粗雑に生きている人間、
感動うすく生きている人間、

不誠実に生きている人間、
不遜に生きている人間の詩はいかに「生のあらわれ」であっても、

心をうつ詩とはなり得ない。

小さなもの、かすかなものをいとおしむ豊かさと、いついかなるときも、

真剣に生きる姿勢があって、はじめて真の意味の「写生」、すなわち生命を写す詩が生まれるのではないだろうか……。