deepimpact1969さんのブログ -25ページ目

風とアイドルと私…①

アナタにとって
“アイドル”とは、誰ですか?と問われると、

いつも戸惑いと沈黙が私を支配し、
灰色の脳細胞がナカナカ活性化しない。

私の幼年期、少年期には、幾多のアイドルが確かにいた。

ピンクレディから始まり、
松田聖子さん、中森明菜さんなど、アイドルの本流が歌番組を席巻していた。


シカシナガラ、

我が家では
規律が厳しいため、歌番組やバラエティー番組などは観たことがなく、

姉、兄、私の3姉弟は、

人気番組の次の日
学校で賑わう世間話に付いていけず

蚊帳の外…ショック!ショック!ショック!


3人とも、友人たちには、
『スパルタ家族』として、
名が通っていたため、

今のようなイジメすらなかったが、


姉は
大学時代に、その反動で、学業ソッチノケで、
或る方の追っかけをシテイタらしい…………………


(それ以上の詳細は、私の生命にも関わるのでご容赦願いたいガーンガーンガーン)



では、

私にとってのアイドルとは?

唯一観ることが許されていたスポーツのセカイである。



#1 
王貞治選手
(今でも、“選手”言ってしまう。)

#2
マラドーナ
ヨハン・クライフ
(フットボールのスーパースター)

#3
マイケル・ジョーダン
(バスケットボール)

#4

ウラディスラフ・トレチャク
ウェイン・グレツキー
(アイスホッケーのスーパースター)

である。


小さい頃から、教育には熱心だったため、

フットボール、バスケットボール、アイスホッケーは掛け持ちで続けていた。


野球は、やっていなかったが、
当時の少年たちは、遊びと言えば野球が主流だった。

今でも、覚えている。


小学校低学年で、現役時代の王選手と握手したときの記憶。




では、女性で憧れた人は?

それが、考えても浮かばないのだ。

1つ理由を挙げるとすれば、



中学時代にアノ方にお逢いして、握手して頂いたときの衝撃がある性なのだろう。



アノ方とは、



吉永小百合様。




映画祭か何かで、握手して頂いた時、

オーラがスゴすぎて
生まれて初めてアタマが
真っ白になってしまった。

以来、


女性アイドルを観ても、友人たちが話題にするアイドルの話にも、情報収集としての名前のインプットにしか気に留めていなかった。


今では、失礼を詫びるが、
高校時代の
“おニャンコ倶楽部”に至っては、

スポーツに明け暮れていた私にとって、

“会員番号というシステム化されたアイディア”には興味があったが、


帰宅部の連中が盛り上がる理由が解らず、

熱を上げている友人から、説明をされても、理解不能であった。


今は、少しは理解できる。

多感な少年時代に、

一瞬にして、ココロを鷲掴みにされ、
奪われてしまう。

理由なんか要らない。

そんなとき

自分の表情は
他人には絶対見られたくないくらい

変顔をシテイルのではないか…………。



5/4 Team B 5th stage は

その一点に気を付けながら観ていた気がする…。


だが…。

chu…ёёё、chiyuwoo……チユウ!?

昨年、夏

私の部下であるエリザベス(愛称:ベス)が

子供たちを伴い、初めてTokyoにやって来た。

私は、Londonから出られなかったが、

夏休みで、夏期講習の為、上京していた姪っ子が

私の自宅で、彼らを歓待し
東京観光のガイド役を買って出たらしい。

嫌な予感がシテイタガ、



秋葉原で、ベス・ファミリーが買ってきたものは、

家電よりも

AKB48グッズとコスプレグッズの富士山……ёёё



今では、

オックスフォードに留学している甥っ子が、

月に何度か家庭教師として
ベスの娘たちに、日本語を教えているが、

姪っ子が、彼女らに教えたのかは定かではないが、

宿題をやらなかった言い訳の決まり文句で

何故か、

ナゼか

愛らしい表情で



「chiyuwooラブラブラブラブchiyuwooラブラブラブラブラブラブ



連発するらしいショック!

…………………………………、



複雑な心境ではあるガーンガーンガーン

甥っ子には同情するペンギンペンギンペンギンペンギンペンギン







其れにしても…。

今回は1人で…。


不安…ёёёёёё


公演中、周りから浮いている自分の姿しか、想像できない…。


『兎に角、イギリスの私の部下のエリザベスには、ショップで買ってくるように頼まれたから、
セットリストだけは、すべて購入しなくては…ガーンガーンガーン。』

山手線車内で、在らぬ使命感を持ちながら、

少しでも、これから起こるであろう現実から、逃避している自分が居た…。


……………………………………


Kの舞台


この高揚感

不安定ながらも、

舞台の演者と

観客が

一体となって、創り出している空間。


正直、ショーとしては、

未々、未完成ではある。


それでも、演者自身は、それをも受け入れ、必死にパフォームしているのだ。




『良いなぁ…。』




私は、

13年前

私事で 悲しいことがあり
其れと同時に、

海外で仕事をしないかというオファーがあったので、
日本のミライに希望を見出だせず、

同時に、

自分の遭遇した悲劇にたいして、悲嘆にくれる毎日を送っている自分にケリを着ける為に

ロンドンへ行くことを決心し


渡英したのだった。




したがって

去年の今頃まで、

(実は、去年、この兄妹が巻き起こす一族を騒然とさせたAKB48との事件が、私とAKB48との関係性を大きく変えることになる。)

日本に戻るのは

少なくとも、毎年、仕事のためだけに、30日あるかないかという日々を過ごしていた。

そんな日々を送っていた私にとって、

劇場内に居る日本の若者たちの熱気は、

新鮮、鮮烈だった。


というのも、

私が、彼等の世代に抱いていたイメージは、



《大人から押しつけられた漠然とした存在名



“個性”



その存在に、

意味が解らず、

故に、

怯え、

勇気を封印し、

失敗を恐れるが故に、

人より前に出ず

ナニモセズ

第三者の他人的立場で居ることが、

ラクであり、加えて、coolで、カッコイイと思っている。》


という私見をずっと持ち続けていたからだ。




しかしながら、

たった今、
この瞬間、
この場所に居る若者たちには、

そのイメージは、皆無であった。


自ら持つ勇気を全霊で奮い起たせ、

失敗しても立ち上がって来たのであろう彼女たちの経験の証が、

舞台には反映されていた。


その事を

恐らく知っている観客や兄妹は、享受するかのように、

互いの存在を許容し、
鼓舞し、激励しているように見えた。




昔の若者たちと同様

彼等にも

がむしゃらだが、

真摯で、直向きであることを恥ずかしがらない素直で、勢いのあるチカラ、

大人にない、少女から、ヒトリの女性に変わりつつあるときに一瞬魅せる美しさ
これらを表現しようとする姿に心を揺さぶられた。




『あぁ…、

彼等のような若者たちが、
このひたむきな気持ちを忘れずに、

大切に、真摯に育み、すすんでくれたら、

10年後の我が国の将来に
風穴を開けてくれるのではないか……。』

そんな感慨に耽り、

再び

兄妹と舞台上の彼女たちを何度も振り返り見ながら、
幸福感に目を細めながら、自身のココロの一灯の希望の火が、其処に在った。



兄妹を初めての叔父さん孝行として、

其処に

連れていくことを躊躇っていた私に、

母(御祖母様)が、

「貴方は、一度、

Kを、見ておくべきです!!!!!!むかっ」と、


一喝された理由が理解できた。




(シカシナガラ、

この時点では、

大部分に於いて

母の真意を

私は、マダマダ、

充分に理解していなかったということが

明らかになるのだが…………。)



(続)