織田信長に重用された武将で、一時は筆頭家老も努めていた佐久間信盛は、
後に信長に追放され、名もない土地でさびしく死にました。
その原因は、三方ヶ原の戦いで戦場からいち早く離脱したことを、信長から叱責された信盛が、
「そう言われましても、我々ほど有能な家臣を持てるものではありませんぞ」と反論したからだと言われています。
つまり、信盛が無念の死を遂げたのは「身から出た錆」だったというわけです。
このように、自分の犯した失敗や悪行で自ら苦しむことを指し、
刃の手入れを怠っていると、いつの間にか錆びついて、戦うときに使い物にならず命を失ってしまうという教訓に由来してます。
悪い教訓や噂が立つのも、落ち着いて考えると原因は自分にあることが意外に多いものです。
苦しみたくなかったら、自分の行いを振り返ってみることかもしれませんね。