私は悩んだ。
彼の母親はいわうる職業婦人で定年退職まで勤め上げた昔の立派な女医だった。
しかも産婦人科医であるので、世の中のシングルマザーの酸いも甘いも散々診てきた人だ。
その人にこの隠し子のことを相談していいのだろうか?
私が母親であったら、静かな余生を送っているとき、やっと自慢の息子が再婚相手を連れてきたのに、幸せになろうとしているその息子の失態を聞きたいと思うのか・・・・・
いや、私にはできない
真面目に生きてきた彼らに私のような苦しみを、彼の辛さを、知られてはならない
どうしてもあの人たちを悲しませることはしてはいけない。
私のことをとても喜んでくれた人たち、今後彼らを守るのは私たちなのだ。
私は世の中の誰に知られようとかまわない、自分の親と彼の親、この人達にだけは知られてはいけないと心に誓った。
これはやはり二人で乗り越える問題で、他の人に話しても不幸が広まるだけだ。
よく、悲しみも共有すれば半分に減る、喜びは倍になるというが、私は信じていない。
喜びは倍増するのはわかるが・・・・
悲しみは共有する人がいればいるほど、辛くなる、もっと悲しい事実が大きくなってのしかかってくると思っている。
一人なら、私一人辛いなら乗り越えられても、私が辛いために私の大事な人の辛い姿を見るのはもっと辛いことだ。共有は辛さの倍増、
私が辛くなくならなくてはならない。
私は誰かに相談したい、誰かに言いたい、気持ちを封印した。
彼にもそのとおり告げた。彼は僕にあたっていいよ、これからは僕がその辛さをなぐさめていくから、いつでも僕をせめていいんだよ、といった。
責める毎日が二人にとってよいことではないということなど、わかっていたので、
私が辛くなくなる努力をしようと私は思った。
しかし、この努力がギャクに自分を真綿でしめるような新たな苦しみを呼ぶものになってしまうとはこの時全く考えていなかった。
私の心はもっと恐ろしいところにはまって、地獄の谷はより深くなった。
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