「天国への鍵」 リチャード・ドイッチ(奥村章子訳/ハヤカワ文庫) | 水の中。

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マイクル・セントピエールは泥棒稼業から足を洗い、保護観察中の身の上。
つつましく生きていたマイクルだったが、愛する妻メアリーが癌に冒されていることが発覚する。
治療費をかせがなくてはならない彼は、ある男の提案にのってしまうのだったが――

リチャード・ドイッチ, 奥村 章子
天国への鍵 (ハヤカワ文庫 NV ト 18-1)

うーむ。



「悪魔(のようにオソロシイ男、とかでなく本物の悪魔)にそそのかされ、「天国への扉の鍵」を盗んでしまった男が、バチカンの守護者とともに鍵を取り戻す物語。です。が。



あのー、あのですね。
天国への鍵、とゆー全人類地球規模のアイテムを出しておきながら、
やっていることがいちいち県大会レベルなのは、いったいどうしたら……。



何が県大会なのかというと、スケールが小さいのですよ。
これは現代社会を舞台にしておきながら、組織というものがまったく出てこないせいかとも思うのですよね。
ふつーこういう場合に介入してくるはずの教皇庁が、たったひとりの人間しか送り込んで来なかったり(人手不足なのか?)、対する悪魔フィンスターにしても、たったひとりの警官を殺し屋として送り込むだけだったり(そのくせ自宅を私設軍隊なみの警備で固めている不思議……)。



それ以前に、マイクルのようなアマチュア器用レベルの泥棒ただひとりを盗みに潜り込ませるとゆーのが、大変ショボい。


いや、そもそもですね、主人公マイクル・セントピエールを「天才級の泥棒」と設定してくれてもいいわけですよ。
それくらいのハッタリがなくては説得力も生まれないわけで、むしろそうしてくれたほうがいいのですが、
でも残念ながらそうではないのですよね……(帯と解説には「天才的泥棒」とか書いてますがアレ間違ってる)。



悪魔フィンスターにしても、
「制約があって、人間に直接の危害を加えることはできない」そうですが(なんか矛盾してるな……クラブでナンパして拷問した女の子はなんだったんだ? 執事にやらせたの?)、それならそれで脅したり陥れたり誘惑したりと、いくらでも出来ることがありそーなものですが、この悪魔さんは悪夢に出てくるくらいで、たいしたことはしないのですよね……。
そもそもマイクルが天国の鍵を盗むことと引きかえに、奥さんの癌の治療費を出してくれているあたり、
「もしや、この人いい悪魔なのでは」とさえ思う。



そして、中盤あたりでマイクルとマイクルの親友と司祭シモンが、
酒を飲んで腕相撲やったあげくに打ち解ける(!)とゆー展開を見て、わたくしとっても萎えました……。
な に そ れ 。



後半も何が起こるかと思えば、
やはり県大会クラスの殴り合いと撃ち合いと騙しあい(悪魔フィンスターをだまして教会へとじこめる作戦。それも二回)がつづき、
なんかもう読んでも読まなくてもどーでもいい展開で、
結局のところフィンスターが悪魔である意味も分からず、天国の門があるのか無いのかさえ不明なまま、完。



よくよく考えたのですが、
小説が下手というよりもアレですよ、
結局この作者さんは善良なんだな……。



そしてご本人は、実はこういったホラー・アクションを読んだことが無いのでは?



「悪魔」とか「残酷さ」の解釈が平凡で手ぬるいだけでなく、
善悪を扱っているはずのテーマが掘り下げられておらず、そのあたりも読み甲斐がない。
「まるではじめて書いた小説を読まされたみたいだなー」
というのが正直な感想です。


久しぶりに、「読むのに費やした時間がもったいない」と思わされた作品。

映画化権が買われているそうですが、
ああ、まともな脚本家さんが作り直せば映画にはなるかもしれないですね……。