「ウォー・サーフ」M.M.バックナー(冬川亘訳/ハヤカワ文庫) | 水の中。

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ウォー・サーフ界でランキング1位の「苦悩組」。
大企業の役員という表の顔を持つ彼らの関心事はと言えば、命がけのサーフと若返り。
リーダー格であるナジールが若い療法士に恋をして、
彼女の関心をひくために最高難易度の「天国」へのサーフを計画するのだが――


M.M.バックナー, 冬川 亘
ウォー・サーフ 上 (1) (ハヤカワ文庫 SF ハ 14-1)
M.M.バックナー, 冬川 亘
ウォー・サーフ 下 (ハヤカワ文庫 SF ハ 14-2)


この「苦悩組」、これは未来版「有閑倶楽部」のようなもので、
お金もちの仲良しクラブであるわけですが、
違うところはといえば、グループ内で彼ら全員が肉体関係があって、すでに200歳をこえた今ではその関係すら枯れはててしまっていて、命の危険にしか生きている実感を持てないというところですね。



私はてっきり「ウォー・サーフ」という未来のスポーツの話かと思っていたのですが、
このサーフというもの、実はただの「危険地帯への潜入→脱出」というしろもので、武器を持ち込んで人を殺しては嬉々として闇サイトで実況中継するような――まあ、相当に外道な年寄りの、アンダーグラウンドな娯楽であるわけです。


この、まったく好感のもてない登場人物たち、
特に主人公ナジールの「わし」という一人称の年寄りの日本昔話的な語り、そして色ボケ(だってさ……)に、最初はかなり辟易するのです。



いや、大部分は辟易したままなのです。



ところがところが、結末の手前の、ほんのワンシーンによって、
「生命とは何か」みたいな物語になってしまう。



いやー、びっくりしました。
この1エピソードが有る無しでは、物語全体の意味がまるで違ってしまうのです。
というより、この全体的にしょーもない物語(250さいのじーさんが恋に盲目になって全てを投げ出しちゃうという冒険活劇……)に意味を与えているのが、この一場面なのですね。



これによって読後の印象もかなり良くなってしまっていて、
この作者さんはすごい難易度Cのアクロバットを繰り出すなあ、と感心してしまいました。

面白かったというよりは、ビックリした物語。



この作品は2005年のフィリップ・K・ディック賞受賞作品だそうで、
やはりあの賞は職人芸の物語書きよりも、センスで読ませる天才肌の作家さんが似合う賞なのだなあ、と思いました。