合唱に関するいくつかの雑記
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合唱を始めたばかりの頃は、人前に出て歌を歌うのはやっぱり怖かった。
実際に出した声が自分の思っていたのと全然違っていたらどうしようとか、
つい、そんなことを考えてしまう。
今は、普通に生活し、舞台に上がり、歌を歌って帰ってくる。
まあ、それもどうかとは思うけどね。
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いわゆる、合唱コンクールというものは好きではない。
実力が無かったころは、
コンクールの常連と言われるような団に居ないことのひがみもあったのだろうけど。
大好きなフィギュア・スケートのように、競技としてルールをしっかり整備したうえで、
審判団が点数を公開してくれるのなら、また話は違ってくるのだけどね。
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クワイアーでゴスペルを歌っていたときは、
わざと曲を全体の8割くらいしか覚えなかったし、
ステージ上で声を出す0.1秒前まで、自分が次に何を歌うのかを忘れているようにしていた。
即興性が、いわゆるブラック・ミュージックの真髄だと信じているし、
生まれて初めてその曲を耳にし、声に出す時の感覚を大事にして歌いたかったからだ。
もし、自分がこの先またゴスペルのステージに立つとしても、
同じようにするだろう。
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年齢、性別、経験、生きざま、それぞれが全く違う人々が集まり、
ひとつの歌を歌う、というところに合唱の意味がある。
一人が抜け、一人が加わる、
それだけでも表現する音楽ががらりと変わる。
それが、究極の合唱団なんだろうと思う。