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少し前にレビュー を書いたストラウブ作「ヘルファイア・クラブ」ですが。



これ、冒頭がですね、入りにくいのですよ。
物語の雰囲気が暗いとか、まあ、そういったことも関係しているのですが、
一番の原因は、作者ストラウブが「書きすぎて」しまっていることではないかと思うのです。



まず主人公ノラの登場のときに、
「まもなく行方知れずになるノラという女が~」
というふうに書かれているのですが、
この主人公が連続殺人犯に拉致されてしまうのは、およそ300ページ後のことなのです。


プロローグにも、展開をかなり強烈に暗示する、思わせぶりな文章を入れているのですが……、
小説ではよく見かける手法ではあるのですが、


……それって本当に必要か?


と疑問に思うのです。



上記の「ヘルファイア・クラブ」について言うのなら、それほど効果的ではない。
かなり先の未来を語ってしまうということは、読みながら「あー、これがこうなってこうなるんだな」などと読者側には推測する時間がたっぷりあるわけで、一種のネタバレのようにさえなってしまうのです。


そして、サスペンスでこれをやると……実は私もかなり書いてしまったような記憶があるのですが、
あー、あの、自作で恐縮ですが、以前ここで書いていた「OVER」を例にとると



>その予感は確かに現実となった。
>台本の読み合わせどころか、俺はここへ戻ることさえ出来なかったのだ。



……みたいな文ですね。
これを書いている作者の側は、おそらく(おそらくって……)読み手に不安感を与えたいのだと思うのです。
しかし、読み手の側からすると、それまで現在形で語られていたはずの物語に、いきなり違う時制を持ち込まれるわけで、下手をするとそれが「すでに終わってしまった仕方のないこと」のような雰囲気を与えることもあり、それほど緊張感を盛り上げたりしないのですよね……。



作者は物語全体を知っているので、そういった予告めいた仕掛けをつくりたくなるものなのですが、
一作につき、一回くらいが限度でしょうか。
それ以上やると(私はやりましたが……)、くどいですね。



何といいますか、これ、書き手が思うほどの効果はないのではないかなあ。

読み手としては邪魔臭いだけだよなあ、などと思うわけです。




(ちなみに画像は那須どうぶつ王国のわんこさん。たぶんアラスカン・マラミュート。)