今年のお墓参り

お墓参りについて思うこと。

 

 

わたしの実家は長野県にあり、年に1~2回帰省する。

 

そのたびに、実家から車で20分ほどの霊園へお墓参りに行く。

私はペーパードライバーなので、親の運転する車に乗る形で。

 

 

だけど父は70代後半。

母ももうすぐ70代になる。

車の免許返納を検討せねばならない年齢。

 

 

さらに将来、わたしたち夫婦が地元に定住する予定もない。

息子の自立後は各地を転々とする生活が目標なので、その拠点のひとつにはなるかもしれないけど

 

 

…となると。

 

お墓参りは今後どうしよう?

 

 

昨年の夏、いつものようにお墓参りにいったとき。

母が私に聞こえるように言った。

 

 

いいなあ、今のご先祖さまたちはこうやってお墓参りしてもらえて

わたしはお墓に入っても誰も来てくれないんだろうなあえー

 

 

普段からこういう感じの、遠回しの嫌な言い方をする癖がある人で。

 

遠方で幸せに暮らしてる娘に、なぜそんなこと言っちゃうのか。

老害である

 

「そんなことないよ、ちゃんとお墓参り来るよ」と言ってほしかったのだろうか。

 

遠回しに言わず、「わたしが死んだらお墓参り来てね☆」って言えば良いのに。

自分が死んだあとなんてどうでも良いと私は思うけど、そうじゃない人もいるのだろう

 

相手を不快にさせる言い方をわざわざ選んでしまう、厄介な癖である。

 

 

わたしは息子には、息子の生活や人生を一番に考えてほしい。

わたし達夫婦が足かせになるのは嫌だ。

 

なので母にこういうことを言われるたびに、残念に思う。

 

 

この人から産まれ、この人の下で育った自分。

母はフルタイムで働いていたので主に面倒みてくれたのは祖母だったけど

 

社会では尊敬される地位を築いたのに、身近な人間には愛されない母。

 

どちらもすごく残念に思う。

 

 

「お母さん」と思って接してるとしんどいから「たまにすごい嫌味ぶつけてくる変なおばさん」て思うことにした。

 

そしたら会うことすら嫌になってきて、ついにこの夏は帰省をしなかった。

 

お盆に帰らなかったのは、18歳で実家を出てから、はじめてのことかもしれない。

 

遅れてきた反抗期か、ようやく精神的に自立できたのか。

 

どちらかはよく分からない。

 

 

 

あ、お墓参りについてだった。

最近ほんとに頭がおかしくて、話そうとしてたこと見失う

 

 

もし親が車の運転をしなくなったら?と想像してみた。

 

東京から最寄り駅まで行くだけでも大変なのに、そこからさらにタクシーかレンタカーで30分以上かけてお墓まで行くとか。

 

う~ん、しんどすぎる驚き

 

最寄り駅近くの納骨堂に改葬(遺骨を移動すること)すれば、遠方からのお墓参りもしやすくなるだろう。

 

つまりは墓じまい。

 

 

両親は健在(同居の祖父102歳すらも健在)で、さらに変化を嫌うタイプなので、「いずれ駅チカに改葬しない?」と言っても聞き入れなさそう。

 

向こうから提案してくれないかなと期待してるけど。

 

…ないだろうな。

 

 

息子にとってわたしたち夫婦も、いつかこういう厄介な存在になってしまうのだろうか。

 

「お父さんとお母さんも好きに生きてるから、心配しないで好きに生きてね」

 

言葉にしなくても自然と子どもに伝わるような老人になりたい。

 

わが両親を反面教師にそう思います。

 

 

暗い話になっちゃった。

 

お墓参り(墓じまい)については、ちょうど考えていた問題なのでした。

 

お読みくださりありがとうございましたニコニコ

 

 

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