夜中ふと空を見上げて、月を眺めるなんてことがあります。
まん丸の満月もおおらかな趣がありますし、三日月の張りつめた美しさも神秘的です。
月は満月、半月、三日月と、日々その姿を変えますが、僕らはもちろん月は本来、円であると知っています。
三日月だから、何かが欠落しているわけではなく、光の当たり方によっていろいろと形を変えているだけであり、どの月も美しいものです。
ところで、僕たちの心も月と同じではないでしょうか。
本来は中秋の名月のように美しく無欠であるのに、満ちた欠けたと騒ぎ、自分で悩みを作り出しているのにすぎないのではないでしょうか。
僕らの存在は常に、欠けることない満月のままです。
僕らは、病気になったり、失恋したり、いろんな苦難を味あわされます。
けれど、苦難にあったときは考えても仕方ないと思うんです。
その苦難をあきらめる仕方ないのです。そうすると、出口につながる道が見えてくるものです。
あきらめるとは、心を捨ててしまうことではありません。それは、目を覚ますこと。現実を受け入れることです。
そこで見えてきた道に向かって、人は1歩を踏み出すのです。
そういう人の姿もまた、欠けることない完全な円ではないかと思うんです。
僕は、事故後入院していた時に、病室からよく月を眺めていました。
その時に月の美しさを感じたものでした。
そこに人の姿を観たのです。(^o^)