先日マライア・キャリーの7年ぶり来日ツアーに行ったときのこと。ワールドツアーの締めくくりとなった「THE CELEBRATION OF MIMI 2025 JAPAN」。
「Emotions」「Hero」「Fantasy」と続き、曲の流行当時ウォークマンで空で歌えるくらい何度も再生して聞いていた頃が懐かしい。初めてコンサートで生で聞くことのできる「やっと会えた」感動と、猛烈な郷愁で涙がにじむ。瞬時に曲に結びついた当時の気分を思い出す。人生ここまでやってきたんだ、という思いと同時にこの30年間何をやっていたんだろう、本当に青春時代を謳歌したのだろうか、という疑問と焦りが湧く。いや、そんななまやさしいものではなく、二度と巻き戻せない時間、に対してのある種絶望すら感じたというのが正しい。特にフィナーレの「恋人たちのクリスマス」がスタートしたとき。
当時は自分なりに色々頑張っていた。でももっと違うあんなことも挑戦すれば良かったし、逆にこんなことには力を入れなくて良かったのにとかとりとめがない。
「時間」「若さ」「当時ならではで体験できたこと」有効に活用できたこと。楽しく経験できたこと。
でも一方でできなかったこと。これは取り返せない。心に重くのしかかる。
そもそも時間の経つ感覚と時間に対する余裕が当時と違い過ぎないか。年を重ねたことやデジタル社会に変遷していることが大きな要因の一つであろう。はたまた地球の自転が早まっており実際に一日の時間が以前の24時間より短くなっているという説もある。兎も角、何か常に時間に追われて用事がなかなか片付かない中どんどん先の予定が入ってきて「じっくり考える」「一つ一つを感じる」ことが出来なくなっているような・・・。常に「返信」「セールの期限」「マルチタスク」等々に多くの人が追われているし。それぞれを多少雑にでもさらっと終わらせる習慣が必要かもしれない。その点時間術を教える先生は達人で凄すぎる。
今は以前より年齢や性別に囚われずに挑戦できることも増えている。堅苦しさがなくなり軽やかさが増しており個人の才覚次第で人生が発展しやすいのは今の時代の良さかもしれない。一方ではゆっくり思いを巡らせて情報が少ない中でも楽しむことの出来た時代を経験できたことは意義深いと感じる。
相変わらず歌声も素晴らしく攻めの衣装で威風堂々のマライアには敬服する。常に自分をアップデートしていき今ならではの楽しみや喜びを感じるとき、あの絶望感は少しは和らぐのだろうか。
