(作中ではクロノリスと名づけてます)が次々と出現することによって、逆にクインの出現を招いてしまうのでは?
これは因果を逆転させた未来からの侵略なのでは?
 



と、ドカーンと最初に派手にぶちかましてくれる本作なのですが、
ここで我らが主人公スコットがどのようにこの現象にからんでくるかというとですね、


たまたまクロノリス出現に居合わせたり~、
たまたまコーネル大での恩師が専門家だったり~、
そのセンセーがたまたま「あなたは重要人物なのよ!(たいした根拠なし)」と言い出したりして~、
そんなら職場クビになっちゃったし先生のとこで働くよーと言ってみたり、
だけども家庭の都合であっさり出て行っちゃったりー、


アレ? 実際あまりクロノリス事件には絡んでいない……?


主人公を当事者ではなく、このようにわりあい外側にいる(というか再婚した妻との平穏な暮らしのために遠ざかってしまう)人物に設定する、というのは面白い手法だなーと思います。この主人公スコットが「鍵を握る人物」となる理由が、知識でも才能でもなく、要は幼少期からはぐくまれた性質のためであった(たぶん)というのも、意表をつかれるオチだなーと思います。
しかしですね、「問題解決のために奔走する第一人者である主人公!」「主人公だけが持つ特殊な才能!」みたいなベタな王道設定には王道設定なりの理由があるわけで、本作の展開は意外性はじゅうぶんありますけども、あっと驚くどんでん返しというよりは肩すかし的な驚きであって、分かりやすいカタルシスがないのですよね……。
何ていうかこう、スコットに何かあるの? あるのかも? あるんだよね? いや実はそうでもなかった――という。



そしてヘンな言い方をしてしまえば、本作は「何も起こらない物語」でもあるわけで。
結末について多くは語られないのですが、最後のシーンのスコットをとりまく社会の状況を考えるに、いまさらクインという名の支配者が突如現れるとは思われず、繰り返されるフィードバックというタウ・タービュランスに巻き込まれ、クインの出現そのものも無くなったように思われます。
つまるところ人類はこの時間侵略に勝利した、ということになるわけですが……。
まあ正直、「勝利したよかった!」 というより、「えーと勝利したんだよね?」という不確かさ。



よく練られた物語であり、主人公の造形にも非常に共感できるし、読者にあれこれと考えさせるタイプの佳作なのですが、読後感が。
読後感がなー、なんだか物凄く物足りない……。


「こういう物語」としてしまった以上、SF要素はドラマティックになりようがないので、せめて人間ドラマにもーちょっとメロドラマ的な盛り上がりがあればなーと思ってしまいました。


せっかく我が子であるケイトを救出する劇的エピソードがあるのだから、あのへんをもうちょっとこうさー、お涙ちょうだい風にあざとく盛り上げてもバチは当たんないんじゃないかなとか……いやなんかよくまとまっててお上品すぎてさ……。←シモジモの意見