こんばんは
流石に年の瀬ですね。
忙しい( ̄▽ ̄;)。
今朝は旦那がいとを連れて単身赴任先に行きました。
さっきあおがいとに電話したらおとさんの部屋でパソコンして楽しんでるみたいです
正直私は何処かで夫を信用しておらず、いとのことが心配でしたが、流石に普段一人ぼっちのところに息子が来たら、夫も嬉しかったんでしょうね
ほ
私は別に父子関係を断絶させるつもりはないです。
ただ唐突に入る彼のキレキレスイッチが怖いだけなんです
いつ何処で切れるか謎だから。
息子もわかっているので、おとさんには逆らわない、と言ってましたけれど(^o^;)。
いいのか、それで……いや、いーのかもしれない。
遊園地は楽しかったらしく、若干テンパって話していたのでとにかくほっとしてます。
息子を実父に預けて不安になるってどうなの?とも思いますが
でも、夫も久しぶりに我が子の寝顔を見たら感じるものもあるのでは?と思うけど……………多分
たまに絡むという頻度で、“切れることなく楽しくやれる”、というのであれば、夫には息子のイイトコ取りをしてもらう方がいいのかもですね
あおみたいに、いとがおとさんの真実をわかっていれば、ですけど。
そうじゃないと私的にはちょっと理不尽ですから(笑)。←小声で言ってみる
25日に帰宅した夫はいつものようにこちらのペースは乱しまくりで、リビングでごろ寝でした。ま、どうでもいーけど。
で、26日はサクサクと別居の話をすすめて、私が見つけていた物件を見に行き、即契約を交わしました。
来年1月半ばより正式に別居します
とりあえず、2年間。
夫の薬指からは、今まで何度喧嘩しても外さなかった結婚指輪が消えていました。(私はとっくに外してます)
それを見て、「あぁ……決めたんだな、今度こそ」と思いました。多分。
出費がかさむので離婚費用をためるのがまた大変になりますが、とにかくまずは2年間離れてみます。
夫が出ていくことを承諾し、更にはそれをきちんと履行してくれたのでほんとに良かったです。
私が出てく気満々でしたが、友人たちからもそれは私の負担が大きすぎて、いずれくたびれるのではないか、と言われて考えていたんです。
何故なら家事をしに帰らなきゃならないし、動物の世話もあるから昼間は自宅、夜は別宅と二重生活になるわけで。仕事もあるし。
覚悟はしていたのですが、じゃぁこの前みたいに夜中に子供たちが具合悪くなったとかあったらどうするの?その度に夜中に駆けつけるの?と問われて、うーん
そんな形はくたびれて貴女が破綻するよ?
と言われて、うーん
貴女が出ていくより、旦那が出ていくことのが自然なんじゃないの?昼間は彼は仕事なのだし。
そう言われて考え直した結果でした。
最初はもちろん夫は不機嫌で不満だらけだったと感じられましたが、………結局、実際物件を見てみたら夫のテンション上がってました(^_^;)。
自宅まで近いし、自分専用部屋で私にゴチャゴチャと何かを言われることもないし、次男が春から通う中学の隣なので、「おとさんとこ遊びに行く~!」といとがはしゃいで、更にご機嫌でした(;^_^A
意外に悪くないかも、と自分でも思ったのかな。
自宅を追い出される感じは納得行くわけないんだろうけど。
まぁ、彼の心理はいつもよくわからないですので考えないことにします。
ただ、私自身は別居はお互いに悪くない選択のはずと思っています。
彼の親は納得しないでしょうけれど、口出しはさせません
嫌がらせされても、無視されても、私は彼の親には多分一番怒りを抱いてますから負けません
で夫はその辺どう考えてるかわからないですが、契約時の緊急連絡先は実母じゃなくて私の姉にしてましたけどね
まぁ、もともと私が借りるつもりで姉に許可を貰っていたのですけど、夫が借りることになったから自分の親にするだろうな、と思っていましたが……姉の名前書いていいって言ってたよ、と言ってみたら、何の迷いもなく書いてました
夫はマンションの件で姉夫婦とももめているし、暴力のときも姉から叱責されているので気まずくないのかなぁと思いましたが、それらは全く気にしてない模様でした(笑)。すげぇ。
私は何故夫と結婚したのか…。
私は、彼が私に過干渉でないことが楽だったのだと思います。
私も縛られるのは好きじゃないので。
もちろん小さな事はありましたよ。
髪は染めるなとか。
でも、私がしたいこと(絵を描きたいとか仕事に出たいとか、母の付き添いでちょっと中国に行ってきたいとか…※私は中国に住んでいた時期があるのです※)についてを、文句言われたことはないです。
それを私は彼が寛大だとよろこんでいたのですけど、違ったんですね。
ただ単に人に興味があまりないのです。
人のやることにも
彼にとっての境界線を逸脱したら恐ろしいくらいに切れるわけですが、自分にとって興味がないところで私が何をしても……興味がなかったわけです(笑)。
でもそれでもちょうどいーかなと思っていました。
ところが、そんな生活は妊娠を期に崩壊していったと思います。
子供がいなかったら、彼と私の生活は適度な距離感を持ってお互いに自分の自由にしてうまくいけてたかもしれない、と時々思います。
おかしなところは多々あるし、揉めるけれど。
あ、でも暴力はダメですね
いや、育児がなかったら暴力もなかったのかもしれませんね
やっぱり、彼のキャパでは育児を絡めた家庭を守ることは難しかったのでしょう。
彼にとっても重荷だったのかもしれません。
ただ、私は思うのです。
彼は確かにASD傾向にあると思います。
けれど同時に、彼の親が彼に必要で、大切なことを教えてこなかったのだとも強く感じています。
私の母にもないように、義母にも発達障害の知識はありません。
私担当の利用者さんもそうであったように、彼女たちにとって、発達障害は医者が勝手に名付けた意味不明なもの、ただの個性を勝手に病気にしたもの、でしかなかったのでしょう。
いえ、病気ではありませんよ。
脳内の伝達物質に異常がある【障害】なのですけれどね。
時代だったのかもしれませんが、今、その発達障害と向き合わねばならない者には時に過酷な現実なのです。
わからないのでしょうね。
母や義母の世代には。
わからない親に育てられ、46才になった今でもその自覚が持てず向き合うことが出来ない大人の発達障害者。
本人にも、家族にもそれはとても難しく厳しい現実です。
どんな前向きな言葉で励まされても、心に届かないどころか、綺麗事を言われたくないと反論さえしたくなるほど、厳しい現実なのです。
そして私が、不安定な家庭に育ったACであることが、この発達障害傾向にある夫との生活を更にややこしくさせていたかもしれません。
私は自分の家族のようになりたくなかった。自分の両親のように、です。
その固執と必死さが、夫のおかしな部分に気付かせるのを遅らせてしまった原因のひとつになっていたと思います。
あおの療育に手一杯だったこともありますが。
私の葛藤も闘いもまだまだ続きます。
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