人は、一度巡り合った人と二度と別れることは出来ない――
遠い昔に別れてしまった恋人からの、十九年ぶりの電話。「日曜日に会わない?」と彼女は言う。
主人公の山崎は、彼女との出会いから現在へとつづく、記憶の道をたどり始めるが。

著者: 大崎 善生
タイトル: パイロットフィッシュ
「二度と別れることは出来ない」なんて、輪廻転生の物語か?と不安になったのですが、その後にすぐ「人間というものは記憶の集合体だから」という説明がつきます。
たとえ別れても、その人の記憶とともにある、という意味なのですね。
四章に分かれた、この作品。
パイロットフィッシュとは何であるかについては、作中の大切な部分なので説明しないでおきますが、水槽の中にいるような、静かな物語。
語られるエピソードは決して綺麗なものではないのですが、この主人公の一人称というフィルターを通すと、雑音が消えてしまうような、不思議な静けさが全編にただよっています。
正直なところ、四章目の半分は不要。
あまりに説明しすぎてしまっていて、この作品にとって一番大切なものである、雰囲気をそこねてしまっています。読み手をもっと信頼してもいいのでは。
そして渡辺さんを「パイロットフィッシュだった」という、主人公の昔の恋人・由希子の言葉は、唐突な気がします。それを言わせるのであれば、もっと渡辺さん家族とのかかわりを前に持ってきて、生前の彼について、こまやかに描かなくては。
読者にとっては、編集長の沢井さんの死のほうが、よほど印象的ですね。
読み手が、文学というジャンルに求めるもの、それは人生の謎や、自分という名の病に、いくつかの答えを与えてくれることではないかと思います。
そういった意味で言えば、本作にはこれといって目新しい何かは見つかりませんでした。
ただ、読んでいる間の、水槽の中をただようような静けさは心地よく、気持のいい時間を与えてくれる、佳作ではないかと思います。
良い音楽を一曲聴いたような気がする、そういう作品です。
いつも忙しく過ごしている、ちょっとくたびれ気味な方(私だな……)におすすめ。
(評価★★)